#7
数年後、アルカトピア郊外。とある洋館にて。
組織から派遣されたヒットマンの男は、標的である少女の額に銃口を突き付けたまま動きを止める。冷や汗が止まらないのだ。
組織の金を盗んだ不届き者を殺すなど、彼ほど熟練のヒットマンであれば手慣れた仕事だった。それが身内でもない、半ばカタギの少女なら尚更だ。普段なら命乞いをされようとも引き金を引くことができる。それが仕事だからだ。
「どうしたの? 早く撃ちなよ。殺害対象だよ?」
だが、恐怖を感じていない相手を殺すのは初めてだった。彼女は囮で、体に爆弾でも巻き付けているのかもしれない。それか、単純に狂っているのかも。男は引き金に指を掛け、静かに息を吐く。
「もしかして、優しい人? 金さえ取り戻せば命は保障するタイプ? そっかぁ。じゃあ、これは燃やすね!」
少女が指を鳴らすと、背後に積み上げられた札束が炎に包まれる。彼女はその様子を見て、恍惚とした表情を浮かべた。
「……これで、もう取り返しがつかないね? 君は仕事をこなして、ボクの首を組織に献上するしかないわけだ。楽しいねぇ!」
狂っている! 男は驚愕しながらも、グリップを握る力を強めた。ただの狂人なら、殺せば片がつく。
「さぁ、撃ちなよ。的確に、正確に、ボクを殺してみせてよ!」
「……言われなくてもやってやるよッ!」
銃が震えた。血と脳漿を撒き散らして倒れる標的を眺め、男は額の汗を拭う。
よく見れば美しい少女だった。狂っている事を除けば、高値で売れたかもしれない。男はそう思い、死体に背を向けた。これで仕事は終わりだ、と呟きながら。
「……凄腕って聞いてたのに、期待外れだったなぁ」
ヒットマンは驚愕し、振り向いた。床に流れているはずの血が、溢れているはずの脳漿が、跡形もなく消え去っている。そして、撃ち抜いたはずの少女は……傷ひとつない顔相で蠱惑的に微笑んでいるのだ!
それが、男の最後に見た光景だった。数秒後に戦斧が彼の身体を貫き、跡形もなく殺したのだ。
「虎徹、掃除よろしくねー!」
『……今回もダメだったな』
プレートアーマーめいた甲冑を着けたライオンが、ヒットマンの死体を持ち上げて運ぶ。死体の処理にはとうに慣れていた。
裏庭は、彼女が殺したヒットマンたちが埋められている。実力のある面子は殆ど殺し尽くしてしまい、彼女の願いは叶うのが徐々に困難になりつつあるのだ。
『次は、元ヴェルディゴ一家の〈掃除屋〉か……傭兵のベルルム辺り誘い込むか? どっちも実力はある。きっとお前を殺してくれるさ』
「いや、ボクはもう人間には期待しないことにした。ディークノアに殺させようよ。研究室に、なんか残ってない?」
『いや、殆ど権利は渡したけど……。確か、親父さんが何か残してた気がするんだ』
少女——ラウン・ボルゾーは、瞳を輝かせた。
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