2.魔女の話

「ごきげんよう、クレキ中尉にラミオン軍曹」

「急に話しかけるな」

「すみません、つい」


 商店街の片隅で魔法具ショップを営む、ホースル・セルバドスは笑みを浮かべて弁解する。

 人目がある時は丁寧な話し方をするが、平素はもっと不遜な口調であることを二人は知っている。


「何処かに出かけるんですか。二人して駅にいるなんて」

「あんたには関係ないよ」

「そうですか。てっきり王城にでも行くのかと」

「……知ってるなら、わざわざ聞くな」


 ミソギが顔をしかめながら言っても、ホースルは涼しい笑顔を浮かべていた。


「いえいえ、最近王城の方で変な噂を耳にするものですから。当てずっぽうですよ」

「どうだかね。あんたの思考回路は、この馬鹿よりわからないから。……辺りを見回すな。お前だよ、大剣」

「色々、おかしなことが起こっているようですね。軍として一度見回りを依頼されましたか」

「だから、あんたには関係ないだろ」

「そうですね」


 ただ、とホースルは辺りを見回してから二人の間合いに入り込んで囁いた。


「あの辺りは面白いものが出るぞ」

「面白いものって?」

「魔女だ」


 その言葉に、カレードの方が反応した。


「魔女ぉ?」

「私達の故郷ではそう呼んでいる。この世界に蔓延する「自然魔力」は、一定の濃度ではない。結構な確率で、他と比べて濃度が高い場所が存在する」

「のーど?」

「要するに、他と比べて自然魔力が多い場所が存在するということだ。まぁ殆どの場合は、魔法陣に不具合を起こしたり、誰かの魔法の発動を邪魔するだけで済むが、極稀に非常に大きなものもある」

「それが王城にあるって?」

「今のところ、それほど大きな魔女は出ていないようだが、私の経験則からして近々巨大な魔女が通るだろう。怪我をしたくなくば近寄らないことだ」


 カレードは努力して相手の言葉を理解しようと努めながら、疑問を返した。


「魔女に触れると怪我するのか?」

「巨大な台風か竜巻だと思えばいい。いつだったか、ハリで中央政府で扱う魔法陣が一つ壊れただろう?あれも魔女の仕業だ。今回、私の予想が正しければ、そのうち更に巨大な魔女が現れる」

「もしそれが出たらどうなるんだ?」

「どうもなにも、辺り一帯が焼け野原か凍原か。兎に角暫くは人が住めない状態になるだろうな」


 じゃあ、と踵を返した相手を二人は慌てて肩を掴んで引き戻した。


「それまずいだろ!」

「何がだ」

「あの辺りは昔の城下町だから人が沢山住んでいる。もしそこにそんなことが起きたら一大事だ」

「そうか。災難だな」


 ホースルは完全に他人事の調子で返した。ミソギは苛立った口調で畳みかける。


「どうにか出来ないのか」

「腕比べに魔女と戦うのは吝かではないが、今日は気が乗らない。他を当たれ」

「気が乗らないとかそういう問題じゃないだろう!」

「……疾剣、何か勘違いしているようだが」


 鋭い目がミソギを睨み返した。


「魔女は自然現象だ。竜巻などと同じく、人間が止めるものではない。明日竜巻が起こります、人間を一人殺せば止まりますと言われたら、お前は誰か殺すのか」

「それとこれとは……」

「同じだ。魔女のことを教えてやっただけ感謝しろ。もし死んだら骨ぐらいは拾ってやる」


 それでは、とホースルは今度こそ歩き出して二人の元から立ち去った。

 後姿を見ながら舌打ちをしたミソギに、カレードが声をかける。


「どうするよ?」

「魔女が出るから行きません、と軍に報告できるわけないだろ。あのクソ野郎の言うことを聞くのも癪だ」

「お前、本当にキャスラーのこと嫌いだな」

「……なんであいつの名前は覚えられるんだよ。あいつは普通の人間の常識が通用しないから、嫌いだね」

「でも双子ちゃんは常識的じゃねぇか」

「だから!なんで双子ちゃんと准将は結び付けられないのに、キャスラーと双子ちゃんは結び付けられるんだよ!そこは間違えろ、この脳みそ空っぽ野郎!」


 何故急に怒鳴られたかわからずに目を白黒させるカレードをそこに置き、ミソギは苛立った足取りで駅へと入って行った。

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