光のステージ

秋月 聖花

光のステージ

「光の演出をしよう」

 とある夏の日、彼はそんなことを言い出した。

 普段は轟音の中で過ごし、空調もろくに機能していないような部屋で部活動をしている彼ら。だが、今だけは、流行りのBGMが流れ、心地よさを感じる温度に保たれた場所にいた。

「んなこと言ったってなぁ……」

 言いだしっぺの少年の向かいに座る少年は、頭を掻きながら苦い表情で答える。そんなことはできない、とでも言いたげであった。

「んー、面白そうだけどね?」

 少年達が渋る中、何の躊躇いもなく賛同したのは、言いだしっぺの少年の横に座る少女であった。彼女は注文したパフェを美味しそうに頬張り、スプーンを回しながら、言う。

「他の人が思いつかないようなこと、やるのって楽しいし?」

「スプーンを回すな、椎歌。行儀悪い」

「はいはい、悪かった悪かった」

 少女は悪びれもなく謝り、それを注意した少女の向かいに座る少年は溜息を吐いた。他の二人は、いつものことだ、と苦笑する。

「で? 光の演出って、そもそもいつやるの」

 椎歌に注意した少年は、言いだしっぺの少年に向き直って言う。

 少年達は、バンドを組んでいる。だから、彼が言っていることの意図は大体は理解していた。どっかのステージで光の演出をしよう、ということであろう。しかし、それは、いつ、というのが大きなポイントになってくる。屋外イベント、屋内イベント、学校でやるのか、学校外でやるのか。条件一つ違うだけで、ステージというものは大きく異なる。

「ほら、来月文化祭あるじゃん」

「あぁ、そのために俺ら今、練習してんだもんな」

 彼らの通う学校では、来月学校祭が行われる。初日は体育祭、二日目と三日目は文化祭が行われる予定だ。その中の三日目には、文化部のステージ発表がある。彼らはそこで、演奏をする予定となっていた。

 夏休みも後半に差し掛かり、軽音部では主に文化祭に向けての練習が行われていた。彼らもその例に漏れず、毎日文化祭で行う曲の練習を行っている。

「そこでさ、体育館暗くしてなんかできねぇかなぁって」

「それで、光の演出?」

「そうそう」

「いーんじゃない? 幻想的、っていうの?」

 文化部のステージ発表の場所は体育館だ。暗くすることは容易い。だが。

「具体的には?」

「……まだ考えてない」

「はぁ!?」

 周りからの声を受けて、言いだしっぺの少年は思わず肩を竦めた。それもそうだろう。文化祭まではもう日がない。夏休みの明けた最初の金土日で学校祭が行われるのだ。今は、お盆明けの二十日。本番まで、残り二週間ほどしかない。

「おい春日井、いくらなんでも突拍子無さすぎだ」

「いや、ごめん。でも、昨日の夜、急に思いついて」

「だからって、お前なぁ……。無茶すぎんぞ。曲だってまだ練り込み必要だってんのに」

 彼らはコピーバンドだ。スコアを手に入れて、その通りに弾けば、それでいい。しかし、それでは満足できないのか、彼らはとことん曲を追究していた。そのバンドが使っている機材、エフェクターなど、原曲に音を近づけるための努力を、彼らは惜しまなかった。言いだしっぺの少年――春日井の向かいに座る少年が言った、練り込みというのは、そういうことだ。

 何を演奏するかは、もう決まっているが、そのうち一曲は、夏休みに入ってからやろう、と決めた曲だった。四人がスコアを手に入れてから、まだ一ヶ月と経っていない。

 その短い時間で、光を使ったステージを作る、というのは不可能なように思われた。少年達は憂鬱そうに沈黙し、それぞれの手元にある飲み物を飲んだ。

「ねぇ、春日井ー、本気でやりたいと思ってんの?」

 その中で一人、なんともないような顔でパフェを食べ続けていた椎歌が、横にいる春日井に訊いた。それには、他の少年達も驚いて椎歌の方を見ていた。

「で、できることなら」

「椎歌。何か案あるのか?」

「みんな昔のことだから思い出せないだけでしょ? 幻想的な光の空間、小学校の授業でやんなかった?」

「はあ? お前、何言ってんだよ」

 春日井の向かいに座る少年が、訳が分からない、とでも言いたげに椎歌に言う。それを聞いてふと他の二人も見ると、分からないとでも言いたげな表情をしていたため、彼女は信じらんない、と吐き捨てた。

「……え、マジ? 春日井も末永も明宏もやんなかったの? うっわー、もったいなー。小学校の図工であんなすごいことできるんだってあたしは感動したのに」

 何を言っているんだ、とでも言いたげに、ぽかんとする少年達。どうやら、椎歌以外は誰も経験したことがないらしい。そしてそれは、人生損している、と椎歌に評されているため、あまり気分がよくないようであった。

「おい、森瀬。お前の彼女はもうちょいなんとかなんねぇのか。主に言い方」

「勘弁してくれ。できることならとっくに直ってるよ」

「もうちょい努力してくれ……」

 末永は溜息を吐く。ちょっと言い方がきつく聞こえるらしく、それが心に刺さるようである。彼とやり取りをしていた森瀬は諦めている風だ。

 その一方で、春日井が目を輝かせて椎歌に声を掛けていた。

「聞いたら思い出すかもしれないんだけど、どんなことやった?」

「え? えーと……。なんだっけ、ブルーライト? で発色させるんだよね」

「ブルーライトぉ? お前そりゃ、スマホやパソコンが出す光のことだろ」

「あ、そっか。あっれー、じゃあなんだっけー……」

 末永のツッコミに椎歌は悩み始める。小学校の時の記憶と言うと、四年は前の記憶になる。その時のことを覚えているのだから、余程印象深い体験だったことは容易に想像できるのだが、細部まで覚えていないというのが、この時ほど辛いと感じることはなかった。

「椎歌、お前、それ何年の時やったの」

「んー? 六年の時だったかなぁ」

「じゃあ、その時の担任まだいるかもしれないな」

「え、何。そういうもんなの?」

「同じ学校には最大で七年間いれるんだよ」

「あー……、その先生、あたしが五年の時に来たなー」

 遠いところを見るような目で、彼女は思い出す。それでも、まだ大切なことは思い出せないようで、考え込んでいた。

「お、じゃあ、五年目か。可能性あるぞ」

「森瀬、何の可能性だよ」

「その先生に訊けば早いんじゃん。椎歌あの調子だし」

 唸り続けている椎歌は、何のヒントも掴めないようであった。横で春日井が同じように唸り出す始末である。それを見て、末永はげっそりとした表情を浮かべた。

「あぁ、俺もそんな気ぃしてきた……」

「椎歌。小学校に連絡入れてよ」

 森瀬がパンパンと彼女の目の前で手を叩き、彼女を現実に引き戻す。瞬きする彼女に、アイス溶けてきてる、と彼が付け加えて言うと、慌ててそれを食べ始めた。

 ついでに、春日井も現実に引き戻す。こちらは男だからか、少し強めに手を叩いた。春日井の体が面白いくらいに後退し、何してたんだっけ、と呟く。それに末永が知るか、と言ったところで森瀬が口を挟んだ。

「明宏ー、小学校の電話番号知らないー」

「んなもんスマホ見りゃいいだけだろ」

「あー、そっかー」

 鞄の中から派手にデコレーションされたスマホが姿を現した。キラキラとしたそれはラインストーンだろうか、ゴツゴツした手触りであろうそれを、何のためらいもなく持って操作する。

「あ、あったあったー。……もしもし」

 呑気に言ったと思ったら、突然通話を始め、少年達はぎょっとした。何も今電話しなくても、と思ったのであろう。

 店内はざわついていて、静かとは言えない空間だった。少年達が静かにしても、周りが静かにするわけがない。そんな空間で、電話して、果たしてちゃんと相手の声を聞き取ることはできるのだろうか。

「大隈先生いますー?」

 ここで切られたら終わりだ、と彼らは固唾を飲んで椎歌を見た。だが、彼女はまだ残っているパフェを頬張るばかりだ。

「あ、せんせー、久しぶりー、元気?」

 友達じゃないはずだよね、と思わずと言った体で春日井が呟いた。彼の向かいに座る少年達は首を縦に振って肯定する。

「ちょっと聞きたいんですけどー、六年の図工で、なんかすごい綺麗な空間作ったじゃん? 蛍光ポスターカラーとか使ってさ。あれって、何で発光させてましたっけ。ブルーライト?」

「だから、それ違うよ……」

 思わず森瀬は溜息を吐いた。一度注意されたことはすぐにでも直してもらいたかったのだろう。しかし、そんな外野の言葉など、耳に入れず、椎歌は会話を続けていく。

「あー! ブラックライトかー! ニアミスニアミス」

 森瀬がポケットからスマホを取り出して、インターネットのブラウザを立ち上げた。検索ワードは、今しがた椎歌が言った、ブラックライトである。

「春日井、末永」

 森瀬は手に持っていたスマホを、春日井と末永の間に置いた。双方が見えるように、画像を見せる。

「紫外線を放射するライトで、蛍光体が発光するらしい」

「はぁーっ、そんなんあるんだなぁ」

 少年達の方は、そんな物が存在することさえ知らなかった。その一方で、椎歌は小学校の時にこれを見て、不思議な空間を作り出している。この差は一体何だ、と思わずにはいられない。

「説明見ててもあんまり分かんないなぁ。具体的にどんな風に光るのか見たいね」

「ちょっと待って」

 森瀬が再びスマホを手元に収め、ネットサーフィンを始める。ブラックライトを用いてどんな空間ができるか、それを画像で探し出そうとしているのだろう。

「え、何貸してくれるんです? せんせー、マジ神ー」

 ちょっと待って、と言って椎歌はスマホを遠ざけ、春日井の方を向いた。

「夏休みは毎日練習なんだよね」

「そのつもりだけど」

「せんせー、こっちはいつでも大丈夫ですよー。明後日? うん、大丈夫ー。午後? 分かりましたー」

 おねがいしまーす、とどこか軽い口調で彼女は電話を切った。そのタイミングで、森瀬が、これだ、と言う。

「これ、小学校の授業の報告みたいなんだけど、ここ見て」

 森瀬がある画像を拡大する。そこは、体育館のステージ。ちょうど、彼らが文化祭で演奏する舞台ともなる場所。そこに、不思議な色に光っている絵があった。

 普通に着色しただけでは、表すことのできない色。それは、光だった。しかし、その形は、たしかに、絵となっていて。舞台装置で照らした光とは、とても思えないほど、稚拙な絵だ。

「おぉ、これこれ。こんな感じだー」

 椎歌が画面を見て嬉しそうにはしゃいだ。彼女が体験した授業は、このようなものを作り出すものであったらしい。

「春日井、やったことある?」

「うぅん、ない」

「俺もねぇなぁ。森瀬は?」

「ないよ」

「てことは、これを思い付けたのは、椎歌の手柄ってことだね」

 ただ呑気にパフェを食べ、バカっぽそうな発言をしているだけではなかった、と彼女をほんのちょっと見直す。彼女の言ったことが大きなきっかけになるなど、今までなかった。

「なになに、褒めてくれてんの?」

「うん、椎歌のおかげで光の演出、できそうだよ」

「よかったねー。せんせーブラックライト貸してくれるっていうし、頑張って作んないとねー」

「お前も頑張るんだよ、他人事にすんな」

 えー、なんて言っているが、その表情は楽しげだ。久しぶりに会える先生に、印象深い授業の再現。彼女にとって、この夏最大の楽しい出来事になるのかもしれなかった。少年達にとっても、楽しい出来事になればいいと、彼らも思っていた。


〇〇〇〇〇


「おぉ、上原、元気そうだな」

「せんせー!」

 八月二十二日、土曜日。高校の部室に件の教師はやってきた。事情を部員に説明して、午後は春日井達以外は部室から出て行っている。文化祭の演出の為だ、と言えば彼らは納得したようだ。

「こんにちは、お世話になります」

 森瀬が今にも飛びかかろうとしている椎歌の腕を掴み、春日井が挨拶をした。高校生として最低限のマナーを、と思っての行動だが、椎歌にとっては不満だったらしい。

「北部小の大隈です。高学年の時、上原の担任をしていました。文化祭で相談があるって聞いてるけど、君達、軽音部か」

「あ、はい。この四人でバンドやってます。僕は、森瀬です」

「末永です」

 森瀬はバンド内でも対外交渉を引き受けることが多かったため、初対面の大人相手でも物怖じしていない様子だった。末永は緊張のせいかぶっきら棒で、春日井はかちこちだった。椎歌はいつも通りの調子に見える。

「せんせー、こいつ、春日井。光の演出をしようって言い出した張本人。せんせーのこと思い出させてくれた奴」

「あ、あのっ、どうしてもやりたいんです! どうかお願いします!」

 勢い余って頭を地面にぶつけるんじゃないか、という勢いでお辞儀をした。それを見て、少年達は苦笑するばかりだったが、教師である大隈は笑ってくれていた。

「かつて上原とやった授業は、光のハーモニーという題材だ。蛍光ポスターカラーでペットボトルや画用紙に色をつけて、それをブラックライトに当てて光らせる、という、まぁ言ってしまえばそれだけの題材だ」

 ノートパソコンを開いた大隈は、スライドショーを開始した。光のハーモニー、というタイトルから始まり、写真が流れてくる。

 製作開始時の教室の様子、ブラックライトに作成物を当てる子ども、絵を描いている様子の子どもなど、様々だ。と、そこで一度停止ボタンが押される。

「これが製作工程だ。さっき言ったように、紙などに絵を描く。ただし、描いていいのは抽象的なものだけ。そうじゃないと、完成後の光がつまらないものになる」

 たしかに、流れてきた写真の中で、彼らが知っているようなキャラクター、植物、動物の絵は一切描かれていなかった。描かれているのは、意味をなさないような図形ばかりだ。

「ここからが、完成した作品の展示だ」

 再生ボタンがもう一度押される。そこは、先ほどとは全く違う空間だった。まず、どこにいるか分からないほど、暗い空間だった。そこにぼんやりと浮かび上がる青色の光。大隈は、マウスポインタでそれを指し示して、これがブラックライトだと教えてくれた。

 次の写真からが衝撃だった。先ほど、子どもたちが真剣な表情で描いていた絵が、闇に浮かび上がったのだ。単なる絵ではないことが一目で分かるような感じだ。まるで、魔法でも掛けられたかのように、光を発しているのだ。タネが分かっていても、驚かざるを得ない。

 完成した作品はさっき見た。それは間違いない。それでも、画用紙に描かれた模様と、子どもが暗闇の中で光らせたそれは、全くの別物に見えた。

「すっげー……」

 感嘆の溜め息が少年達から漏れる。椎歌だけは、懐かしさに一人はしゃいでいた。

「さて、これで一通り見てもらったわけだが」

 再生が終わって、もうパソコンには用がない、というかのようにパタンとそれを閉じた大隈は、目の前に出ていたペットボトルからお茶を注いで、それを飲んだ。部室の空調はそう効いていないから、もう温くなっているかもしれなかった。森瀬が立ち上がって、奥の方へと引っ込んでいった。

「春日井君、君のやりたいことと、上原がかつてやったことは、似通っていたかな?」

 光の演出。ただ、ステージ照明を浴びるのではなく、自分たちでカラフルに彩りたいと思って発案を始めた。それが、まさか、こんな魔法のようなことが出来るなどと、夢にも思わなかった。

 ほんの些細な思い付きが、こんなにも素晴らしい形で提示されたのだ。それを、誰が拒むことが出来るだろう。

「はい。想像以上に、素晴らしいことが出来そうです」

「そうか、それはよかった」

 大隈はボストンバッグから四つの箱を取り出した。細長い形をしたそれには、ブラックライトという文字が大きく印字されていた。

 箱を開けて中身を取り出すと、出てきたのは、蛍光灯だった。

「これが、ブラックライト?」

「そうだ。どう見えた?」

「蛍光灯にしか見えねぇ……」

 じっと見つめていた末永の言葉に、大隈は笑う。決して、嫌な笑い方ではなかった。面白いことを聞いた、とでも言うかのように、彼は笑ったのだ。

「僕もそう見える。嵌めてみたら案外ピッタリかもな」

 それは、本気で言っているように聞こえた。少年達はしばし考え、首を横に振った。それは、試しません、という意味だ。

「えー、なんでー?」

「馬鹿、紫外線を放射するんだぞ。四六時中あんな光浴びてられるわけがないだろ」

「せんせー、そうなの?」

「そうだな。長時間光そのものを見つめると、人体に悪影響を及ぼす場合がある。本当に嵌めるのはやめた方がいい」

「つまんないのー」

 椎歌ががっかりしたように首を落とすものだから、少年達は溜息を吐いた。大隈もやれやれと首を振る始末である。椎歌のすっとぼけた考えは、もはや手遅れなのかもしれない。

「いいじゃん。その代わり、文化祭でとびきりのステージを作るんだから」

 椎歌を慰めるように春日井が肩を叩く。その言葉に、椎歌の落ちていたテンションは一瞬にして上がった。

「がんばるよ! あたしがんばる! とびっきりのステージにする」

「おっ、上原が言うなら、期待していいな」

「えっ……」

 一人ウキウキとノートにラフを描き始めた上原を見て大隈はそう言ったのだが、少年達は困惑した。椎歌のセンスを信用していないからだった。それは、彼女のスマホのデコレーションを見れば分かるものだった。椎歌のセンスは、少々おかしい。そんな彼女をリーダーにして、本当にいいと思うのだろうか。

「上原、図工では学外で賞も貰ったことあるくらいだぞ」

 それも何回も、と付け足されるものだから、三人は言葉を失うほかなかった。ただ一人、椎歌だけが、ウキウキと、しかし真剣にラフを描き続けていた。


〇〇〇〇〇


「続いては、軽音部の発表です!!」

 学校祭実行委員会のスピーチで、四人はステージへと出た。今回舞台セッティングをした関係で、初手の演奏となったのである。それぞれが楽器を持ち、どこか緊張した面持ちで、ステージから下を見下ろした。全校生徒の視線が自分たちに、いや、自分たちの周りに注がれていることがありありと分かった。

 フロアは、ざわめきで溢れている。それもそうだろう。派手な色で彩られた画用紙の背景、ダンボールへの殴り書きとしか思えないような線、ペットボトルに塗られた絵の具。これを見て、一体何が始まるのだろう、と思った生徒は数多いはずだ。

 この仕掛けを、この時点で見破られた生徒は、果たして何人いるだろうか。そして、ステージが終わった後にこの仕掛けのタネに気付くものは何人いるだろうか。自分たちも驚いた側だが、驚かす番になるのだ、と思うとつい顔がにやけるのを抑えられない。

「皆さん、光のステージへようこそ」

 森瀬の発声で、ざわめきが徐々にやんでいく。

「今年の軽音部は、例年と違って、少し趣を変えたステージにすることにしました」

 気の早い椎歌が楽器で合いの手を入れる。それに呼応するように、幾人かが野次を飛ばしてきた。森瀬は苦笑してそれを受け止め、説明を始める。

「例年、演劇部の協力の下、派手に証明を使うんですけど、今年は、体育館を真っ暗にするだけにしてみました」

 盛り上がりかけていたフロアが、再び静まり返った。生徒たちは互いに顔を見合わせていた。その様子は、後ろの生徒まで続いていた。

「そう言われても分かりませんよね。実際始まらないと分からないでしょう。では、発案者の春日井から、一言いただきます」

 え、聞いてないよ! と春日井は森瀬に言うが、彼はそんなことは欠片も気にせず、春日井にマイクを渡した。さすが、日頃から対外交渉を行ってきた森瀬である。その強引さ、そして、予め準備していたというように平然と言ってのける態度、それらはただ人と関わるだけでは身に付かなかったであろう。

「あ、こんにちは。その、うまく言えないんですけど、魔法が掛かったような世界が、できたと思います、多分」

 しどろもどろに喋る春日井は、緊張していることが明白だ。普段ステージでは一切喋らないから、何を話していいかすら分からない。それでも、何とか言葉を紡いでいく。忘れてはならない、言葉を。

「今回、僕の案に乗ってくれた、軽音部の皆、付き合ってくれてありがとう。メンバーの上原は、今皆さんが見ているセットのラフを描いてくれました。そして、何よりも。北部小の大隈先生には、僕の案を実現するための方法を教えていただきました。本当に、ありがとうございました! 楽しんでいってください!」

 春日井が勢いよく頭を下げて森瀬にマイクを突き返した。よくやった、なんて彼にだけ聞こえる声で言われたが、もうそれどころではなかった。全校生徒の視線が自分に注がれ、自分の声に耳を傾ける、ということがこんなにも自分の思考を真っ白にするものなのかと、初めて知った。よく、森瀬はこんなことを毎回引き受けてくれるな、なんて感謝したくらいだ。

 森瀬の合図で体育館の電気が消される。カーテンが引かれているとはいっても、外は清々しいほどの晴天である。体育館は薄暗くなるくらいだった。それでも、生徒たちはざわめきだす。灯りが消えると、人は高揚感を覚えるものらしい。今から始まるのが、皆を盛り上げる音楽だから、尚のことだろう。

 四人はそれぞれの持ち場を少しだけ離れて、コンセントを延長コードへと差した。その瞬間、ステージ全体が仄青く浮かび上がる。

 そして、それまで滅茶苦茶な模様にしか見えなかったそれが、鮮やかに空間に映えた。鮮やかな色が、薄暗いステージに浮かび上がったのだ。画用紙の背景が、味気ないステージを彩り、ダンボールがそれに立体感を出し、ペットボトルが足元を照らす。意味のない形だからこそ実現できる、光の空間。様々な色が重なって、四人を仄かに照らす。

 オレンジや、ピンクや、黄緑や黄色。どれもこれもが蛍光色で、そのままではあまりにも明るすぎる色が、光になることで、その場を幻想的に彩っていた。それは、決して目に痛い色ではない、不思議な色であった。

 床に二つ、積まれたダンボールの上に置かれた二つのブラックライトは、狙い通りにステージを照らして、狙い通りに四人を、いや、体育館にいた全ての人を、光の世界へと強引に引き込んだ。

「さぁ、始めよう!!」

 その合図で、楽器が音を奏で始める。現実から完全に目を逸らすためのひと時の時間が、今始まった。

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光のステージ 秋月 聖花 @seika810

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