第8話襲撃事件の全容
まず、今回のナイトフロックス商会のモルチアナ緩衝地帯における遺跡探査は突発的に行われたものではない。ある遺跡を求めて、数年前から地道に行われていたものであった。
その遺跡とは、過去にナイトフロックスが掘り出した遺物の中に、強大な兵器の存在を示唆する遺跡情報があった。解析の結果、その遺跡が眠る場所こそが、グローラ連邦とエスペラス共和国の間に位置するモルチアナ緩衝地帯であるとことが判明した。
元々モルチアナ緩衝地帯という地域は、遺跡資源が豊富に存在し、ここシエラ国同様に発掘産業で過去に栄えた地域であった。
そのため、この地に強力な兵器が眠っていても不思議ではないと確信したナイトフロックスは、遺跡の探査に乗り出したのであった。
しかしモルチアナ地帯における、ここ数十年で発見された遺跡の数は発掘屋たちによる過剰な発掘で著しく減少していた。それに加え、突然のグローラ軍発掘部隊の介入による広範囲に及ぶローラー作戦によって、地域一帯の遺跡資源が枯渇するのでは、と発掘屋の間で騒がれていた。
その事に危機感を覚えたナイトフロックス商会は、グローラ軍に遺跡を根こそぎ発掘される前に、多額の資金を投じて早急に目的の遺跡を探し出そうとしたのである。
そして、ついにその遺跡の発見に成功する。それも、今までに発見したことも無いほどの保存状態が良い遺跡であった。
早速、発掘作業に取り掛かるため遺跡の見張りにディックと数人を残し、ナイトフロックスの陸航船は付近の街に物資補給に戻った。そうして充分に補給を終え、発見した遺跡に向かう途中に不幸にもグローラ軍の巡察隊に遭遇してしまう。
ナイトフロックスのリーダーは咄嗟に、自分たちが発見した遺跡が見つからないようグローラ軍を
相手は巡察隊とは言え、武装した
ある程度撹乱したのち、逃げ出す算段をしていたナイトフロックスのリーダー達は、船から脱出する余裕も与えて貰えず、燃えゆく船とともに運命を共にしていってしまったのである。
しかし、彼らの決死の犠牲は必ずしも無駄に終わらなかった。遺跡の位置は勿論、遺跡を発見した事実すらもグローラ軍に知られずに済んだのである。
だが、発掘船と人員を失い、もはや壊滅した商会に為す術はなく、このままでは遺跡が再び埋もれるか、グローラ軍に発見されるかは明らかであった。
奇しくも遺跡に残り、命拾いをしたディックと残ったメンバーはナイトフロックス商会の無念を晴らすと同時に、グローラ軍に遺物を強奪されぬよう、他の発掘屋たちに商会最後の発見を託すために、命がけで街に救援を求めたのであった。
以上がナイトフロックス商会襲撃事件の全容だった。
そして、ディックの情報を元にラルフは、極力リスクを削った救助計画を練り上げる。
まず、今回発掘された遺跡は現在地からモルチアナ緩衝地帯の領域に入って、直線で北東に八十kmに位置することが判明している。そのため、直ぐに計画を実行に移し救助に向かうとしても、物資補給や乗員の準備などで現場に到着するのは最低でも二日を要することが試算できた。
次に遺跡までの
遭遇のリスクを避けるためにも、常用の航路を大きく外れて迂回をするか巡回の頻度が手薄になる闇夜に紛れて進行する案が、現状取り得る最善の手段と考えられた。
しかし、迂回した先にグローラ軍がいないとも限らないし、万が一巡察隊が軽巡洋艦だけでなく
となれば、闇夜に紛れて迂回路を進行し、遺跡を目指すのが合理的かつリスクを回避する上では妥当であるとラルフは判断する。
仮に進行中に敵艦影を発見した際は、遺跡に残留する人間だけを救助する作戦だけに切り替える。そして少数から成るドール部隊を迅速に急行させ、救助後速やかに遺跡を離れることが望ましいと考えられる。
結果としては、遺跡の発掘を諦めることになるがそれは一時的なものだ。何しろ相手に遺跡がある事実をバレさえしなければいい。
遭遇したとしても上手く撹乱し、逃走すれば発掘の機会は訪れるだろう。アルビオンの船速は驚くべく
その場合でも、アルビオンが得られる利潤は極力失われずに済む。加えて強力な武器の存在や今まで見たことのない遺跡が発見された情報などは、艦長に依頼を引き受けて貰う考慮を促す判断材料として十分と言えるだろう。
頭の中でそれまでの事柄を総括しながら、情報端末機器に入力していく。箇条書きで書かれた情報文はやがて文章になり、作戦報告書として徐々に形を成していく。
ラルフは手を休める事なく淡々と作業をこなしていく。そんな彼をディックは期待と不安を抱きつつ、ただ見守るしかなかった。
そんな作業を繰り返し、ラルフが報告書を完成させたのは取り掛かって、三時間経過した後であった。
「……まぁこれが最善だろう」
言うとラルフは大きく息を吐き情報端末機をテーブルの上に置いた。だいぶ疲れたのか顔にも疲労が出ているようだった。
「完成したのか!?」
「あぁ、一応完成はした。後はうちの艦長に提出して、返事を待つだけだ」
「助かった! 恩に着るよ!」
「大げさだな。気持ちは分からんでもないが」
苦笑しながらラルフはそう軽く返してやる。ディックも少し落ち着きがなかった事に気づき、反省する。
「とは言っても、俺があんたに今できるお礼なんて感謝ぐらいもんなんだ。素直に受け取ってくれるとあり難いんだが……他に方法があればしてやりたいが」
「そうか、なら今から食事を奢ってくれれば嬉しいんだが。何せ昼に酒場を出たから昼食がまだだからさ」
右手で腹を押さえ、ラルフは腹が空いている仕草を見せる。頭も酷使したためか普段より強い空腹感に襲われていた。
「お安い御用だ! で何処に行くんだ? 穴場の美味くて量の多いダイナーなんかは知っているが此処からは遠いぞ?」
「待て待て、俺たちは艦長の帰りを待っているんだ。外に出たらいけないだろう?」
「そ、そうだったな。すまん、つい話を急いじまった。でも外に出なかったらあんたに奢る事なんてできないぜ?」
ディックの疑問は至極当然だった。外出しないで相手に食事を奢るなど、せいぜい買い置きの食品を振舞うぐらいしか選択肢がない。加えてディックは来客だ。それらを持ち合わせている所か菓子類も所持していない。
「それなら問題ない、なんせアルビオンには食堂があるんだ。そこで奢って貰えればいい。乗員用だから価格も安くて財布も痛まないぞ」
「そうなのかい? だったら話は早い、さっそく食いに行こうじゃないか!」
意気揚々とディックは答え、ラルフに食堂まで案内するよう催促するのであった。ラルフはそんな彼を見て、数時間前まで辛気臭い表情をしていた男と同じだと考えられないなと思うのだった。
話しをほどほどで切り上げ二人は客室を出て、入り組んだ船内を歩く。
その際、ディックはラルフにあることを歩きながら質問する。
「にしてもアルビオンってのは、
不意な質問にラルフは一瞬反応が遅れたが、ディックのアルビオンの乗員であれば誰しも作戦の立案が出来る。という勘違いに笑いながら答える。
「ははっ、まさか全員が出来たら末恐ろしいな。さすがに作戦を立てられるのは組織の中でも極少数だよ。自分が作戦を立てられるのは前職での経験があるからさ」
「おぉ、そいつは良かった。これで乗員全員出来ますなんて言われたら、あんた達が特殊なエリートばかり集めた発掘屋なんじゃないかと思っちまうぜ」
「おいおい、俺たちもディックと同じ一般人だぞ? 確かに乗員には色んな
そうかぶりを振りながらラルフは説明する。それでもディックは、アルビオンの乗員の能力が世間の一般人とはかけ離れているのではないか、と信じて疑わなかった
そんな他愛無いやり取りをしながら男二人、目的の場所まで艦内を歩き続けるのであった。
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