第108話
俺達がナンタイモリの街から急いで王都に戻ってくると、そこにはとんでもない光景が広がっていた。
「な、なんだあれは……いったい、何がどうなってるんだ?」
王都の様子を見て、ディオンは愕然とした表情でぽつりとつぶやく。
まず、王都を囲っていた高い壁はボロボロでもはや防壁の役割を果たしていなかった。
あちこちから煙が上がり、遠目からでも酷い有様だとわかる。
「あ……うぅ……」
「いてぇ……いてぇよぉ……」
王都の中も、やはり酷い有様で唯一無事だったギルドに入ると、あちこちから怪我人のうめき声やすすり泣く女性の声が聞こえてくる。
「これは、思ってたより酷い状況ですわねぇ……」
俺達に王都が襲われていると情報提供したレヴィアータが口元を押さえながら眉をしかめてつぶやく。
「おお、カーミラ様!」
俺達がギルド内の様子に唖然としていると、師匠を呼ぶ声が聞こえてくる。
それは、この間見たえらそうな恰好の中年のおっさんだった。
近くで見ると、服の上からでも結構鍛えているという事がわかり、年齢の割にはかなり逞しい体つきをしていた。
確か、こいつがギルドマスターだったかな。
「ガラドアか……いったい、何があった?」
「それについては、奥でお話ししましょう……。付いてきてください」
ガラドアと呼ばれた男はそう言うと、くるりと向きを変えて歩き出す。
「ちょっと、ムクロ君……」
ガラドアについて行こうとしたところで、ディオンが耳打ちをしてきた。
「なんだ?」
「ギルドマスターは、なぜカーミラさんに敬語を使っているんだ? ギルドは七罪の王達に賞金を掛けているだろうから、正体を明かしているわけでもないし……」
「いや、案外そうでもないと思うぞ? 師匠の話じゃ、あのギルドマスターとは昔、いろいろあったらしいし。もっとも、俺はあんまり詳しく聞いてないからわからんけども」
「……なんというか、さすがといった感じだな」
俺の言葉に、ディオンは感心していいのか呆れていいのかわからないといった微妙な表情を浮かべてそう言った。
◆
俺達が通されたのは、三階の奥にある部屋だった。
以前はさぞかし豪華な部屋だったのだろうと予想できるが、現在は天井に穴が開いており、部屋の所々が焼け焦げている。
「すみません、カーミラ様。一応、ここはギルドマスターである私の部屋だったのですが、先の襲撃でごらんの有様でして……」
「それは別にかまわん。それで、いったい何があったんだ? コイツの話では、モンスターに襲撃されたと言っていたが」
師匠は、レヴィアータの方をちらりと見ながらそう言う。
「概ねその通りです。ただ、確かにモンスターも居ましたが……中には、人間や魔族も混じっておりました」
「魔族だと? それは確かなのか?」
「はい、人語を解しておりましたし……明らかに人間や獣人などとも異なる異形な姿だったので確かかと……」
師匠の問いに対し、ガラドアはそう答える。
……ふーむ、いったい誰が何の目的でそんな事をしたのだろうか。
「それで、ギルドマスター……首謀者はわかっているのですか? それと、被害状況も教えてください」
ディオンがそう尋ねると、ガラドアは沈鬱な表情を浮かべながらゆっくりと口を開く。
「被害状況は、街に関してはご覧の有様だ……街の人達も死傷者多数、無事な人間の方が少ない。今は、無事だったヒーラー総出で治療を行っているが、なにぶん数が足りていなくてな。そして……王達は……全員お亡くなりになられた……」
「なっ!」
衝撃的事実に、ディオンは目をひんむいて驚く。
ファブリス達も同様だった。
「そもそも、その襲撃の最初が城だったのだ。突如城から火の手が上がり、駆け付けた時に既に……」
「となると……そもそも、今回の襲撃は王族暗殺が目的、か?」
「それはわからん。向こうは何も理由を言わなかったからな。ただ、首謀者は判明している」
「いったい、誰だ? こんな大それた事をしでかした大馬鹿は」
そう、それが一番気になる。
王都と言えば、この大陸でも一番戦力が集まる場所だ。
他の街よりも冒険者が圧倒的に多く、王お抱えの騎士団なども常駐しており、普通の奴ならばまず襲撃しようと思わない。
しかも、ソイツは初っ端から頭を狙いに来ていて、根本から破壊しようという魂胆が透けて見える。
「首謀者の名前は……タマモ。九つの尾を持つ男で、見た事の無い服装をしていた」
「「「「なっ……」」」」
ガラドアから発せられた名前を聞いて、その場に居た全員が驚く。
「それは……間違いないのか?」
「ああ、本人が名乗っていたし手配書の似顔絵とも一致するからな」
俺の問いに、ガラドアはこくりと頷く。
あの馬鹿……もしや、ついに世界征服に本格的に乗り出してきたのか?
まさか、こちらが魔大陸に行く前に向こうから来るとは流石に予想できなかった。
「奴は一旦引きはしたが、また攻め込むと言っていた。……正直、一度の襲撃で我らの戦力はがた落ちしているので、もう一度攻め込まれたら完全に陥落してしまうだろうな……」
ガラドアは、沈鬱な表情を浮かべながら静かに言い放つ。
「……これはチャンスかもしれない」
「どういうことですか、マスター?」
「考えてもみろよ、元々俺達はタマモを捜しに魔大陸へ向かう予定だった。それが、今は向こうから勝手に攻めてきてくれると宣言してるんだ。だったら、堂々と迎え撃って奴をボコってやろうじゃないか」
「馬鹿な……相手はタマモなんだぞ? いくらカーミラ様が居るとはいえ、タマモだけではなくあの数のモンスター相手に勝てるわけがない。しかも、それ以外に異常に強い人間も居るのだ」
俺の言葉に、ガラドアは即座に異論を申し立てる。
「アンタは……師匠の正体を知ってるのか?」
「ああ、七罪の王だろう? 本来なら討伐対象なのだが、カーミラ様には恩義があって、表向きは知らないふりをしている。それよりも、師匠とはいったいどういうことだ? 君は確か、最近一等級になったムクロ君だろう?」
おっと、さすがに人化してる時の俺の顔は知られていたか。
「俺は師匠の弟子だ。そして……七罪の王の一人、怠惰の王シカバネでもある」
俺はそう言うと人化を解いて、元の骨の姿に戻る。
「なんだと!?」
「そう身構えるな。俺はアンタらと事を構えるつもりはない。そこは、師匠の弟子だって事で信用してもらうしかないが」
「……」
俺の言葉に、ガラドアは師匠の方をチラリと見る。
「……まぁ、こいつは信用していいぞ。人間と敵対するなんて面倒な事は絶対にやらないから。そこは怠惰としても信用できる」
「…………わかった。カーミラ様がそう言うなら信じよう。しかし、驚いたな。カーミラ様だけでなく、あのシカバネまでもが一等級だなんてな」
「そこはまぁ、なんというか成り行きって奴だ。……んで、どうだ? こちらには七罪が二人。少しは希望が見えてきただろう?」
本当は向こうにも二人いるのだが、これ以上不安にさせるわけにもいかないのであえて黙っておく。
まぁ、実際はこちらにはウロボロスもいるのでどっこいどっこいなわけだが。
「確かに……」
「ボク達も出来る限り協力しよう。彼らと同じ……というにはおこがましいが、ボクも一等級だから少しは役に立つと思う」
ディオンがズイッと前に出てきてそんな事を言う。
「よし、わかった。君達を信じて迎え撃つことにしよう。だが、怪我人はどうする? 王都で迎え撃つにしても、こう怪我人が多くては彼らを守りながらではキツイと思うのだが?」
「それに関しては問題ない。一応、手はある。ね、師匠?」
「……仕方ないな。面倒ではあるが、手伝ってやろう」
俺の言いたい事を察したのか、師匠は非常に嫌そうな顔をしながらも了承する。
流石は師匠。なんだかんだで優しいな。
「とりあえず、怪我人は急ピッチで治すとして……アンタらにはやってもらう事がある」
本来ならあまりやりたくないのだが仕方あるまい。
怪我人を治しても、戦えない一般人が居るのには変わりないので、王都ではない他の場所に避難してもらう事になる。
「なんだ?」
「……一度、王都を捨てて俺達の国へ避難してもらう」
近場の村や街に避難するにしてもあまりに人数が多すぎる。
王都の人達を丸々受け入れるには、アルケディアくらいしかないだろう。
それ故に、俺は――そう提案するのだった。
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