第109話

「はい、それじゃ次の怪我人連れてきて。え? 虫の息? いいから、とにかく連れてきて!」


 俺は現在、主の居なくなった城の一室を借りて次々と運び込まれる怪我人達を治療していた。

 怪我人を運ぶ手間を考えれば、治してしまって自分で歩いてもらった方がはるかに楽だから、師匠と手分けして治療している。

 ……まぁ、治療って言うのは建前で一旦殺してから完全蘇生を使ってるだけなんだけどな。

 だから、既に死んでしまっている人でも、蘇生させる条件さえ整っていれば蘇生させている。


「おい、ムクロぉ! いくらなんでも怪我人多すぎやせんか!」

「そんな文句は後でタマモに言ってくださいよ!」

「そうする!」


 俺の隣で蘇生魔法を掛ける機械と化した師匠がついにブチ切れる。

 怪我人があまりにも多いのだから仕方ないと言えば仕方ない。

 仮にも王都。住んでる人は他の街と比べて段違いに多いのだ。

 一応はヒーラーも居るので、軽傷の奴らは彼らに任せているがそれも焼け石に水といった感じだ。

 

「ぁぁぁぁぁああああ! 殺す! タマモのあんぽんたんは絶対に殺す!」


 ついに堪忍袋の緒が切れたのか、師匠が絶叫する。

 いつこちらに火の粉が飛んでこないかとヒヤヒヤしながら、俺はひたすら治療・・を続けるのだった。



「「…………」」


 あれから数時間後、ようやく俺達は全ての怪我人を治療し終える。

 

「ムクロ……ワシ、もうゴールしていいよな?」

「まだです……まだ、タマモのクソ狐をボコってないからゴールしちゃダメです……」

「それも……そうだな」


 俺達は疲労困憊になりながら、言葉を交わす。

 今までの人生で一番働いたかもしれない。

 ……正直、酷い言い方をしてしまえば彼らには何の義理も無い。

 動ける人間だけでアルケディアに避難して怪我人を見捨てるという手もあった。

 が、俺はそれをしなかった。

 理由は二つ。一つ目は、身内の不始末の尻ぬぐい。

 そして二つ目は……。


「マスター、お疲れの所申し訳ありません」


 俺がぐったりしている所へ、レムレスがやってくる。


「……どうした?」

「ギルドマスターがお呼びです。カーミラ様もご一緒にとのことです」

「えー、ワシもかぁ……? 今、ワシ動きたくないんじゃけど……」


 師匠は完全に脱力しながらそうつぶやく。

 今の師匠を見て、誰も憤怒の王だって気づく奴はいないだろうな。


「お二人には是非来てほしいとの事でした」

「んだよ……なら、てめぇがこっちに来いってんだ……」


 俺はぶつくさ文句を言いながら立ち上がる。


「んで? どこに来いって?」

「城の入口まで来てほしい、と」


 城の入口ぃ? なんでまた、そんな微妙な場所なんだよ。

 まぁ、仕方あるまい。味方アピールをする為にも素直に言う事聞いてやるか。


「ほら、師匠。そういう事らしいから行きましょう」

「むぅーりぃー」


 師匠は、普段の性格からは考えられない程にだらけている。

 それだけ、あの蘇生地獄がつらかったのだろう。

 正直、俺も何度逃げたくなったか分からない。我ながら、よく完遂できたものだ。


「はぁ……頼む、レムレス」

「了解いたしました」


 レムレスは頷くと、全力でだらけている師匠を抱き上げる。

 本当なら俺が抱き上げたい所なのだが……ほら、俺非力だしね?

 レムレスが師匠を抱き上げたのを確認すると、俺達はガラドアの待つ城の入口へと向かう事にした。

 城の入口へとやってくると、ガラドアがこちらを見つけ笑みを浮かべる。


「おお、二人共! 来てくれたか!」

「おい……ガラドアぁ……いったい何の用だ? ワシは今、すごく疲れてるんだ。もし、くだらない用事だったら消し炭にするぞ?」


 師匠は、レムレスに抱きかかえられながらジロリとガラドアを睨む。

 この人なら本当に消し炭にしかねないから怖い。


「す、すみませんカーミラ様……じ、実はどうしてもお二人に見ていただきたいものがありまして……」


 師匠に睨まれ、ガラドアはデカい体を縮み上がらせながらもそう言う。


「見ていただきたいものだぁ?」

「はい……こちらへどうぞ。……で、出来ればカーミラ様は自分で立っていただければありがたいです」

「ちっ……仕方あるまい」


 怯えるガラドアを見て、師匠は舌打ちすると自分の足で立つ。

 つーか、あのムキムキのガラドアがあんなに怯えるだなんて、師匠は昔、何をやったのだろうか。

 ……大体予想できちゃうけどね。


「では、こちらへ……今、扉を開けますので。……ふぅんっ」


 ガラドアはそう言うと、両開きの扉に手を掛けると一気に押し開ける。

 すると、扉の外からたくさんの人がワッと入ってくる。


「ああ、ムクロ様! 治していただきありがとうございます!」

「カーミラ様、この度はありがとうございました!」

「な、なんじゃぁ!?」


 突然の事に、師匠は目を白黒させる。

 ……正直、俺も何が起こったのか把握できていない。


「彼らは、カーミラ様達に治療してもらった人達だ。どうしても、お礼が言いたいとの事でね」


 ああ、そういえば見た事ある顔がチラホラ居るな。


「ムクロ様達が治していただけなければ……私はとっくに死んでいたかもしれません。あまりにもひどい怪我でヒーラー達もお手上げでしたから……」


 一人の女性がすすり泣きながらそうお礼を言ってくる。

 いや、実際一度死んでたんですけどね? まぁ、空気読んでそんな事言わないですけども。

 それからも、俺達の目の前に居る人間達は口々にお礼を言ってくる。

 狙い通りではあるのだが……正直、悪い気はしないな。

 そうそう、先ほど言いかけた二つ目の理由だが、それは彼らから信頼を得る事だ。

 大怪我を無償で治したとなれば、よっぽど薄情な奴じゃない限りは感謝をし、治してくれた相手を信用するものだ。

 目の前の奴らのようにな。

 まずはこれが前準備で、あとはタマモの件をどうにかすれば俺の計画は完成する。

 俺は、これから訪れるであろう未来に密かにほくそ笑むのだった。

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