第46話

「ワシの宝を奪いに来た盗人は貴様らか……?」


 リッチ野郎は、目をらんらんと光らせながらこちらをジロリと睨む。

 宝ってのは、アウラじゃなくて魂喰の宝玉なんだろうなぁ……。

 俺さ、自分の子供を所有物だと思ってる親って大っ嫌いなんだよね。

 だから、目の前のコイツは遠慮なくぶっとばせそうである。


「ふむ……スケルトン……いや、貴様もリッチか?」


「なあ、レムレス。こいつ、実は結構良い奴じゃね?」


 もしかしたら、魂喰の宝玉も騙されて使ったかもしれない。うん。


「ちょろすぎですよ、マスター」


「お兄ちゃん、ちょろーい」


 俺の言葉に対し、女性陣二人が冷たい視線でこちらを見てくる。

 いやだってさ、俺を見て一発でリッチだって分かったのこいつが初めてなんだよ。

 嬉しくなるのも仕方ないっていうかさ?


「ふん、たかがリッチが! ワシは、デミリッチ……魔導帝アルト・バイエ・ルーンなるぞ!」


 たかが……だと?


「なぁ、レムレス。こいつやっぱ嫌な奴だ」


「マスターは馬鹿なんですか?」


 同意を求めたら、随分酷い返しをもらった。解せぬ。

 ていうか、焼いたら噛んだときに皮がプリッとしそうな名前だな。

 デミリッチというのは、簡単に言ってしまえばリッチの上位種である。

 ゾンビの上位種がフレッシュゾンビのように、同じ種類のモンスターでランク付けがあったりする。

 が、確かにデミリッチは上位種ではあるが所詮俺の敵ではない。

 こいつからは、それほど強さを感じないからだ。

 おそらくは、無駄に年月だけ重ねてランクアップしただけだろう。


「しかし、デミ……ですか。確か、デミって半分とかそういう意味では無かったでしたっけ?」


「確かにそういう意味もあるが、この場合はどっちかっていうと亜種の方が意味合いが強いな」


 レムレスの問いに、俺はそう答える。

 とある狩りゲーでも、通常よりも亜種の方が強かったりするあれだ。


「ま、強かろうが何だろうが、お前は腹立つからさっさと滅んでろ」


 俺は、アルトとは交渉も何もする気が無いので魔法をいきなり放つ。

 放たれた闇の矢は、頑丈そうな肩甲骨をあっさりと砕いてしまう。

 

「馬鹿な! ワシの体をあっさりと!?」


 思わぬダメージだったのか、アルトは大袈裟に狼狽する。

 うん、やっぱ小物だわ。こいつ。

 まあ、アンデッドは闇耐性あるから驚くのも無理はない。

 お前が弱かったんじゃない、俺が強すぎたんだ。

 だが、その後すぐに今度は俺が驚く事になる。


「ぁぁぁぁああああああ!」


 突如、アウラが自身の体を抱きすくめて苦しみだしたのだ。

 そして、削れたはずのアルトの肩の骨があっという間に修復していく。


「く、くくく……少し驚いたが、所詮はこの程度よ。アウラが居る限り、ワシは不死身じゃ!」


 ……なるほど。どういう経緯でそうなったかは分からないが、アルトは魂喰の宝玉から力を得ているのだろう。

 故に、ダメージを受けてもすぐに回復するという訳だ。アウラの痛みと引き換えに。


生命吸収ライフドレイン。それがワシの魔法じゃ! 魂喰の宝玉は、壊さん限り永遠に魔力を放ち続ける! すなわち、攻撃するだけ無駄というわけじゃ!」


「お前は……何とも思わないのか?」


「何がじゃ?」


「自分の娘が! こんなに苦しんでるって言うのに、お前は何も思わないのかって聞いてるんだよ! 親だろうが、お前!」


 俺は思わず声を荒げてしまう。

 感情的になるというのは自分らしくないが、それでも感情を抑えきれなかった。

 アウラは、横で今も痛そうに身を抱えている。正直、見てて心が締め付けられるようだ。

 ……あくまで比喩だから、無粋なツッコミするなよ。レムレス。


「娘だからどうしたのじゃ? こやつは、ワシが不死であり続けるために必要な存在。利用価値があるだけ幸せだと思ってもらいたい」


 俺の言葉に、アルトは当たり前だと言わんばかりに言い放つ。

 こいつは……一体、どこまで性根が腐ってるんだ。


「さぁ……次はワシの番じゃな?」


「っ!?」


 アルトがそう言うと、右手を突き出し何かを握るような動作を行うと俺の頭がいきなり砕け散る。

 当然、核が額にあるので一回死亡。


「ふむ、やはり貴様も不死だったか」


 復活した俺を見て、確信したようにアルトが言う。

 以前、不死は希少な特性だと話だが別に数が居ない訳では無い。

 目の前のアルトや俺のように、条件付きの不死というカテゴリで見れば、それなりに居る。

 単に、表舞台に出ていないだけで。


「そして、貴様の額の赤い石……魂喰の宝玉だな?」


 アルトに指摘され、俺は思わず体が跳ねる。


「くくく、やはりそうか。ならば、貴様もワシと同類ではないか。なぁ? 貴様も、ありとあらゆる生命を犠牲にして不死の体を得たのだろう!? そのような奴がワシに説教など片腹痛いわ!」


「マスター……」


「お兄ちゃん……」


 アルトの言葉を黙って聞いていると、レムレスとアグナが不安そうにこちらを見てくる。

 違う……違うんだよ。俺は奴とは違う。

 確かに性質は似ているかもしれない。だが、本質はまったく違うのだ。

 レムレスには、俺の不死身の条件を教えていない。もし、教えてたら冒険に出ることを許しはしなかっただろう。

 こう見えて、こいつはかなり過保護だからな。……本当だぞ?


「どうじゃ? 同じリッチのよしみでワシの仲間にならんか? さすれば、世界の半分を貴様にやろう」


「……はん、そういうセリフを吐く奴は小物だって相場が決まってんだよ。勿論、お断りだ馬鹿野郎!」


 俺は、アルトに向かって中指をおっ立てて叫ぶ。


「そうか……ならば仕方ない。貴様らには消滅してもらうとしよう」


 アルトはそう言うと、体中から魔力を吹きだす。

 死の匂いに満ちたとても嫌な魔力だ。


「レムレス、アグナ。後で説明するから……今は、アルトの相手を頼む。なるべくダメージは与えるな。アウラが痛がるから」


「マスターは?」


「俺は、一刻も早くアウラの中にある忌々しい石ころを取ってやんなきゃいけないからな」


 今この場でそれが出来るのは俺だけだ。


「……奴を、虚無なる寙ブラック・ホールで吸い込んでしまうというのはダメなのですか?」


 レムレスの問いに、俺は静かに首を横に振る。

 アルトとアウラ、そして魂喰の宝玉が繋がっている以上、下手に虚無なる寙ブラック・ホールで吸い込んでしまうとどうなるか分からない。

 吸い込んだが最後、こちらから奴に干渉出来なくなっちゃうしな。

 なので、アウラから石を取り出して繋がりを断った後で、アルトをぶっ飛ばすのが一番確実だ。


「分かりました。後で、たっぷりと事情を聞かせてもらいますからね。それと、このツケは高くつきますから。……そうですね、約束していた尻枕は無し、といった所でしょうか」


「アルトぉ! 俺は、貴様を絶対に許さないからな!」


 俺は、ビシッと指差しながら怨嗟を込めて叫ぶ。

 うぐぅ……俺の尻枕がぁ……。

 俺は意気消沈しながらも、アウラの方へと向かう。


「小娘共が! ワシに勝てると思うているのか!」


「そんなの、やってみなきゃ分からないじゃないですか」


「そうだそうだ骨野郎!」


 後ろでは、レムレス達がアルトと戦っている。

 あとアグナ。それだと俺も当てはまっちゃうからね?


「とまぁ、それはおいといて……まずはこの結界だなぁ」


 俺は、アウラを出さないようにしている結界を睨む。

 かなり強力な結界ではあるが、所詮は俺より格下の結界である。

 結界の解呪が苦手な俺でも、これは何とかなる。


「ふぅぅ……」


 俺は深呼吸をして、魔力を右手の拳に集中させる。

 どす黒い……闇の魔力が右手に集まったのを確認すると、俺は大きく拳を振りかぶる。


「解呪パーンチ!」


 拳が勢いよく結界に当たった瞬間、パリンとガラスの割れるような音共に結界が無くなる。

 こういう類の結界は、わざわざ面倒な解呪をしなくても、より大きい魔力をぶつけてしまえばキャパオーバーで壊れてしまうのだ。

 必殺『解呪(物理)』である。

 ちなみに、これを師匠に見せたら「馬鹿だろお前」って罵られた。師匠だって、戦闘馬鹿で人の事言えないくせになぁ。


「さぁ、アウラ。物凄く痛いけど……我慢してね。君を、あのくそ親父から救う為なんだ」


 俺がそう言うと、アウラは首を横に振る。


「あんなの……お父さんじゃない。私のお父さんは、もっと優しかった」


 ……小さい子供なんだ。大好きだった親父が私利私欲のために急変したとしても、信じたくないのだろう。


「……そうだな。じゃあ、こうしよう。俺は、アウラのお父さんの偽者を倒す。その為には、アウラの中の石を取らないといけない。だから、痛いかもしれないけど我慢してくれ」


「…………」


 長い沈黙の後、アウラはコクリと小さく頷く。

 それを確認した俺は、アウラを正面に向かせて胸元が良く見えるようにする。

 ……これってさ、傍から見ると少女の胸をまさぐろうとして変態だよな。

 いや、今は深く考えないようにしよう。緊急事態だし。


「い、いくよ……」


「……ん」


 緊張からか、俺は妙に上ずったような声で尋ねてしまう。

 まずい! これだと、マジで本物みたいだ!

 ええい、さっさと終わらせよう! 一度成功させてるから、それほど時間も掛からないはずだ。

 それに、あのくそ野郎をさっさとぶっ飛ばしたいしな。


「ふぅ……」


 俺は、もう一度神経を集中させると、今度は両手に魔力を纏わせる。

 といっても、今回は解呪(物理)のような乱暴な手では無い。ちゃんと手順を踏んで解呪をする。

 魂喰の宝玉は、それだけ厄介な代物なのだ。伊達に、伝説級ではない。

 俺は、そのままゆっくりとアウラの胸の中へと両手を入れていく。


「んっ」


 手を入れた瞬間、アウラはくすぐったそうに身をよじりながら短く声を漏らす。

 ちょっと変な気分になったが、俺は正常だ。……のはずだ。

 そして、そのままアウラの中にある魂喰の宝玉に触れる。


「あがっ!? あああああああああ!」


 瞬間、アウラは喉がはちきれんばかりに騒ぐ。

 実際は霊体なので、そんな心配は無いのだがアウラから……正確には魂喰の宝玉から暴発した魔力が荒れ狂う。


「貴様っ! 何をする気じゃ!」


 ようやく俺に気づいたアルトは、こちらへとやってこようとするがレムレスとアグナに阻まれてしまう。


「ええい……コバエどもが煩わしい……!」


 アルトは、歯ぎしりをしながらもレムレス達の相手をする。

 再び宝玉の方へと視線を戻すと、宝玉からはプログラミングの文みたいな物が浮かんでいる。

 これが呪いである。大抵、呪いは複雑に出来ており、掛けた本人以外が解こうとすると、このめんどい文章を解読していかなければらない。


「ひぎっ……あぐう」


 俺が少しずつ解除するごとに、アウラは痛そうに身をよじる。

 待ってろ、もう少しで解呪してやるからな。


「マスター! まだですか!」


「お兄ちゃん! こっちから攻撃出来ないから、ちょっと厳しくなってきた!」


 アルトを相手にしている二人から急かす言葉が聞こえてくる。

 だが、今はそれに答えている余裕が無い。


「……これで……最後だぁ!」


 最後の一文を解除すると魂喰の宝玉は、ずるりとアウラの体から抜け出す。


「そして、こんな忌々しいもんは……こうじゃい!」


 俺は、手に持っている宝玉を高く持ちあげるとそのまま、地面へと叩きつける。

 核を失った宝玉は酷く脆く、地面に叩きつけられるとあっさり砕け散ってしまう。


「そしてぇ……吸い込め、虚無なる寙ブラック・ホール!」


 小型の虚無なる寙ブラック・ホールが現れると、そこかしこに散った宝玉の欠片を残らず吸い込んでしまう。

 これで、少なくともここにあった宝玉は完全にこの世界から存在を消した。

 吸引力の変わらない、ただ一つの虚無なる寙ブラック・ホール


「……っ! ワ、ワシの力が衰えていくっ!?」


 魂喰の宝玉を失った事で、力の源を断たれたアルトは目で見て分かるほど魔力の量が減っていく。


「ワシは……魔導帝なるぞ! それが、こんなに魔力が衰えていっていいはずが……」


 戦意を喪失し、プルプルと震えだすアルト。

 だが、俺の方を見ると嬉しそうに口を歪めた……ような気がした。


「そうじゃ、まだ貴様の額にあるではないか! それを……よこせぶらっ!?」


 アルトがこちらへと向かって来ようとするが、途中でレムレスの鋭い蹴りで妨害されてしまう。


「……ようやく攻撃が出来るようになりましたね」


 怖い! レムレス、なんか超怖い!


「あはは、私ね……使いたい魔法がいーっぱいあるんだぁ……」


 そして、アグナも無邪気に黒い笑みを浮かべながら言う。

 ひぃっ!? この子達、一体どうしたの!


「さぁ、年端もいかない少女を生贄なんかにした分と迂闊に攻撃できなかった鬱憤を晴らさせてもらいます。あとついでにマスターを侮辱した分も」


 俺はついでかい。


「ま、待て! あの宝玉が無ければ、ワシはただのアンデッドじゃ! 誰かに危害を加える力も残っていない!」


 レムレスとアグナの気迫に押され、アルトは狼狽しつつも後ずさる。


「おやぁ? 確か貴方はデミリッチ。リッチであるマスターよりも格上なんですねぇ? そんな方が、弱いとは思えないのですが?」


「私もそう思うー」


「あ……ゆ、許してちょんまげ……ぎゃああああああああああああああ!?」


 俺は、目の前の光景を見ながら敵であるアルトに少なからず同情する。

 もちろん、子供にはとても見せられないのでアウラの目は、目隠ししている。


 教訓

 シリアスな場面では、ふざけないようにしましょう。

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