リッチは静かに暮らしたい
已己巳己
プロローグ
「はー……今日も良い天気だなぁ」
「そうですね」
深い深い森の中、開けた場所にぽつんと一軒だけある掘立小屋で、木製のロッキングチェアに座りながらさんさんと窓から降り注ぐ日差しを浴びる。
隣には、真っ黒なメイド服に身を包んだ血の気が通ってないんじゃないかと思う程、青白い肌の女性が立っている。
ふわりとした赤毛に、眠そうな半眼。無表情とも取れるその顔立ちは、美少女と言っても差支えなかった。
「こういう日は、何か良い事がありそうだと思わないかい?」
「そうですね」
俺は、何とか会話を続けようと話しかけ続けるが、メイドの少女は素っ気なく答えるばかりだ。
「……ねえ、もうちょっとさぁ……会話とかしない?」
「すみません、マスター。息が臭いので少し黙っててください」
「臭くないよ⁉ ていうか、臭くなりよう無いからね!」
俺の事をマスターと呼ぶ、毒舌メイド少女のあまりな発言に俺は思わず叫んでしまう。
この子の名前は、レムレス。とある事情から俺の従者をやっている。
俺の従者をやって結構経つのだが、一向に俺を敬う気配が無い。
いや、絶対敬えとは言わないけど、もう少し優しくしてくれてもいいんじゃないかと思う。
おっと、申し遅れた。
俺の名前は、
前世、地球生まれの日本育ちだ。
とある事情から、剣と魔法のファンタジー世界で第二の人生を歩んでいる。
「レムレスさー、もうちょっとこう……俺に優しくなろうよ。いくら鋼メンタルの俺でもそろそろ挫けそうだよ?」
「何言ってるんですか。十年前から同じような事言ってますが、まだまだ平気そうじゃないですか。これからも変わらず接していきますよ、私は」
俺の言葉に、レムレスは相変わらず無表情のままそう言う。
うん、これからも同じ態度って聞いただけで、俺の心挫けそう。
じゃあ、クビにしろよとか思うかもしれないが、そう出来ない理由もあるのだ。
「おらー! 出てこいー!」
レムレスの辛辣な態度に心が折れそうになっていると、外から若い男の声が聞こえてくる。
「……はー、またか」
ここに来てから、もう何度目だろうか。
もう数えるのも面倒くさい。
俺は、ただ平和に暮らしたいだけなのに、こうして向こうから厄介事が舞い込んでくる。
「レムレス」
「嫌です」
「まだ、何も言ってないよ⁉」
あまりの即答振りに俺は、思わず声を荒げてしまう。
「どうせ、外に来たお客様をもてなせと仰るのでしょう? 嫌ですよ。私の玉のような肌が傷ついたらどうするんですか」
どの口が言うんだか。
「つーか、それなら主である俺が傷つくのは良いのかよ」
「どうせ死なないんだから良いじゃないですか」
いや、確かにそうなんだけどさー?
なんかこう、違くない?
「おらー! 居るのは、分かってるんだよ! さっさと出てこい! くそモンスター!」
外では、痺れを切らした男が怒りの感情を隠そうとせずに叫んでくる。
「ほら、呼んでますよ、マスター」
「レムレスも該当するじゃん」
「私はほら、元人間ですし」
「いや、俺も元人間だよ」
「でも、見た目で言えばマスターの方が人外ですよね?」
ぐっ……それを言われると何も言い返せない。
「……はー、仕方ない。分かったよ、行くよ。行けばいいんでしょうが」
「最初から素直にそう言えば良いですのに」
レムレスは、「やれやれ、困った人だ」と言わんばかりに肩を竦めて首を横に振る。
この女……っ。
……まあ、レムレスのこの態度は今に始まった事では無い。
もはや、諦めの境地に達している俺は、内心ため息を吐きながら立ち上がると、外へと出る。
「ようやく出やがったな……っ」
外に出てみると、叫んでいた男の他に三人ほど居た。
ヒーラーっぽい女に、魔導士の男、それに騎士風の男と戦士風の男だ。
叫んでいたのは、戦士風の男だった。
「本当にこれが……リッチ? 何か、思ったより貧相だな。ただのスケルトンじゃないのか?」
戦士風の男が、俺を見て拍子抜けしたように言う。
ほっとけ!
「油断しないでください! 例え、リッチじゃなかったとしても……どんなに貧相なスケルトンに見えても……数々の冒険者を退けてきた凶悪なモンスターです!」
戦士に対してヒーラーっぽい女が諌めるように叫ぶ。
ていうか、貧相貧相言うなよ。気にしてるんだよ、こう見えても。
心折れるぞこの野郎。
――リッチ。
地球でもよくファンタジー系の物語で出てくる有名な見た目が骸骨のアンデッドのモンスターだ。
魔法を追求した成れの果て、不老不死を追い求めた元魔導士……等々、諸説は様々あるが高位のアンデッドというのはどの物語も大抵共通している。
作品によっては、
……まあ、ここまで来れば大体予想がつくだろう。
俺、鹿羽 椋郎は……闇属性を極めた元人間のリッチである。
極めた理由は、単純にカッコいいから。
その他に魔法を極める理由があるだろうか? いや、無い(反語)
リッチは、闇属性を極めた際の副次的なものに過ぎない。
「お前の噂は聞いている! 俺達が来たからには、お前の悪行もここまでだ!」
おそらく、そいつがリーダーなのだろう。
戦士風の男が、こちらを指差して叫ぶ。
誤解の無いように言っておくが、俺は悪事など働いたことが無い。
闇属性を極めはしたが、それは単純にカッコいいという理由だけでだし、世界を征服しようとかそういう気持ちは一切ない。
「あのー、一応ダメ元で言うけど俺、特に悪いことしてないよ?」
「そんな事信じられるか! 皆、行くぞ!」
案の定、聞く耳を持たない冒険者達は、戦闘態勢に入る。
今までも、正義感に駆られた冒険者達が何度もやってきた。
見た目が人外と言うだけで、世知辛い世の中である。
◆
「あー、疲れたー」
俺は、コキコキと首を鳴らしながら小屋に入る。
全身が骨なので、筋肉疲労とかは無いのだが人間だった時の癖みたいなものだ。
「お疲れ様です。冷たい紅茶を用意いたしました」
「お、ありがとう」
椅子にドカッと座ると、レムレスが紅茶を差し出してくる。
お前、骨の体で飲めんのかよ、とツッコまれるかもしれないから答えると、飲めると言えば飲める。
ちなみに、飯も普通に食べれる。
食わなくても死にはしないが、所謂嗜好品という奴だ。
食事を摂る事で、魔力に変換することができるのだ。味も普通に感じるぞ。
「ん……やっぱ、レムレスの淹れた紅茶はうまいな」
口はアレだが、レムレスの家事スキルは中々の物だ。
おそらく、生前、家事が得意だったのだろう。
そうそう、当然ながらレムレスも人間では無い。
二十年前、俺が魔法で甦らせたゾンビである。
とは言っても、腐臭がしたり腐ったりはしない。
見た目は普通の人間と変わらないフレッシュ・ゾンビという奴だ。
「恐縮です。……それで、今回は“何回”死にましたか?」
「二桁は普通に超えたかなぁ……あいつら、割と強かったよ」
俺は、“穏便に”お帰りいただいた冒険者達の事を思い出す。
俺は確かに不死身だが、少し特殊な不死身だ。
そこについてはまぁ……おいおい説明しよう。
「相変わらず紙装甲ですね。火力は高い癖に」
「ほっとけ」
レムレスの相変わらずの辛辣な口調を軽くいなしながら、紅茶をもう一口飲む。
「ああ、うめぇ……」
紅茶のカップをテーブルに置くと、窓の外を眺める。
この平和な時間がいつまでも続けばいいのに。
「おらー! 出てこいおらー!」
と、そこへ新たな来訪者の声が聞こえて来て、俺は思わず頭を抱える。
「……レムレス」
「嫌ですってば」
再び即答するレムレスに対し、俺は盛大にため息を吐くのだった。
ああ、平和が欲しい。
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