コクテンフグさん

よもぎもちもち

第1話 夜の女

「いらっしゃいませ」


僕はニュー・ススキノにある喫茶“つむぎ”で珍客を迎えた。


「カプチーノちょうだい」


珍客のアライグマさんは高慢な態度で注文する。

滅多に来店することなんてないのに、今夜は豪雪になりそうだ。


「かしこまりました」


“つむぎ”の店主として

そして

コクテンフグの王子として角が立たぬよう平身低頭、応じる。


僕はパラディソ コーヒー豆をマシンで煎った。

そして小さめのマイセンカップを湯銭しサッと拭く。

1杯取り用のミルへ煎りたてのパラディソを入れ

丁寧に湯を落とす。


香しいコーヒーの香りがカウンターに流れる。


シナモンスティックの入ったカプチーノに口をつけるアライグマさん。

赤い口紅の跡が微かに残る。


「今日は寒いわね」

アライグマさんは分厚いミンクのコートを脱がずにバージニアスリム・メンソールへ火を点けた。

多くの夜の女が愛してきたように、彼女もまたこの華奢な煙草とその半生を供にしてきたのだ。


「ええ、そのようですね。今宵の最低気温はマイナス17度のようです」


「じゃあ気をつけないと、あなたカチンコチンに凍ってしまうわね」


僕は南国の出なので寒いところは苦手だ。

苦手なのを知っていて彼女は意地悪く続けた。


「もしも、あなたが怒ったままそのドアを開いちゃったらどうなるのかしら?」


多くのコクテンフグがそうであるように

僕は怒るとパンパンに膨らんだゴムボールのようになる。

“このままの姿で”外に出たなら、ものの数分で凍てついてしまうだろう。


「ご冗談を。それよりも」


僕は悪意ある冷たい視線を逸らす。


「作りたてのキャラメルコーンです。父が今さっき店に届けてくれました。もしよろしければ試してみませんか?」


白い皿に盛ったキャラメルコーンはまだほんのり温かい。


「え?大好物なのよ、私。いいのかしら?頂いちゃって」


「ええ、遠慮なくどうぞ。カプチーノとよく合いますよ。それに父のは絶品なんです」


アライグマさんはキャラメルコーンをワシッと掴み頬張った。


「うーん、いいわぁ!おいしいおいしい!」


乞食のように貪るアライグマさん。


3口、4口、5口と食べ進むと

突然アライグマさんの体が変形し始めた。

体がググッと収縮し

ミンクのコートが床に脱げ落ちる。


綺麗に整っていた艶やかな体毛がカラダの内側に摂り込まれていく。

まるで安物のB級ホラー映画のようにグチュグチュと音をたてながら

短い断末魔と共に。


ヌルヌルした体表が摂り込まれた体毛の代わりに“内側”から現れ

パンパンに膨れ上がったフグが誕生した。


ついさっきまでアライグマだったコクテンフグの目はキョロキョロ。

短いヒレを忙しそうにパタパタさせていた。


「父のキャラメルコーンは美味しかったでしょう。冷めないうちにカプチーノをお飲みください。この夢が醒めないうちに。」


外は重い雪が降り積もり

赤い口紅の跡が笑っていた。





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コクテンフグさん よもぎもちもち @yomogi25259

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