第7話
数十分後……二人は街の外に向かうバスに揺られていた。
片尾はご機嫌で青年から餞別として受け取ったバナナのチョコレートソースがけを一切れ指でつまんで口に入れている。 すでにバスに乗る前に買っていたチョコバナナ五本はバス停に着く前に食べつくしていて、唯一それだけは食べずに我慢していたのだった。
「片尾様……聞きたいことがあるんですがよろしいでしょうか?」
「う~ん?なんじゃ~?」
「……スカートの下…履いてます?」
「スカートってこのヒラヒラした布のことか?これしか履いてないわ」
「俺が渡した下着はどうしたんですか?」
「あんな窮屈なもの履けるわけなかろう。すぐにその辺を歩いていた男にくれてやったわ」
「……そうですか」
なんだか疲れてきたので窓の外を見る。
バスは街を越えて山間の道を走っていて、十年近く自分が住んでいた蒼海の山に夕日が沈み込もうとしていた。 何となく沈む夕日を眺めていると、
「なんじゃ、もう里心がついたのか」
指先についたチョコを舐め取りながら片尾が言う。
「まあわからんでもないがな、千年縛り付けられてきたわしでさえ、あの地を去るのは何か感慨が生まれるからの~」
青年から貰ったバナナのチョコレートかけを食べ終えて、箱の底に残ったチョコを舌を伸ばして舐め取る。
「下品なことは止めて下さい。それと鼻にチョコがついてますよ」
「うむぁ?……何をする」
持っていたハンカチで片尾の鼻の頭を擦る。
「そんなもんじゃないですよ。小さい頃からあちこち転々としてたから里心なんてもんはわからないんですが……」
「それじゃ……なんなんじゃ、プシッ!」
擦りすぎたのか片尾が大きなクシャミをする。 ハンカチを折り曲げて鼻の周りを拭いてあげながら、
「何なんでしょうね……でもまあ、今まで長く住んでいたわけですが、街にあれだけ長くいたのは今日が始めてなんですよ。何しろ倒滅師としての才能がないせいか、屋敷の中で雑用ばかりしていまして……せいぜい月代様と出たときに、代わりに漫画やケーキなどを買いに行くぐらいでしたから」
「月代って誰じゃ……」
「この前居たでしょ?片尾様が腕を握り潰そうとした方ですよ」
「あのわしに怯えて泣きじゃくっていた小娘か……ああそういえばお前の名を読んでいたな……それにしても」
錬の手を乱暴に払いのける。
「何ですか?」
「わし以外の者に様をつけるでない、お前の主はわしだけだろうが」
フンと鼻を鳴らしてそっぽを向く。
「はあ……すいません」
気の無い謝罪をしてもう一度窓の外を見た。
夕日は完全に蒼海の山に沈みこんで、バスの回りは暗闇に包まれている。
時折立っている街灯の明かりだけが淋しげに時々バスの車内を照らす。
なんだろうかこの気持ちは……?
何年も待ちわびていた計画を多少の誤算はあったけれども成功し、心配していた追っ手もこなかった。 このまま県外に出てしまえば容易に発見はされなくなるだろう、後は目立たないように……それはこのお方がいるから難しいだろうが……。
チラリと隣にいる蒼海の地で暴れまわった大妖怪の顔を見る。
大妖怪は箱の底に溜まったチョコレートを指ですくって子供のような満面の笑みで舐めている。
思っていたよりも、いやかなりイメージと違っていたこの新しい主には苦笑いが出てしまうが、自分があの屋敷から出るためにはこの主が必要だった……。
前の主や小言ばかりの真面目な許婚を裏切ったことは後悔していない。 自分にはどうでもいいことだ。
最低限の義理は返してある。 旧主には望みの自家製菓子を……許婚は約束の解除で解放した……。
向こうは自分を罵るだろうけれども……。
何か大事なことを忘れているような妙な不安感が心の隅で渦巻きつづけている。
「……ところであとどれくらいで着くんじゃ?」
思考が心の闇に埋没する寸前に隣の新主が黙って座っていることに飽きたのか退屈そうに聞いてくる。 慌ててポケットの中のメモを取り出して確認する。
「あと二時間くらいですかね……それで大きな街に着きますから、そこで泊まって朝一番で電車に乗っていけば昼くらいには着きますよ」
「電車ってなんじゃ?」
「ああ、まあ電気で動く乗り物ですね」
「いま乗ってるこれみたいなもんか?」
「そうですね……ただこれよりも大きいですよ」
「ほおー!そんなに大きいのか?早く見たいの~」
足をパタパタさせている。 外見は二十台前半位なのに、中身は子供みたいな人だなと思わず顔がほころんでしまった。
「なんか文句あるのか?」
じろりと睨む主から顔を背けて、
「他の乗客に迷惑ですよ」
「他に乗客などおらんではないか」
たしかに周囲を見渡してみると、自分達以外に乗客はいなかった。
「あれ……何人かは乗っていたはずなのに」
「少し前で全員降りておったぞ」
全員……。 そんなに考え込んでいたのかそれとも……。
「街を出てから様子が変じゃの……、やはり後悔しておるのか?」
「それは無いです」
「…………………」
主はその大きな目で黙って錬を見つめ続ける。 錬も真っ直ぐ見つめ返す。
その時バスが急に止まった。
なんだろうと窓の外を見てみると舗装された暗い道路にぽつんと立った街灯の下、バス停が置かれている。
「こんな山の中で……しかも人もいないのに」
「おい……気をつけよ」
「……どうしたんですか?」
「嫌な予感がする」
車内も外も静まり返っているが、何か首の後ろでチリチリとした感触がわずかに異常を知らせる。
瞬間、車内ごと押しつぶすような重圧がズガンとのしかかる。
「ぐっ…ぐぁ…こ、これは……?」
「大したもんだのう……数十の結界を展開させて閉じ込めるとは……あまりの重圧で空間が歪みはじめておるわ」
グニャリとバスの車内が歪み、まるで切りとられるように真っ二つに分かれる。
「ちょうどいい所に逃げ道が出来たわ、ほれここからでるぞ……」
バスの床でうずくまっている錬をムンズと掴んでゆっくりと分かれたところから出ると、待っていたかのように数人の男女が立っている。
「なんじゃお前らも懲りないの~」
片眉を上げてあきれた声を上げる。
「蒼海の名にかけて貴方をこの地から逃がすわけにはいかないのです」
「なんじゃ昨日泣いていた小娘ではないか…ずいぶんと可愛いことを言うの~。思わず微笑んでしまいそうじゃわい」
ピシッとした音ともに片尾の頭が後ろに動く……。
「冗談は止めなさい妖よ。蒼海の使命は退魔、我々はその一族の一片の刃でしかない、小娘と侮って死んでもしりませんよ」
片尾が後ろに行っていた頭を上げると、額から一筋赤い血が流れている。
「なるほどの~まんざら無策で来たわけではないらしいな」
額の血を指に取ってペロリと舐め上げる。
「だが……何をしたところで無駄じゃよ」
多重展開された結界が内側から曲げられていく、並みの妖怪なら数十匹は潰される
はずの超結界が薄く張られた氷のようにあっさりと砕かれていく。
「くっ、皆……もう少しだから……」
苦悶の表情を浮かべ、結界の維持に努めようとするが、
「脆いな」
一言で粉砕される。
透明な結界の欠片がまるで吹雪のように片尾の周りをゆっくりと落下していき消える。
「どうした?次の手があるのであろう?」
絶対的な王者のように見下ろしながら一歩踏み出す片尾の身体にいくつもの月牙状の何かが突き刺さる。
「ふん……この程度でわしが止められるはずがなかろう」
多方向から放たれた攻撃はわずかな足止めにしかならない。
こんなものかと片尾はほくそえんだ。
瞬間目の前にいる小娘がふっと笑ったのに気づきゾワリと悪寒が身体を駆け巡る。
同じだ!あの数百年の監禁を受けたときに感じたのと一緒のあの感覚だ!
片尾が本能的に飛び上がるが、一瞬遅く、それは彼女の身体に突き刺さった。
針だ。 普段なら意に解さないほどの何の変哲もない針だったが、内部から何かが片尾の身体を侵食していく。
まるで水たまりに落とした紙に吸い込まれる水分のように何かが片尾の身体の内部をものすごい速度で駆け巡っていく。
「な……なんら……これ……は」
「貴方が封じられていた千年間、人間が何の進歩もしていなかったと思っていたの?」
「ど、毒か……それも強烈な……」
「違うわ……麻酔薬よ……一本で象も倒れるほどのね」
勝ち誇ったように笑みを浮かべる月代を片尾が朦朧する意識を必死で耐えて睨みつける。
その表情は獣のようであった。 そんなときでも片尾は必死で考える。
何本食らった? 右の足に二本……右腕に三本……左足は……。
そんなことを考えているうちに左側からさらに数本針が打ち込まれる。
「お、おの……れ……小娘が……このわしを……」
ふらふらと片膝をつく片尾。
その意識はすでに暗闇の中へと落ちる寸前であったが、いまここで意識を失えば二度と戻れぬ闇の中にはいる。
必死で立ち上がろうとするが、身体が動かずその場に尻餅をつく。
「お……の……れ……」
誰かが横に立つのを感じた。
錬だ。 錬が静かに佇んでいる。
「錬……」
月代が悲しそうに名前を呼んだ。
結界が破壊されたことで解放されたのか錬は無表情で月代を見つめる。
「見逃してはくれないのですね」
その言葉は悲しげに周囲に響いた。
「錬……戻ってきなさい。今なら許されるわ」
月代は真剣な顔で説得を始めた。
周囲に隠れている他の者達の息を呑む声が聞こえた。
月代様の独断なのだろう……。
目をつぶってゆっくりと溜息をついた。
「それで……俺はどうなりますか?」
「まずは……重鎮の方達からの査問があって沙汰をくださるでしょう。それまでは謹慎してもらうわ」
「それで他の方達が納得しますか?」
「納得してもらう……いやさせるわ」
強い意志で答える月代を一瞬錬が驚いた顔をするが、やがて表情を戻してきっぱり答える。
「お断わりします」
一瞬悲しそうな顔をして月代も「…そう」と一言だけ返した。
瞬間、赤いリングが発生し錬の身体を拘束する。
周囲の木々から続々と隠れていた者達が警戒しながら集まってくる。
「大丈夫ですよ……片尾様はまだ動けません」
他人事のように無表情に錬が口を開く。
「ふん……ずいぶんと余裕ではないか、この裏切り者が!」
日間が錬を殴りつける。 それでも錬の無表情は消えない。
「日間さん……止めてください。まだ説得の途中ですので……」
「何を甘いことを!こいつは里を裏切り、あの目狐と共に何か企んでいるに違いありません今のうちに始末を……」
「黙りなさいと言っているはずです」
「うっ……」
強い口調の月代に日間が黙り込む。 周囲にいた者達も驚いたような顔をした。
次期当主とはいえ、まだ学生の年齢の少女にベテランである日間が気圧された。
現当主である鈴音までとはいかいないが、彼ら畏怖させるほどの威風を持った月代を見て錬が口元を緩めた。
「何が可笑しいの?」
真剣な顔でやや怒っているようにも見える口調で月代が問う。
「いえ……この数日で立派になられたなと思いまして」
「そんなことはどうでもいいでしょ……里に戻るのよ」
「嫌です」
「それでも戻ってもらうわ……でもその前に」
月代が錬の横を通り過ぎて片尾の所へと行く。
「な……なんじゃ……小娘……必ず殺してくれるからな……」
何十本もの強力麻酔薬をくらい、今現在も十重二十重の結界を超収縮させた拘束にも潰されずまだ脅す強がりが言えることには畏怖すら覚える。
「我が一族の悲願を持って貴方をこの場で消滅させてもらいます。覚悟を……」
月代が印を結び聞いたことの無い呪言を唱え始める。
「き、聞いたことがある……ぞ……それは……あれか……あの時と同じ呪言なのか……」
「……なんですかあれは?」
自身の主の危機に落ち着いた声で錬が目の前に立っている日間に問いかける。
「ふん、かつて開祖たちがあの化け物を封印した際に使用した特別な結界だそうだ」
「 開祖の時は弱らせて封印することしか出来なかったが、今の状態なら文字通り消滅させられることがであろうな」
吐き捨てるように言った姿に違和感を感じ、さらに問いかける。
「……あまり嬉しそうではないですね、一族の大願が達成されそ……ぐっ!」
最後まで言い終わる前に力任せに殴られた。
口の中に流れる鉄臭い液体を飲み込んで、まだ感情が沈殿したような目をして向き直る。
対照的に日間は溢れそうな怒りを瞳に燃え上がらせて歯噛みしている。
「ああ、お前の言う大願が達成されそうだよ!貴様があの時に結界を壊したせいでな! 貴様のせいで……」
後は言葉にならずに瞳から涙を流す。 気がつくと周囲の人間も同じように涙を流している。 違和感が確信に変わり、初めて錬の表情に変化が訪ずれる。
「一体どういうことですか……」
「あの術はかつて開祖があの大妖を封じる際に使用されたもの……開祖達は長い戦いの末に片尾を弱らせることには成功しましたが逃がしてしまった。そこで罠にはめて封印したそうです」
誰も答えない代わりに日輪が後ろからそっと囁くように語り始める。
「ところで錬様……どうして宗家の名前が蒼海なのかご存知ですか?」
「それは……確か片尾様との戦いで開祖以外の者達が死んだから……」
「それではその犠牲になっていった方達がどのように最後を迎えたかは知っていますか?」
「それは……」
「口伝には大妖との戦いで開祖だけが生き残ったとしか伝わっていません、開祖以外の方たちがどのような最後を迎えたのかは伝われていませんでしたが……」
「実は代々の当主だけに伝わられる秘伝の古文書ってものがあってね……それに片尾を封印したこの禁術の詳しいことも乗っていたのよ」
月代が呪言を唱えながら補足をする。
すでに封印の形成は始まっていて、片尾を中心に、生きてきて感じた事の無い何かが空間に発生していた。
空間が歪に歪み、それらが徐々に周囲に広がっていき、やがて月代のところまで広がっていく。
キチキチとした蠢く音が耳を侵食するように入ってくる。
その頃になると月代の顔からはっきりと苦悶の表情が浮かび上がってきた。
膝が折れて地面に付き添うになるのを数人の人間が支え、供に苦しそうに歯を食いしばっている。
「……日輪、禁術とはどういうことだ?」
今まで聞いたことの無い固い声で錬が日輪に問いかける。
その声に一瞬圧倒されたが、日輪が答えようとしたときに日間が錬を先ほどよりも強く殴りつける。
「今更貴様に何を答える必要がある!裏切り……もの……が」
日間の声が徐々に小さくなる。
拳を顔に当てられたまま、錬が日間を睨みつけていた。
いや睨みつけていたというより威嚇していた。
幾十幾百もの妖怪と戦って勝利してきた里有数の遣い手が無能と見下していた者の瞳に恐怖していた。
日輪は錬の後ろに居るため、錬の固い声と言葉遣い、日間の表情に呆気に取られて何も言えないでいた。
「早く答えろ!」
「は、はい!あれは、封印というより呪いに近いもので術の使用者の五感と引き換えに対象を動けなくし、さらに……その……別のものと引き換えに封印をするという仕組みなんです」
答えた日輪に何も言わず、さらに恐ろしく固い声でさらに問いかける。
「……別のものとは?」
そこまで言ったところで、日輪と日間……そしていつの間にか周囲に参上していた人間達の表情で全てを悟って……静かに言葉を吐き出した。
「術者本人の命あるいは命と同等の物か」
痛切な顔をして初めて感情を込めた姿の錬に戸惑いを見せながらも日輪がコクリと頷いた。
そこでまた錬が思いついたように日輪の顔を見据えた。
何が言いたいかもわかったようでもう一度日輪が頷く。
「ご安心ください、幸い封印に必要な人数は最低四人……、月代様一人では禁呪を発動させることなど不可能です。なので私達全員が禁術の触媒となって禁術の呪いを人数に分散させます……うまくすれば全員生き残れる……かも」
「それで開祖は何人でこの禁術をしたんだ?」
「……八人です」
「それで呪いは開祖以外の七人に行ったのか?」
「そ、それは……」
「だろうな、そう都合よく一人だけ呪いを避けられるはずが無い。開祖はどんな呪いを受けたんだ?」
錬の口調がすでに変わっていることに誰も気がつかない。
すでにこの少年は日輪以外のその場にいる全員から何か得体の知れない存在となっていた。
「開祖は……目と片腕を持っていかれたそうです……他の方は呪いを受けた瞬間に自ら舌を噛み切ったり、目を潰して死んでいきました」
「もちろん考えられる限りの防呪の準備を整えてそれだったんだよな?」
「……はい」
日輪の肯定の言葉に周囲からどよめきが起こる。
全員覚悟を決めて出てきたはずだが、祖先達の凄惨な最後を聞いてはさすがの覚悟も鈍ってしまうようだ。
「我々は蒼海の御家のためなら命など惜しくも無い!」
そう力強く宣言した日間でさえ、足元の震えは止められていなかった。
戦いの果てで死ぬことは珍しくはない。
ただ古の倒滅師達が耐えられずに自ら死を選んだほどの凄惨な呪いの末の死は、その範疇の外にあることだ。
百戦錬磨の日間でさえ、その調子である以上、それよりも若い者達の覚悟が揺らぐのも無理駆らぬことだった。
「……日輪もなのかい?」
穏やかで悲しげな声を聞いて鈍る決心を必死で振りほどいて目を瞑って首を縦に振る。
一瞬の静寂を持って、周囲の空気が変わった。
「クッ!術を支えきれない……援護を!」
術で発動された『それ』は甲高い音をさせながら徐々に広がっていたが、急に内側からボコボコとした何かが浮かび上がろうとしていた。
それを抑えつけるように膝を屈しながらも呪言を唱え続ける月代が叫ぶと、周囲にいた何人かが術の前線に立ち、月代と同じように呪言を唱え始める。
何とか術の安定が出来たようで、浮かび上がろうとする『なにか』は活動をやめた。
しかし参加した者達の一部はすでに膝を曲げて限界を迎え始めている者達がいる。
「全員だ!全員で呪言を唱えて術を安定させろ!何も恐れるな!」
日間の激に呼応して錬の周りにいた者達も動き出す。
最後に日輪が拘束されている錬の手を握り締め、耳元で、
「行ってまいります。錬様の無事は鈴音様が確約なさってくれました。どうか私達のことを忘れないで生きてください」
最後は懇願するように言い残して日輪も月代の隣に立って術の発動を手助けする。
一人その場に残された錬は何も言わず俯いていた。 その時には諦観したような開き直ったかのような顔をして片尾を見据える。
一方、周囲を蒼海の倒滅師に囲まれ、かつて自身を数百年も拘束し続けた術を受けながらも片尾は色違いの瞳を燃えるように滾らせながら怨嗟の声を上げていた。
「おのれ……身体さえ動けば貴様らなど……やはりあの時に殺してお……けば……よかったわ……」
「覚悟しなさい。あなたが生きていれば大きな災いを生み出すことになる。この時代にあなたが生きられる理由はないのよ」
その言葉にピクリと片尾が反応する。
今までのようにもがいて暴れるのではなく、静かにでも確実な殺気を吐き出しながらゆっくりとした仕草で立ちあがろうとする。
「か、勝手に……人を災いよばわりして……生きる理由がないのだと……ほざきおる……全くお前らはわしの勘に障ることばかりを言う」
「な……!みんな、術の発動を早めて!さらに集中を!」
「勝手にひとを災い扱いか……人がこの地に住み着くはるか昔から住んでいたわしにお前らはその傲慢な態度でわしに相対するのか」
日輪たちが集中してさらに術の圧力を高めたが、全て受け止めながらそれでも立ち上がり続ける。
「だからお前らは嫌いなのじゃ!もう約束など知らん!全員この場で引き裂いてくれるわーーーー!」
術の圧力を強引にねじ伏せて結界を内部から破壊する。 結界崩壊と術の発動失敗の反動で全員が数十メートル後ろに吹き飛ばされる。
立ち上がった者達が見たのは絶望だった……。
ゆらゆらと揺れながら立ちつくすそれは美しい女の姿をしていたが、内部から出される雰囲気は化け物そのもので、ただただ見たものに確実なる死を覚悟させるものだった。
圧倒的な恐怖の前では人は動くことすら出来ずそれを受け入れる。
それを証明するようにゆっくりと歩き出す片尾を見ても誰も動かず、ただ小さく悲鳴を上げてその場に座り込んでいた。
「諦めないで!もう一度術の発動を……アグッ!」
折れそうになる気持ちを奮起させて月代が仲間に術の再構築を促すが、片尾の姿を見て言葉が止まる。
恐ろしいのだ……怖いのだ……これが夢だったらいいのに……。
誰もが思考を放棄してそんな馬鹿な願いが出てしまうほどその恐怖は規格外だった。
一歩一歩近づく絶望に悲鳴も上げられず、ただただ口をパクパクさせて見ていることしか出来ない月代の前に片尾が立った。
目の前にいる者の形がわからない。
確かに人の形をしているのに、何倍にも大きく見えるようで、でもそれがどれくらいの大きさなのかわからない。
息が苦しい。 頭の中で何かわからない言葉が駆け巡る……身体の震えが止まらない。
怖くて恐ろしくて何かも投げ出して逃げ出してしまいたいくらい。
あの赤い瞳に見据えられただけで自分の身体がいつまでも消えない永遠の火に燻されているような感覚になってしまう。
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