第6話
その後、すぐに駆けつけた者達によって月代達は介抱される。
もっとも全員大した怪我もなく、一番ひどかったのは月代の腕に出来た痣だけだったが、長年封印してきた大妖が復活してしまったという不祥事は一族達の間で大問題となっていた……。
「それでどうするのだ!」
苛立ったように有藤の当主が怒声を上げる。
謁見の間に集まった一族の重鎮たちはただ困ったように唸るだけで何も言えずにいた。
怒鳴った有藤当主にしても何か打開策があるわけではなく、ただただ苛立ちに我慢が出来なくなっただけだった。
その横で有藤家嫡子の陸が綺麗な姿勢で正座をしながら目を瞑っている。
「ずいぶんと偉そうな口を叩くではないか……そもそもあの小僧はお前の娘の許婚であろう、貴様がどうにかしたらどうだ」
向かいにいた男がはき捨ているように言う。
「あの小僧との許婚などとっくに破棄しておるわ!話を摩り替えるな!」
それをきっかけにして各人から怒声が飛び交う。
誰もそれを制御することが出来ない。
当主である鈴音は怪我は大したこと無かったが、念のためにということでこの場には居らず、代わりに月代が当主代行として当主の座に座っているが、これだけ混乱した状況では年若い月代には到底抑えきれない。
「全くこんだけ雁首をそろえてくだらないことを話しているね」
しっかりとした足取りで鈴音が謁見の間に入ってくる。
「おお!当主様」
「鈴音婆様!」
皆が待ちかねたように声を上げる。 月代がそっと当主の座から降りて本来の自分の席に座る。
「とにかく今は復活した片尾をどうするかという問題がある。錬のことはその後に考えることじゃないのかい?」
一瞬にして謁見の間が静まりかえる。
皆わかっているのだ。 あの妖怪にかなう者など居ないことが……全員にかかったとしても果たしてかなうかどうか……それがわかっているからこそ、裏切り者の無能者の処罰という小さいことを怒鳴りあっていたのだ。
「そ、それで……なにか良い案はあるのでしょうか?」
少し目を赤く晴らした日輪がおずおずと発言する。
「うむ……」
意味深げに目をつぶり黙り込む。
「……………………」
「……………………」
まるで我慢比べのようにその場の全員が口を閉じて鈴音を見つめる。
「いまのところは無いのう!」
あっさりと言い放つ鈴音に全員がずっこける。
「まあ……いま下の者に蔵を調べさせておる。きっとその中に何か対処方があるだろうよ…今日のところは皆の衆は帰って休め……わしも寝るのでな……」
それだけ言って、あくびをするとすたすたと謁見の間を出て行ってしまう。
全員呆気に取られながら何となくその場で解散となり、各自は自分の泊まる部屋へと帰っていった。
その中で決意したように屋敷を立ち去らない者達がいた。
時刻は夜半過ぎ、館の深部にある一際大きな部屋……。 その前に佇む者が居る。
乾く喉を動かしながら、日輪は自分が思っていたよりも大きい声を出していることに驚いた。
「ご当主様……まだ起きていらっしゃいますか?」
数秒遅れて、引き戸の向こうから落ち着いた声がする。
「入ってきなさい」
返事をして引き戸を開けると、すでに先客が居た。
もう寝ると言って謁見の間から出ていった鈴音は布団どころか寝巻きにすら着替えずに、暗い部屋でその先客と話をしていたようだ。
一瞬戸惑ったが、すぐに自分の目的を思い出し、真剣な顔で先客の横に座る。
「お前もどうやら同じ用件のようだね」
はっとした顔で先客の顔を見ると、少しはにかんだように笑う。
「それで日輪……お前も錬のことで来たんだろう?」
日輪は一瞬細い眉がぴくりと動くが、すぐに決意に満ちた表情で「はい」と答える。
「全く、困った子達だよ」
深く溜息をついて、疲れたような顔をする。
「お婆様……本当にあの妖怪を滅ぼす方法は無いのですか!錬様もきっとあれに操られているだけなんです!月代様もそう思うでしょ?」
「私は……」
月代は口ごもる。 言葉を待つが、それ以上は何も語らない……それが如実に物語っていて日輪も黙り込む。
「お前たち、錬のことはともかく、まずは片尾を倒すことを考えなければならんのだぞ?」
二人ともシュンとして恐縮するが、それでも「でも…」「だって…」といって完全に納得はしない。
「片尾が来ることを思うと、ゾッとしますけど……」
月代が片尾に危うく握りつぶされそうになった腕をさすりながら答える。
「それなんだけどね……あまり合点がいかないんだよね」
「どういう意味ですか?」
「とりあえずは確証が無い以上言ってもしょうがないことだから……それよりお前達に話さなければならないことがあるんだけどね」
真剣な顔をする鈴音の態度に二人は居住まいを正して祖母の話を聞く。
「月代……初めて錬と会ったことを覚えているかい?」
「は、はい……」
「日輪はどうなんだい?」
「も、もちろん覚えております」
「初めて会った時の錬をどう思った?」
一体何のことを言っているのだろうか……?
訝しげな顔をする二人にもう一度語気を強めて質問をする。
「どうなんだい?どう思ったのか正直に教えておくれ」
「その……年齢の割には落ち着いていたから年上だと思ってましたけど……」
「私もそう思いました。 初めて対面したときは子供心に妙に冷めた人だと思いました……それがなにか?」
「私は恐ろしかったよ……初めてあの子と会ったときはね……」
二人の感想を聞いた後に鈴音が静かに話し出す。
「考えても見ておくれ。八歳の子供が、行ったこともないこの山奥に一人で来て、母親が死んだことを伝えに来れると思うかい?それなのにあの子はやってきて、色々と質問をする者達に肝心なことは答えないままで見事に煙にまいた」
「そ、それは…子供の時は頭が良かったということでは?」
「そ、そうよ……私も十年近く一緒にいるけど頭自体はそんなに悪くないと思うよ……ちょっとしたことでも覚えてるし、意外に気もきくし……」
「確かにそれだけだったなら頭の回転の速い子だということで説明つくんだろうけどね……私があの子に恐怖を感じたのは目だよ……まるで死人のような目で私を見て、お婆様始めまして錬です…と子供らしく笑いかけてきたのにはゾッとしたよ」
部屋の中は妙な雰囲気になっている。
日輪も月代も何か言おうとするが言葉が出てこないでただお互いの顔を見合う。
部屋の中にある年代物の時計から出ているるカチッ、カチッという規則正しい音がかえって部屋の中の雰囲気を不規則にかき回しているようにも思えた。
「そして悲しくもなったよ…」
長い沈黙の後にまるで搾り出す様に鈴音がポツリと言う。
「まだ八歳だった子がそんな目をしてわざとらしく笑いかける……それだけで今迄どうやって住んでいたかが想像付いたよ。まるで叩かれ続けて潰れた鉄のようだった……せめて同じ歳の子くらいと一緒に居ればと思い、お前の従者にして、有藤からの許婚願いも了承したのだけどね」
そこで老婆は一旦区切って目元に指を持っていく。
キラリと何か光るものが見えていたのを月代は見逃さなかった。
「でもね……やはりあの子は変わらなかった。もちろんお前や日輪がいたおかげでそれ以上悪くなることはなかったけれど、やはり潰れた鉄は戻ることは出来なかったんだね」
言い終えた鈴音は懐から何か古めかしい書を取り出す。
「これは…?」
「片尾を唯一封印する方法が書かれた書だよ。代々当主だけに受け継がれてきた秘蔵の書ってやつだね……」
「そんな書があるなら何故あの時言わなかったのですか!」
抗議する日輪を鈴音がギラリと睨みつける。
「……物を買おうと思ったら銭という対価を払う」
「な、何を言って……」
「戦をすれば恨みを買う。愛せば嫉妬に狂う。信頼をすれば疑念に支配される……世の中ってのは何かをすれば余計なものが副物として付くものなんだよ、日輪」
有無を言わさない迫力に日輪がぐっと黙り込む。
「その方法を用いれば大きな犠牲を払うということですね?」
横合いから真剣な顔で月代が口を挟む。
「その通りだよ……かつて片尾を二度封印する機会があったそうだ。一度目は失敗はしたが能力を抑えることには成功したらしい……そして二度目の封印でやっと……」
「彼奴をこの地に封印することができた」
月代が後の言葉を言う。 コクリとうなづいて鈴音が書を開いて説明を始める。
「そ、そんな……」
「確かにこれ…は…」
絶句する二人に鈴音が困り果てたように溜息をつく。
「だからあのときに言わなかったんだよ。だが犠牲を払わなければ何も出来ないというなら蒼海当主である私は決断をしなければならない……お前達にその覚悟はあるかい?」
鈴音は当主の顔をして二人に問うた。
しかし最後の言葉だけは優しくでも悲しげであった……。
日輪はそっと自分の部屋へと帰る。
錬のことで彼女の自宅謹慎の件はうやむやになっており、父や兄達はいまだに独自に集まって何やら対策を話し合っている。
その結果彼女は誰にも見つからずに鈴音の部屋へと行けたのだった。
どうしてこんなことになってしまったのだろうか……。
そっと首にかけたどんぐりの首飾りを手に取る。
初めて出会った錬に最初彼女は良い印象を持っていなかった。
鈴音に問いかけられたときに少し冷たい人と言う表現をしたが、実際は少しどころのものではない、初対面の時に彼はこちらの気持ちも沈み込んでしまうほどの暗い顔をしていたのだ。
さすがのそれには父もあきれ顔だったが、その当時は錬の無能ぶりは知れ渡っておらず分家筆頭としての有藤の家格をさらに上げるためにまるで奥歯に物が挟まったような言い方をして二人で遊んできなさいと体よく私達を追い出した。
おそらく父もまだ子供であった自分以上に錬に不快感を催したのだろう。
体のいい押し付けだと子供心に父を恨んだ。
しかし実際に遊んでみると自分の知らない遊びを教えてくれ、しかもそれはとても楽しいものだった。
しかし今思うとそれは彼の説明がわかりやすかったり、所々でわざとミスをして互角の戦いを演出してくれたことが大きかったのだということはわかっている。
もっともそれに気づいたのは何年か後のことだったが……。
そうだ、あの人はいつも他人のことを考えていてそれでいて決して交わろうとはしなかった。
あの人にとってはここに来てからのことはおそらく仕事のようなものだったのだろう。
つまり仕事として月代様の従者をして私の許婚という役割を演じ、今日という定年を向かえることを、当主様の言う死人のような目を隠してこなしていただけ……あの人にとっては全てが生きていくための妥協なのだ。
なんて間抜けな話なのだろうか……私は許婚という身でありながらあの人の表層的な部分だけを見ていたのだ。
私の罵倒を……といっても私としてはあの人を陰で侮辱する父達を見返してもらいたかっただけなのだけれども。
……それもあの人にとっては仕事の一つとして諦観の念で聞いていただけ……なのだろうか?
お世辞にも上手く仕事をしていたとは思えないけれど私はそれに騙されていた?
首飾りを乱暴に外して床に叩きつけ……られない。
ただ強く首飾りを握る、握り続けることしか出来なかった。
そこで改めて確信する。
ああ私はどうしようもなく彼が好きなのだ。
彼の為に料理も裁縫も努力した。
親が決めた許婚ではあったとしても……それが生きていくための偽りだったとしても、私は彼が好きだ。
愛してしまった。
そして彼は本来ここで必要な才の代わりに、私が彼の為に欲しい才を持っていた。
料理も裁縫も全て彼には敵わない。
私が持っていて欲しい才を持たずに、私が持ちたい才がある彼により劣等感を刺激され、無能をなじりたくなる。
私の罵倒を……といっても私としてはあの人を陰で侮辱する父達を見返してもらいたかっただけなのだけれども。
……それもあの人にとっては仕事の一つとして諦観の念で聞いていただけ……なのだろうか?
お世辞にも上手く仕事をしていたとは思えないけれど私はそれに騙されていた?
首飾りを乱暴に外して床に叩きつけ……られない。
ただ強く首飾りを握る、握り続けることしか出来なかった。
そこで改めて確信する。
ああ私はどうしようもなく彼が好きなのだ。
彼の為に料理も裁縫も努力した。 親が決めた許婚ではあったとしても……それが生きていくための偽りだったとしても、私は彼が好きだ。
愛してしまった。
そして彼は本来ここで必要な才の代わりに、私が彼の為に欲しい才を持っていた。
料理も裁縫も全て彼には敵わない。
私が持っていて欲しい才を持たずに、私が持ちたい才がある彼により劣等感を刺激され、無能をなじりたくなる。
きっと彼にとっては私はさぞかし迷惑な仕事相手だったなのだろう……それでも……、
持っていた首飾りを再び首にはめる。
それでも私は彼が大好きだ!
親が決めた意に沿わない許婚だったとしても彼が私を迷惑な存在だったと思っていても有藤日輪という人間の気持ちは自分だけのものだ。
彼がどう思っているのかも関係ない、私を私達に嘘をついていた彼の横っ面を思いっきり張って罵ってやる。
そのときには恥ずかしくて隠していた思いを全て余すところ無く一片も残さずに彼にぶつけよう。
今まで私を騙してきた愛しい人に……。
部屋に帰って明かりもつけずに布団に横になる。
ぐらぐらと天井が回っているように思えるのはきっと今日の出来事で脳がついていけず知恵熱をだしているのだろう。
そういえば、今日作ってくれるって言うデザートを食べていないなあと不思議なくらい意味のないことを思い出してしまった。
どうしたんだろう?
やはり疲れているのかなと横になったまま腕を伸ばすと左手の小指に何かが触れる。 それは薄い紙のようだったが少し違う、顔を上げて見てみるとそこには皿が置いてあった。
シンプルな白い陶器の皿の上にチョコンと乗っており、ラップがかけられている。 さっき当たったのはこれだったのかと何気なく皿を良く見てみる何か黒い……それでいて甘い匂いがする物が乗っている。
その横に小さく折りたたまれた紙があってそれを開いてみると小さく『約束の物です。食べるなり捨てるなりご自由に』と書かれてあった。
そう……約束を果たしてくれたのね……。
なんだか猛烈に腹が立つ!
一体あの馬鹿は何をしているんだろう!
私達を何年も騙し続けてやっと……目的はわからないとしてもおそらくは今日という日を待ちつづけていたんだろけど……叶ったというのに十年近くも欺いてきた私の何気ない約束を守ってこんなものを作ってくれるなんて!
どうせ裏切るのなら何もしないでくれればよかったのに……。 はっきり貴方を利用していましたと言ってくれたらいいのに……あんな顔をしないでくれたらよかったのに……。
その全てがムカムカと心をざわめかせる。
「やっぱり一発殴らないと気がすまないわね」
独り言をいって、畳の上にあった皿を布団の近くにあるテーブルの上に置く。
「それまでは食べてやらないんだから……」
窓を見ると、夜の山はいつものように静まり返っていて、それがある決意をした私にはとても気持ちがいいものだった。
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