義兄と兄、出会う④
一方同じ頃、街中を一人の若者が疾走していた。
有原透火だ。 今日は休日だというのに制服を着て、額にうっすらと汗を滲ませながら…それでも走る速度はすれ違った人々が思わず振り返ってしまうほどに速い。
「完全に予定時刻を過ぎてるじゃないか!いったい誰があんな悪戯を…」
呟きながらも少しもスピードは落ちない。 まるで飛んでいるかのように行き交う人々の間をすり抜けながら走り続けている。
本来であれば今日は学園は休みだ。 だが彼は一度学園に登校していた。
学長からの緊急で話したいことがあると言う連絡が彼の元へと朝早くにやってきた。
一瞬、聞かなかったことにしようかとも考えた。
だが生来真面目な彼には勿論そんなことは出来るはずもなく、律儀に制服で学園に来てみれば学長自身はいたが、そんな連絡はしていないと言われてしまう。
悪戯だったことに気づき、憤慨しながらも帰ろうとした学長がこれ幸いにあれこれ引きとめたせいでこんな時間になってしまった。
イベントはとっくに始まってる…急がないと。
今日は宗雄が言っていたイベント日だ。
少し悩んだが、それでもせっかく誘ってくれたからと向かおうとしていた当日にまさかこんなことがあるなんて…。
心中で愚痴りながらも動かす足は尚、速く、速く。 常人からしてみれば走っているというのを軽く越える程に素早いのだが、それでもやはり目的の場所はいまだ遠い。
これでは到底間に合わないだろう。
「うう…仕方ないか、出来ればしたくなかったんだけど…」
足を動かすのを止める。 そして誰も居ない事を確認してから溜息混じりにある言葉を呟いた。
「マキシマムフラッシュチェンジ」
蒼く染まりきった空の下で一瞬だけ輝きが生まれ、そしてその後にはシルバーメタリックな外色とゴツゴツとしたアルジェント零式を身に着けた白銀の騎士が現れる。
騎士は腰を軽く落とし、足のバネを十分に引き絞って一気に解放する。
路地の外壁の上よりも尚高く飛び上がりながらそれよりも高い民家の屋根に着地すると、押しつぶさないように気を使いながら家と家の間を飛んで目的地へと向かう。
「よし!これなら何とか間に合うかも……うん?」
右前方に何かが飛んでいる。
鳥というにはあまりに大きく、飛行機にしては低空過ぎる。 形は自分と同じ形していて、何よりも誇るかのように黒かった。
「よしよし…どうやら間に合ったようだな」
解体中のビルの鉄骨の鉄片に昇って、眼下を見下ろす。
目線の下は中々に賑わっていた。
その中心部、モコモコとした何の動物かもわからないようなきぐるみを着た人間が危なっかしい手つきで風船を作っている。
「まったく、宗兄をあんな瑣末なことに使うなんて、だからこそ俺が仕切らなければならんのだ」
歯噛みしながらも彼は感情を押し殺して慎重にタイミングを計る。
まだだ。 まだそのときではない。 幸いなことに愚民の卵たちも集まっている以上は時期を逸してはならんのだ。
ブラックファントムこと有原卿哉が狙っているのは自身を追い出した目狐を見返すこと。 そして彼が敬してやまない最愛の兄の信頼を取り戻すこと。
そのためには自身がまったく関わることの出来なかったこのイベントに飛び入りで参加して最高に盛り上がらせることだった。
この格好が若者に受けることはすでに学園で確信している。
あとは頃合を見計らってこの場からアピールして会場に降り立つこと。
それを見定めている彼には若干の焦りがあった。
この我、俺、いやこの有原卿哉こそが最高の弟分であることを証明するんだ!
そうだ! あいつに…。 透火になんて負けて…
「こんなところで何してるんだ!」
「……! お前が何故ここにいるっ!」
叫びは若干の驚愕とある種の怒りが込められていた。
「それはこちらの台詞だよ。なんだって君がこんなところに…いや、よりによって この場所に…」
「ふん!お前には関係の無いことだ!学園長め、足止めにすらにならんとはな…」
「そうか…君があの性質の悪い悪戯をした犯人か」
「ならばどうする?お前なんかこの場では不釣合いだ、さっさと学園の平和でも守ってろ」
解体中であるがゆえに殺風景なビル内で怒声が響き渡る。
しかしその後は静まり返った。 否、それは嵐の前の静けさ、そして闘いの前の静謐だった。
アルジェント零式を纏った透火が高速でブラックファントムこと卿哉に迫る。
それを受けた装甲越しに敵の本気が伝わるような衝撃だった。
「貴様こそ、ここから居なくなれ!お前にこそこの場ではお呼びじゃない!」
「なっ、お、お前が…それを言うか!」
知らないこととはいえそれは卿哉の怒りを一気に沸点へと昇らせる会心の一言だった。
ブチリと何かが切れた音が頭に響く。 そしてそれは対峙する白銀の騎士からも聞こえたような気がした。
そして闘争は必然的に始まった。
互いに隣の会場を気遣って、反対側へと進んだが、反比例するように攻撃は激しいものとなっていく。
片方が拳を突き出せば対峙者はそれを避ける。 無骨な鉄骨がグシャリとひしゃげる音を背後に聞きながら蹴りを放てばそれはコンクリートの床にヒビを入れる。
くっ、今日こそは…今日だけは負けるわけにはいかんのだ!
絶対にこいつを阻止してやる! 絶対にあの人の邪魔だけはさせない!
互いの思惑は一致してはいるが、想いは比例するように不一致していた。
ただ敬愛する人の為になることをしたいと。
本来ならばこれはどちらかが倒れるまで続いていただろうが、幸か不幸かその闘いは不意に止まることになった。
気づいたのは同時だった。
目の前にパラパラと落ちてくる灰色の欠片は徐々にその形を大きくして彼らの前進に降りかかる。
そして視界の隅に見える鉄柱が徐々に歪んでいくのが見て取れた。
「い、いかん…」
「と、倒壊する!」
ただでさえ解体中で必要な補強を外していた建物が二人の激闘に耐え切れないで徐々に崩壊していく。
ビルの上部がまるで飴細工が溶けるように徐々に斜めに形を崩していく。
そしてその先にあるのは宗雄達がいるイベント会場だった。
『ま、間に合えーーーーー!』
その言葉は図らずも同調していた。
白銀騎士が折れようとする柱を支え、黒怪人がすべり落ちそうになるコンクリートの天井をすんでのところで黒怪人が受け止めた。
「と、止まった…のか?」
崩壊する音が止まった。 かろうじてだが。
片方が柱を抑え、もう一人が天井を支えていることでビルがそれ以上傾くのをとめることは出来た……かのように見えた。
「ぐっ!な、なんだ!」
天井を掴んでいるブラックファントムスーツから白煙が上がる。 同時にビルの傾きがまた始まった。
「クソっ…急拵えが裏目に出たか」
メットの内側でスーツが限界に来つつあることがアラームとレッド画面で客観的に表示される。
「お、おい!支えきれないのか!」
「ぐっ…う、うるさい…この…程度…で」
言葉とは裏腹に徐々に天井の傾きがひどくなっていく。 それに比例するように装甲から出てくる煙の量は増えていき、やがて上腕装甲にヒビが入ってきた。
い、いかん、支えきれない。 このままじゃ…。
チラリと後ろを見る。 イベント会場は相変わらずの盛況ぶりで、この状況にはまだ気づいていないようだ。
「おい、ちゃんと支えて…くれ…柱がもう…持たないぞ」
傾くことで柱への負担が加速度的に増えていき、さすがのアルジェント零式でも支えきれなくなってきている。
「うるさい!少しは黙ってろ…いまどうするか考えてるんだ!」
そう言っている間にさえビルの崩壊は進んでいく。 このままでは数十秒の後にはビルはその凶暴な質量のままイベント会場へと落ちていくだろう。
それが卿哉を焦らせる。 そして追い詰められた彼が僅かの逡巡を振り切って決断する。
「おい、お前…今から俺の言った事をそのまま復唱しろ、ただし全力で叫べ!いいな!」
「何を言ってるんだ!そんなことしてる場合じゃ…」
「うるさい!いいから叫べ!いくぞ!」
「わかったよ!早く言え!」
『白銀は守護の名の元に燃え上がる! ノヴァ・フロム・テルオ!』
詠唱が終わった瞬間に、白銀騎士の背部が開く、それは羽を広げたように機工を動かして全身を光り輝かせる。
瞬間、柱の倒壊が徐々に収まっていく。 いやそれどころかそのまま逆方向へと押し戻していく。
「す、すごい…こ、これは…」
「アルジェント零式のフルパワー解放コードだ!だがそれは数十秒しか持たん!全力で柱を押し戻せ!こちらも最後の力を使ってサポートする!」
そういうと黒騎士も足底部に設置されたロケットブーストを全力で稼動させる。
崩壊が嘘のようにまるで逆回転するように元の位置へと戻っていく。
そしてアルジェント零式のエネルギーがつきて、内部に溜まった熱を逃がすために装甲がパージされる頃には崩壊は完全に止まっていた。
「はあはあ…はあ」
「はあ、はあはあ…」
かろうじて立っているビルの中で二人が床に座り込んでいた。
互いに助け合った二人の距離は敵同士だったときのように離れていたが、すでに闘いを始めるような空気にはなっていなかった。
「くそっ、計画が台無しだ。このまま参上してもかえって不恰好だな」
それだけ言うと黒怪人が立ち上がった。
「ま、待て…あれ?身体が重い…」
追いすがろうとする騎士がそのままひび割れた床に倒れこむ。
「言ったはずだフルパワー解放だと、機能が停止されたことで装甲自体の重みで動けんだろう。脱着するのもあと数分はできんぞ」
「く、くそっ…待て!お前の目的はなんなんだ!」
叫ぶ透火の言葉に黒怪人は振り返る。
「俺の目的は昔から変わらん」
、ヨロヨロと進みながらも、彼はいまだビルの下を覗き込む。 そこには十分に賑わった会場が見える。
「……まあ、お前には一生教えてやらんがな」
それだけ言うと飛び上がってその場から離れていった。
後に残された透火はその後ろ姿を見送ることしか出来ない。
今回も倒すことも正体を見ることさえ出来なかったという無力感で歯噛みするだけだった。
ただ一つだけ。 宿敵ともいえる黒怪人が隣の会場を見たときに「フッ」と少しだけ笑ったように思えた。
もしかしたらそれは気のせいだったかもしれない。
ただそう感じてしまったのだった。
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