義兄と兄、出会う③

 空は雲ひとつも無い抜けるような青色で、街には爽やかなそよ風が流れている。


 絶好のイベント日和と言って差し支えないだろう。 


 その世界の下、かつて澤村企画と呼ばれた社屋(と呼ぶにはあまりに小さいが)の二階に備え付けられた特別室の中ではジットリとした湿度が充満していて、室内で逸るように動いている様々な人間たちの額や頬には汗が滲んでいる。


「本当にいいんじゃな?小僧」


 決して狭くはない部屋の中には様々なコードやモニターと機械で締められていて、まるで古木の根が縦横に張り巡らされているような、その中心部に立つ彼らのリーダーにしてボスである少年は腕組しながらそれでも寡黙に頷く。


「ああ、行かなければならんのだ…」


「しかし…ハア…言っても無駄じゃろうな」


「なんだ、よくわかってるではないか博士」


 彼を留めようとする博士と呼ばれた老人は黒頭巾から見える目元の皺をさらに深くさせながらも溜息をついて諦める。


「…修復はまだ70%といったところじゃ、スーツの限界をよく見極めよ」


 本音を言えば止めたい。 止めなければならないのだろう。 


 かつて某国政府機関の技術者筆頭として働いてきた老人。 彼がそのキャリアを全て投げ出してでも自分の息子よりもなお若い少年。 


 その理想を叶えたいと思わせた若きリーダー。 彼と彼の求めた理想はいまだ道半ばではるか遠い先にある。


 それでも英雄が行かなければならないと言うのならば、ブラックファントムスーツの開発者として、技術者として、そして未来を期待した若人に賭けた彼はただベストを尽くすだけだ。


「すまんな…戻ったら肩でも揉んでやろう」


「まだそこまで爺になっておらんわ…舐めるな小僧」

 

 慣れた手つきで年齢を感じさせるシワシワの手で慣れた手つきでブラックファントムのヘルメットを取り付ける。


「起動…状態を開始せよ」


 起動コードを呟けば、薄暗い液晶シールドに情報が表示される。


「ふむ…状態オールグリーン…というわけにはいかないようだが、それでもイエローという程でもないか…さすがは博士だ、この短期間でここまでスーツを修復してくれたか」


「当たり前じゃ小僧、わしを誰だと思っておる」


 シールド画面越しに博士が笑う。 卿哉も釣られて…だがそれは外側からでは闇の如く深いヘルメットに阻まれてわからないはずだ。


 それでも老人は満足そうに頷く。 見なくてもわかるのだろう。 彼も彼の若きリーダーもそれくらいの絆はとうの昔にきずかれてるのだ。


「最後にもう一度言っておく、無理はするなよ?急拵えゆえにどんな不具合が出るか予想が尽きん」


「ふん、いつだって人生には何が起きるかわからんもんだろう?」


「小僧、最悪に備えても最悪な時はそれを更に超えてやってくるもんじゃ、爺の説教は聞いておいて損は無いぞ」


「それでも我は超えてみせるさ、博士。はじめて会った時のことを忘れたか?」


 それを言われてはっとした顔をした後に博士の瞳に照れと僅かな苦笑が見て取れた。


「覚えておるわ…それじゃ行って来い」


「ああ…行ってくる、また後でな」


 それだけ言って、手を挙げて合図する。


 コクリと頷いた一人が手元にあったボタンを押す。


 すると完全に遮蔽されていたと思われた壁が開き、青空に覗かれた。


 麻理沙にも、もちろん社員達にも内緒で作った秘密のギミックだ。 バレたらまた麻理沙が飽きれ顔をするだろうな。


 燦々と照りつくる太陽の下で黒怪人はニヤリと笑い、そして宣言する。


「さて諸君、それではしばしの別れだ!必ずやこのブラックファントムが君達が創り上げたスーツを持ってミッションを完遂することを約束しよう!ではまた明と闇の交わる瞬間にまた会おう!」

 

 足底に供えられたジェットに点火してブラックファントムは旅立っていった。


 青空にボタリと垂らされた黒点を博士達は眩しそうにいつまでも顔を上げて見ていた。


 そしてそれが空の蒼に飲まれて完全に見えなくなったところで博士が思い出したように呟いた。


「それにしても全てを投げ出してでも行かなければならない事態とはなんなんじゃろうな?」





 

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