女王の友達作り④

  学園への潜入は順調だった。 クライアントが用意してくれた書類は完璧で何の疑いも無く彼女はアスター学園に転入することが出来た。


「ええとお名前はシャンティー=カルファさんですね、それでは教室に案内します」


 眼鏡をかけた教師は柔らかな笑顔で彼女を促す。


「…はい、よろしくおねがいします」

 

 意外に流暢な日本語で返した彼女の視線の先に向こうから一人の男子生徒が歩いてくる。


「あら、有原君じゃない。シャンティーさん、我がアスター学園の名物生徒会長の有原透火さんです」


「先生、名物って程じゃないですよ」


 はにかんだ笑みの青年はチラリと彼女に視線を向けるとニコリと笑って挨拶をする。


「こんにちわ転入生の方ですね、アスター学園にようこそ、生徒の一員として君を歓迎します」


 そして右手を差し出してくる。


「…シャンティ=カルファです、よろしく」


 彼女も自身の名前を言うと同じように右手を差し出して握手を交わす。


 瞬間、透火の顔が一瞬だけ曇る。 彼女の方は無表情のままだった。


「それでは私は彼女を二年生のクラスに案内しますので」


 教師はそのまま彼女を連れていき、彼女も振り返らずにそのあとを付いていく。


 あとに残った透火だけがいつまでも彼女の背中を見つめていた。


 


 有原透火。 標的ではないが、注意すべき人物として資料に載っていましたね。

 

 中々に勘が鋭そうですね、十分に警戒すべきでしょう。


 教師が校舎の案内をするのを片手間に聞きながら彼女は先程出会った生徒会長を要注意人物として脳内に記憶した。


 彼女、シャンティ=カルファはとある組織に飼われた暗殺者である。 


 名前はもちろん偽名だが、本名すら本人は知らず、物心付いた頃から暗殺者としての技術を叩き込まれてきた。 


 そんな彼女がこのアスター学園に転入してきたのはとある人物を殺すことを命じられたからである。


 校舎の構造を把握しながら来るべき仕事のプランを模索していると唐突に後ろから声をかけられて思わず全身で振り返ってしまった。


「あら転入生ですか?」


 長くしなやかな髪とおっとりとした表情で彼女よりも少しだけ背の低い少女が立っている。


「ええ、有原さん。転入生ですよ」


 教師は先程と同じように少女に接する。


 シャンティの鼓動が少しだけ早くなった。 その少女は教師の言葉に「そうですか」と頷くと、


「始めまして二年生の有原麻里沙と申します。以後お見知りおきを」


 スカートのすそを少しだけ持ち上げて恭しく頭を下げる。


「……シャンティ=カルファです」


 彼女も同じように頭をやや傾けるが、その視線は目前にいる少女を下から上まで見定める。


 それは一瞬なので気づかれるはずも無く、視線があった彼女が小首をかしげる仕草をするだけだった。

        

「ちょうどあなたと同じクラスに入るのでちょうど良いですね、一緒にクラスまでいきましょうか?」


 提案する教師の言葉に少女は困ったように、


「すいません、今から兄のところへ行かなければならないので」


「あら、そうですか…それは仕方ないですね。それでお兄さんというのは副会長の

方、それとも生徒会長の方ですか?」


「生徒会長の方です。卿哉兄様も一緒に呼ばれてはいるはずなんですけれど」


「わかりました。それではまた後で授業でお会いしましょう。シャンティさん、それではあなたのクラスまで案内しますね」


「…はい」

 

 そのまま少女はゆっくりと廊下を進んでいく。 


「先程の有原麻里沙さんはね、生徒会長の妹さんなんですよ、それと副会長もお兄さんなんです」


「…そうなんですか」


「綺麗な子でしょ?先程の生徒会長も格好よかったですし、弟さんも結構人気あるみたいです…本当に美男美女よね」


 教師の言葉は熱っぽくうっとりとしていた。 


 思うに教師も生徒会長かまだ直接には見ていない副生徒会長に懸想でもしてるのだろう。


 一応、彼女はその情報も頭の片隅に置いておく。


 何が有益な情報となるかわからないからだ。 


 それにしても…。 


 彼女はいまだ僅かに平常よりも早い鼓動を抑えて通常へと戻す。


 まさかいきなり標的に出会うことになるとは思わなかったですね。

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