白銀の騎士は嫌々登場した。そして兄としての初めての誓いを思い出す。

 決着が着く瞬間、麻里沙は目を瞑っていた。 いくら利用するためとはいえ、決して嫌いではなかった人間が殴り倒される姿など見たいはずが無い。


 ましてやそれが勘違いとはいえボロボロになりながらも自分を助けるために立ち上がった彼を。


 耳に入ってくる音は予想されたことと矛盾するように静かだ。 倒されて床を転がる音も、あるいは膝をついて倒れこむ音も聞こえない。 


 ただ声だけが聞こえた。  


 それは聞きなれた声だった。 生まれてからずっと隣にいた少年の声。


「な、なぜそれをお前が持っている!」


 それに誘われて瞳を開く。


 彼女の目の前にはファントムの後姿が見える。


 殴りつけようと振りかぶったところ…そこで一時停止をかけられたように止まっていた。


 その向こう側、僅かに見えた姿は光り輝いていた。


 照明の下、それはキラキラとした極細の宝石を散りばめたようにも見えるがそれは勘違いだった。


 ファントムの前、そこに居たのは透火ではなかった。 


 透火が居た場所に立っているのは白銀に輝いた怪人だった。


 あっけに取られていた麻里沙の耳にもう一度あの声が入ってくる。


「何故お前がそれを持っている!答えろ!何故だ!」


 代わりの答えは強烈な一撃だった。


「ぬ、ぬおおおぉぉ!!」


 ファントムの身体が飛ぶ。 そのまま壁にぶつかって、なおもそれを破壊して向こう側へと彼を吹き飛ばしている。


「そうか…これもお前らが造っていたのか…ということはやはり、お前は僕の敵だ」


 ファントムの格好にも似ているがそれとはやや無骨な見た目で、パッと見は甲冑に近いようにも見えた怪人が呟いた声はこれもまた聞き慣れた声をしている。


「と、透火…さん?」


「麻里沙、大丈夫かい?驚いただろう?この格好、この間学校に忍び込んできた奴らが持っていたのさ、正体を探るために身に着けていたんだよ」


 そう言うと右手についたボタンを押すとカシュンという音ともに外装が右手首に動いていく。


 それらは彼の右手首につけていた腕時計に収束していった。 


「そ、それが…」


 なるほど、兄がまた別に造りあげたおもちゃの一つか。 それにしても性能に反比例してどうして派手なのかしら。


「麻里沙、早く避難するんだ。あとは僕に任して」


「え?ええ…そ、そうですわね…それではどうかお気をつけて」


「ああ、ありがとう」


 果たしてそれは白銀の騎士にしたのだろうか? それとも黒色のファントムに言ったのか? 


 それは麻里沙自身にもわからない。


 ただ一つ言えることは、お兄様の発明品もこれからは把握しておく必要がありますわねという決意だった。




「…もうでてきたらどうだ?大して効いていないんだろう?」


 透火の言葉を証明する様に壊れた壁の向こう側からファントムが出てくる。 


 まったくなんて性能のスーツなんだ。 このスーツも同じように悪趣味ではあるけれど比肩しようが無いほどに高い技術を盛り込んで造られている。


「そうか、あの日にお前もその『アルジェンテ零式』を手に入れたのか?失敗だったな、リテイクせずに受け取っておけばよかったよ」


 肩に着いた汚れを手で払いのける。


「まあいい…お前を倒して、回収すれば良いだけだ…我が計画には何も狂いは無いさ」


「そうかい、それじゃ僕も君を捕まえて、そのゴキブリのようなスーツを這いで警察に突き出してあげよう」


「………………」


「………………」


 しばしの沈黙の後、


「ゴ、ゴキブリじゃない!シュピーゲルファントムスーツだ!どこがゴキブリだ!ただ外装が黒いだけだろうが!」


「…いや、なんか光沢あって黒いし、妙にすばしっこいし、それにしか見えなくなって…」


「ふ・ざ・け・る・な~!なんだ!お前のそのギンギラギンギラした格好は!キンキラキンキラとド派手で成金趣味丸出しじゃないか!」


「いや…これ、もともとそっちが造ったものだし」


「うっ、そ…そうだった……い、今はそんな話をしてるんじゃない!」


「…そっちが言い出したくせに」


「うるさい!うるさい!問答無用、このスーツがこそが俺の目指した理想!そのスーツなど所詮はこのファントムスーツのスペアに過ぎんことを証明してやる!いくぞ!」


「…都合の悪いことを指摘されて逆ギレ、その外装通りにずいぶんと子供っぽいな、知り合いに似ていて少し…不愉快だ。いいよ、不本意だけどこのスーツで君に勝って見せるさ…来い!」


 刹那、両者がぶつかり合った。


 先程とは比べ物にならない重厚音が誰も居ないホールに木霊する。


 ファントムスーツは様々なサブ機能を取り付けたオールマイティな能力を持ち、大してアルジェント零式は速度と防御性能に特化したスペシャリストタイプに設計している。


 卿哉の方は自身が考えた機能を十全に把握してそれを生かした攻撃をくりだすことが出来るが、アルジェント零式を装着した透火は偶然手に入れただけなのでその機能を把握していない。


 ただアーマーの基本性能と自身の身体能力だけで戦っているだけなのだ。


 それゆえに本来ならば装着者自体の実力を考えればファントムスーツを着た卿哉の方が不利なのだが、アーマーの能力を生かしきれていないことで勝負は互角となっていた。


 クソッ! 悔しいが俺と透火では本来の実力に差がありすぎる! このままではいつまでたっても倒せん!


 メットに囲まれた額に冷や汗が流れる。


 一方透火自身にも焦りがあった。


 駄目だ! なんとか負けてはいないけれど、今までのダメージがある分、長引けばこちらが不利! なんとかしないと。


 高レベルな戦いの中で互いが互いに膠着状態をどうにかしないとと局面打破の機会を伺っている。


 時間にして十数分でホール内は戦いの影響で荒れ果てていく、床には穴が開き、壁もボロボロと外装が崩れ、内部の鉄柱があちらこちらで見えている。


 だがやがて拮抗状態にも綻びが見え始めた。


「ぐっ、お、おの…れ」


 透火の右拳がファントムの腹部にめり込む。 


 戦いが始まってから最初に攻撃が当たった瞬間だった。


 慌ててファントムが足に設置された緊急避難用ブースターを使って距離を取る。


 しかしダメージは明白で片膝をついてしまう。 


「はあ…はあ…やっと慣れてきたぞ」


 目が慣れてきたのだ。


 様々な格闘経験を積んできた透火はその持って生まれた格闘センスにより徐々にファントムの動きについていけるようになってきていた。


「ぐっ…舐めやがって…」


 口内に酸っぱい味がこみ上げる。 


 これで一歩、奴が有利になった。 こんなことなら…。


「舐めちゃいないさ。確かにそのスーツは凄いが、それを使いこなす君も凄いと思う…ただ悲しいところは身体能力自体はせいぜいが一般人程度、もっと身体を鍛えていれば不利になってるのはこちらだっただろう」


 思っていたことを言い当てられて、ギシリと歯噛みする。


 気にくわん。 こいつは本当に気にくわん。 始めてあった時からこいつはこんな奴だった。


 何度罵倒しようが、無視しようが、懲りずに向かってきてはこうやって自分が薄々気づいていることを言ってくる。 無自覚に。 愚直に。


 だからこそ気にくわない。 趣味も性格も合わないというのに俺のことを理解している風なその物言いが!


 まるで兄のような態度で接してくるその言い方が。


「貴様が~!!!」


 怒りに身を任せてファントムが迫ってくる。


 しかし先程のダメージはまったく鍛えていない卿哉には効いていたようで、足がぐらつかせバランスを崩してしまった。


「勝機!」


 そしてここで透火にとっては幸運、卿哉に至っては不運な偶然が発生してしまった。


 透火の装着したアルジェント零式には様々な武装がある。 勝機を見出した透火の動きによってその武装の一つが発動したのだ。


 その武装の名は『流星突(メテオール・シュトース』。 


 『アルジェント零式』の手首部分が開き、中に仕掛けられたブースターが火を噴くことで超高速の手突がファントムの装甲にヒットする。


「ぐっ、ぐっ…ぬぬ…この…程度で…」


 ファントムの装甲とて防御機能には十分な仕掛けを施している。 


 特殊な金属網によって造られたそれは攻撃が強ければ強いほどに表層部分がその衝撃を分散する性能を持っていた。


 しかし…。


「なっ…ば、馬鹿な…衝撃を受け止めきれない…だと!」


 フルフェイスメットの内側に仕掛けられた電子画面には装甲が破壊されたことを表す表示が現れ、それと同時にファントムスーツにヒビが入っていく。


「くっ、ここまで…か…お、覚えてろよ~!」


 あまりの衝撃で天井を突き破り尚もその勢いは衰えないで彼の身体を星空の果てへと飛ばしていった。


「…勝ったのか?」


 ファントムの姿が消えてからも十分ほど警戒を解かずにいたが、何も無いことを確認すると、右手のスイッチを押してアーマーの換装を解く。


 手応えは感じなかった。 おそらくはあのスーツに着けられた機能でファントムは逃げおおせたようだ。


「ファントム…一体何者だったんだ?…!それより皆は、パーティの参加者たちは…くっ、駄目だ…身体が重い…」


 勝ったとはいえそれは紙一重の差だった。 


 あの時ファントムがバランスを崩していなければ…いやもっと前にスーツを手に入れてなかったら?


「なんて皮肉なんだ、こんな悪趣味のスーツのおかげで助かるなんて…」


 遠くから聞こえるサイレンの音を聞きながら苦笑して右手を見る。




 弟と始めて喧嘩したのは出会ってから一年ほどたった頃だった。


 それまでは何度罵倒されようとも透火は挫けずに彼なりに誠意を持って接してきた。


 だがある日、彼が妹の誕生日に用意したプレゼントを壊された時は本当に怒った。


 それは大きな熊のぬいぐるみで、いまだ懐かない弟妹達の為に彼が自らデパートに足を運んで見つけた代物だった。


 ちなみに弟にもプレゼントは用意したが、「要らん!」の一言で投げつけられた際にも彼は困ったように笑うだけであった。


 しかし自分が見つけ、プレゼント用のリボンを自ら着けて手渡したそれを妹は確かに受け取ろうと手を伸ばそうとしたのを彼は確かに見たのだ。


 その妹の手を払って、横からぬいぐるみを奪い取った卿哉が乱暴に投げ捨てた瞬間、彼は反射的に弟の頬をひっぱたいた。


 パチンという音と、呆けたような弟の顔。 そしてビックリした表情の妹。


 次の瞬間、弟は涙目で彼に掴みかかって殴りつけていた。


 彼も思わず殴り返す。 


 その時は気づかなかったが悔しかったのではない、ましてや怒っていたのではない、ただただ悲しかったのだ。


 彼もまた涙を瞳に滲ませていた。


 互いが互いに涙目で殴りあいながら、妹は珍しくオロオロとしていた、




 あんな奴、もう知るもんか! 


 誰にも言わず自室で閉じこもっていた彼の部屋の扉を誰かがノックする。 それはとても弱弱しく、でも確実に彼の耳に入る。


 ゆっくりと立ち上がって扉を開ける。 


 そこには卿哉と麻里沙が立っていた。


 卿哉の方はいまだ憮然としていたが、麻里沙が促すと、


「…おい」


「な、なんだよ…」


「さっきは悪かったな」


 少し顔を赤らめながら、でも確実に謝ったのだ。


「ふ、ふん…用は済んだだろ?俺はもう行く!」


 こちらの返事も聞かないで卿哉は走り去った。


 後に残されて呆気にとられている透火の手を麻里沙がそっと手に取る。


「透火お兄様、プレゼントありがとうございました。お兄様もごめんなさいと思っているのでどうか許してくださいね」


「う、うん…でもなんで急に…」


 問いかけると一瞬だけ麻里沙は遠い目になり、まるで誰かのことを思い出すように、


「前に住んでいたところにもお兄様がいらしてね、その人からプレゼントを渡された時はありがとうと言わなきゃ駄目だよって言われてましたの、それと…えっと、悪いことをしたときはごめんなさいって言いなさいとも言ってましたの」


「そ、それで…」


「はい…卿哉お兄様はそれを思い出して、あと麻里沙もそれを言ったら、ごめんなさいをしに行くって…でもなんでか麻里沙も行くぞと言われまして…でも麻里沙は悪いことしてないからありがとうって言いにきたんです…透火お兄様、ぬいぐるみありがとうございました」


 たどたどしくそれだけ言うとペコリと頭を下げてタッタッタと屋敷の中を走っていってしまった。


 それが透火にとっての弟妹達との最初の思い出になった。 


 決して忘れられず、そして最初に決めた思いをいつまでも変わらないことが決まった日の出来事。


 ボロボロになって痛む身体で床に座り込みながら透火は何故だかそれを思い出していた。

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