21.「会議には種類もある」

 引き分けに終わったその企画会議で、すべての内容が決まったわけではない。


 その日から、ほとんど毎日のように伊佐崎との会議が行われた。週3日、と設定された会議とは別に、こちらからも会議の設定をもちかけた。


 なにしろ、1カ月以内に少なくともゲームの全貌を作っておかなくてはならないのだ。



「この最初の1カ月がプロジェクトの天王山だからね」


「マジすかwwwwwヤバイっすねwwww」



 そう、プランナーとディレクターが戦うべきは、プロジェクトの最初期。徹夜だろうとなんだろうと、ここでどれだけ話を進められるかが全体のスケジュールと、成果物のクオリティに大きく関わる。


 当たり前の話ではあるが、いつもそれが出来ないのはなぜなのだろう――



 会議が終わると、俺たちは次の日の会議の作戦を練った。その日決まったこと、決まらなかったこと、「宿題」となったものを整理し、勝利条件と敗北条件を仕分けして資料を作った。


 その間に、ミノさんや菜月がゲーム画面のラフイラストを作り、イメージを固定しにいく。ふわっとした状態で話を進めると、また後でひっくり返されないとも限らない。


 比良賀さんともこまかく連絡を取り、伊佐崎側の動向について教えてもらった。


 資料が出来ると、俺はひそかに会議の「台本」を作った。


 話の進め方、想定される伊佐崎の反論などをまとめ、それぞれの場合にどのタイミングでどんな資料を材料として出すかを用意しておく。会議の場では、自分のノートPCの隅にそのテキストファイルを表示し、見ながら話をした。


 ――ここで押し込まれたら、またプロジェクトが炎上するのだ。


 会議の前には何度もシミュレートをし、気合を入れる。負けるわけにはいかないのだ。



「……では、本日話をしたいのはこの辺りについてなんですが……」



 会議室で伊佐崎と向き合い、ディスプレイに資料を表示すると、待ちかねたかのように伊佐崎が口を開く。



「ここについてはねぇ、やっぱりこう……」


「あ、ちょっと待ってください」



 伊佐崎の話を遮り、俺は言う。



「この会議は、ブレストという形で進めますが、よろしいですね? 皆さんに忌憚なく意見を出していただきますが、それが採用になるとは限りません」


「……わかった」



 これが、もうひとつの戦略だった。


 ブレーンストーミング――通称「ブレスト」。


 設定されたテーマに対し、集まったメンバーがとにかくアイデアをとにかく出し合い、企画案を大きくすることが目的の会議だ。この会議では、出されたアイデアに対する反論や批判は禁止され、アイデアをとにかく、より大きくすることが求められる。


 あくまでも企画の幅を広げることが目的なので、技術的な課題やコストなども一切考慮せずに意見を出す。それを検討するのはその次の段階だ。


 これは、「言った、言わない」の水掛け論を防ぐためでもあり、このプロジェクトで「やりたいこと」をすべて吐き出させた上で「やるべきこと」を明確に選別するという意味もある。


 1時間に及ぶブレスト会議は、非常に盛り上がり、終盤では伊佐崎から笑顔も漏れた。


 * * *


「……では本日の会議ですが……」



 正面に座った伊佐崎を前に、俺は切り出す。伊佐崎は以前より幾分か、リラックスしているようだった。


 ディスプレイにパワーポイントを映し出し、俺は説明を始める。



「先日のブレストと、旧プロジェクトの実装内容を元に概要書をまとめました。これがこちらからの提案という形になります」



 20数枚に及ぶパワーポイントは、いわゆる「企画書」とは体裁が違う。


 各機能について、より細かく説明が書きこまれたものだ。


 ブレストのあと、俺はこれを作るために2日ほど徹夜した――アイデアはより多くの人から、より多くの視点から募るべきだが、それを整合性のとれた「企画」としてまとめるのは誰か一人が考え抜いて整理をする必要がある。


 それはいわゆる「ゲームデザイン」という仕事。ゲーム全体のルールと面白さを突き詰め、集められた要素を換骨奪胎してまとめ上げる。このプロセスを合議制でやろうとすると、大体迷走する。


 俺はプレゼンを始める前に、会議室の中のメンバーに宣言をした。



「今日の会議は『レビュー』です。この企画案に対して、皆さまそれぞれの視点から課題や意見などを挙げてください。それを整理した上で、再度提案内容を作ります」



 レビュー会議で出た意見は、実際に開発を進める上で障害になったり、またはゲームの売り上げや市場動向などに関わるものだ。ある程度形を作った上で、それぞれの角度からの意見を集めることで、皆が納得できる企画としていく。


 合議制ではないにしろ、それぞれの専門家からの意見を集めるために、必要なプロセスだ。


 俺がプレゼンを終えると、集まったメンバーからそれぞれ、「こうした方がいい」や「ここは問題がある」という意見が出される。また、それに対する反論などが別から出され、議論が交わされる。


 ある程度議論が一周したところで、俺は会議の終了を宣言した。


 * * *


「本日は『企画会議』です」



 俺はそう言って、ディスプレイに「アジェンダ」(議題)を表示した。



「先日のレビューにて出された課題などをまとめ、概要書を更新しました。その中でいくつか、決めておかなくてはならないことがございます」



 俺はアジェンダを読み上げたあと、付け足して言う。



「本日の会議での決定は本企画の基本方針となり、議事録にも記録されます」



 そして、アジェンダの1つ目から順に話を開始する。アジェンダの内容は、各項目について、「承認」か「棄却」、または「保留・再検討」かで結論が出せるものだ。それぞれについて、メリットとデメリットを合わせて読み上げ、検討を行う。



「……では、『戦闘中のスキル種に関して』、これはこの概要書の内容で、付随条件として野中さんの提案を加える、と……よろしいですね?」



 会議室を見回し、異議がないことを確認したあと、俺は阿達に向かって――かつ、全員に聞こえるように、いった。



「それじゃ、決定、で議事録に書いておいて」



 あとでこの議事録も全員にメールで共有をする。面倒な手間ではあるが、自衛のためだ。


 最後のアジェンダで、マーケティング担当者から強い反論が出た。



「いや、この内容ではやはり難しい。こちらの提案に差し替えるべきだ」


「しかし、それではこちらの問題が……」



 議論は平行線となった。


 こうなると、一度持ち帰って再提案か――俺が口を開こうとしたとき、別の声が議論を遮った。



「……いや、企画的にはこちらの方がいい。こっちでいこう」



 発言の主は伊佐崎。俺たちの提示したアイデアを支持する発言。


 プロデューサーの決定により、全てのアジェンダに基本方針が示され、企画概要が確定した。


 会議室から皆が席を立つ中、伊佐崎は俺に向かって少し、口を歪ませた。


 俺は比良賀さんと顏を見合わせた。


 DM2版、リリースまであと11ヶ月と1週間。

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