第20話

   遙か彼方の前日譚




 これは、太陽がルゥと出会うおよそ五千年前の話、神が人類を救済した聖魔大戦デウス・エクス・マキナが終わった直後の出来事だ。


「ご苦労様、ルゥ」


 ルゥはどこかもわからない場所で、自らの創造主である女神エロースと対峙していた。


「……なによ。貴方、地上界にはもう完全に干渉できないんじゃないの? なんであんたが私の前にいるわけ? 私、戦いが終わったら封印されるんじゃないの?」

「ここは私と貴方の精神感応を利用して構築したかりそめの世界よ。地上界、暗黒界、天空界のいずれにも属さない場所だから、こうして貴方と話をすることができるの」


 女神エロースはそう言って、悪戯っぽく微笑した。


「なにそれ。神の盟約違反にならないの?」

「どうかしら? グレーゾーンな行いだから、次からは制約されちゃうかもね。困るわ」

「ふーん……。で、何の用?」


 ルゥは素っ気なく用向きを尋ねる。


「これから先のことを嘆いて、あなたが不機嫌になっているだろうなと思ったから」

「……呆れた、そんな理由で私に会いに来たの? というより、それを理解していながら私を封印するんだから、ほんと性悪女神よね」

「そんなことを言わないで頂戴な。もう二度と会えないかもしれないと思って、せっかく姿を現したんだから」

「どーせ、次に邪神共が目覚め時のことで、釘を刺しに来たんでしょ。私がいないと人類って滅んじゃうんだもんね。でも、おあいにく様。私、この世界に何の愛着もないからなあ。世界を救うためだけに作られて、いざ世界を救ったら封印されるわけだし?」


 ルゥはふんとあざ笑い、悪ぶってみせた。


「本当にそうなのよねえ。困るわ」


 女神エロースは言葉とは裏腹に、大して困っていそうには見えない。


「……そういう天邪鬼みたいなところが嫌いなのよ。貴方の行動って何もかも気まぐれ。世界を作ったり、守ったり、神様っぽいことをしているけど、その先がどうなるのかは何も考えていない。何か行動を起こせばそれで満足しちゃうの」

「まあ、神様ってそういうものだから。方向性は示すけど、それを選ぶかどうかは被造物の自主性を重んじるのよ」

「あ、そう。でも、私のことだってそうよ? 下手に人格を与えたからわざわざあんたがご機嫌取りしなくちゃいけない事態になっている。ただの道具として創造すればよかったのにね。実は案外後悔していたりするのかしら? 私に人格を与えたこと」

「いえ、それはないわね。約束だし」


 ルゥが挑発的な笑みを刻み問いかけるが、女神エロースはきっぱりとかぶりを振る。


「……は? どういう意味?」

「私は貴方にも方向性を既に示しているということよ。でも、そうね。可愛い愛娘のために、とっておきの大サービスで追加のヒントを与えちゃおうかしら。次に貴方と契約するのは、素敵な男の子になってもらうつもりなの。ケラウノスの特性上、女性の神騎士ゼウスではテュポーンとエキドナを封印することはできても、討伐することは困難でしょうから」

「何のヒントになっているのか、全然わからないし。どうせお得意のブラフでしょ。そもそも男を神騎士ゼウスにするなんて、無理に決まっているじゃない。人間の男はあんたの加護を受けていないんだから」


 ルゥは鼻で笑った。


「それはこの世界の人間の男性、でしょ? だから、別の世界から次の神騎士ゼウスとなる男の子を召喚できるようにすればいいのよ」

「は、はあ? そんなの聞いてないんだけど!?」

「そうね。今、初めて言ったから。でも、そんなことどうでもいいわ」

「よくないし!」

「より建設的で、かつ肝心なのは、次に貴方の契約者になる男の子がどんな子かなということだと思うんだけど、違うかしら?」

「っ……、ほんっと性悪女神」

「言ったでしょう? 方向性はもう示している。あとは運命がどう転ぶか次第だけど、どうせだから賭けでもしてみる?」

「賭け?」

「次の神騎士ゼウスとなる少年の選定条件についてよ。もし私が賭けで負けたら、次に目覚めた時に、貴方は自分が思う通りに行動をしても構わないわよ。もちろん、賭けの結果がどうなのかを貴方が見極めるまで、最低でも数ヶ月くらいは契約者の少年と一緒にいてもらうことになるけど。どう?」


 女神エロースはあっけらかんと賭けを持ち掛けた。


「ちなみに、次の神騎士となる少年の選定条件は、貴方と恋に落ちて、貴方に愛を教えてくれる少年である。マルかバツかの二択ね。先に貴方に選ばせてあげるわ」

「へえ。ずいぶんと私に有利な賭けに思えるけど」


 ルゥは不敵な笑みを刻んだ。


「そう思うのなら、選びなさいな」

「……ふん。なら、バツよ。私は恋なんてしない。絶対にありえない」

「りょうかーい! じゃあ、私はマルね」


 女神エロースは嬉しそうに残ったマルを受け入れる。


「ふっ、私と契約したら、手当たり次第に女を魅了する体質になるのよ? 野蛮な男がどんなふうにこの能力を悪用して、どんな本性を晒け出すのか、見物ね。適当に女でも魅了させまくって、その本性を暴き出してあげようかしら」


 ルゥは自分が恋に落ちないのを確信しているように言った。


「ふふ。じゃあ、賭けは成立ね」

「話がまとまったんなら、もう用は済んだんでしょ。封印するならさっさとして頂戴」


 優しく微笑む女神エロースを見ていると、無性にイライラする。ルゥは拗ねたような口調で、ぶっきらぼうに封印を促した。


「はいはい。じゃあ、お休みなさい、ルゥ」


 女神エロースがそう告げると、ルゥは途端に意識がまどろんでいくのを感じる。こうしてルゥはこの空間から姿を消すと、実に五千年にも及ぶ長い長い眠りへと落ちていった。

 ただ、女神エロースはまだこの場に残っていて――、


「約束は果たしたわよ、アポロン」


 そう呟き、柔らかく口許をほころばせていた。

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