第5話 少しづつ狂っていく
ゼンとカチュアがレストランを出ると、森に囲まれた町特有の、涼しく澄んだ空気が町に満ちていた。
町並みは一見活気に満ちていたが、通りを歩く人々は、どれも鋭い目つきとやさぐれた人相をした輩ばかりで、そういう点ではゼン達の同業者でもあった。
「おい見ろカチュア!あの店、吸血鬼用の杭が売ってるぞ!やけにおおっぴらだな!」
ゼンは冷やかすように商店を指さして笑った。
「そう?杭は吸血鬼をやっつけるのに必要な道具なんでしょ?」
カチュアが、まだあどけなさが残る声で答える。
「杭だぜ杭、心臓に突き立てる用の。ああいうものは需要がないと一般の店に売りに出さないだろう。この町はあれか?肉屋のおっさんが、吸血鬼をスコップで殴り倒して、木の杭を心臓にぶちこめるくらい訓練されてるのか?おっかねぇ町だな。」
ゼンはポケットに手を突っ込みながら遊び人のようにブラブラしているが、町を観察するその目は鷹の目のように鋭い。市場にはぶっそうな武器屋があたりまえのように並び、まるで金物屋がフライパンを並べるかのように、対吸血鬼用の武器が陳列してあった。
「お客さん、安いよ安いよ。キルトリア産の朝摘みトマトだよ!」
武器屋を眺めながら、ゼンたちは野菜の出店でトマトを2つ3つ仕入れた。真っ赤な実を握ると、果肉と水がよく詰まった、形の良い感触がする。一口かじると、冷たい果肉から澄み渡る味が口いっぱいに広がる。農家が手塩にかけて育てた、本当においしいトマトだ。
「うめぇ!この町はなに食ってもうまいな!」
「おいしい!冷たくてきもちいい味ね!」
トマトを齧りながら、ゼンは市場を見渡し、物騒な店とそこを出入りする怪しげな男女を眺める。
「このトマトもあれか。吸血鬼向けに出荷でもしてるのか。カカカ。おまけにほらみろ、吸血鬼討伐の仕事に、護衛の客引き。隠す気もない売春宿まで並んでる。いったいこの町はどうなってんだ。」
「でもお兄ちゃん、それだけ吸血鬼の被害が大きいってことでしょ。」
カチュアは他においしそうな出店がないかキョロキョロしながら、兄の話にかえしていく。
「そうかねぇ。この国はこないだまで人口増加と都市部の不衛生で行き詰まっていた国なのに、いまじゃどの町を巡ってもすっかりきれいになっちまってる。おまけにキルトリアの南部では新しい鉱脈が見つかるわで活況だ。でもな、そんなハッピーなニュースとおなじくらい、吸血鬼被害が深刻化してるんだぜ?なんか変だろう。」
ゼンが市場の路地裏に目をやると、戦闘で負傷したのか、手や足に包帯を巻いた男たちがチラホラと見えた。誰もが虚ろな目をして空を眺めているようだ。自慢の利き腕をやられたからだろうか、まるで自分の心を失ったかのように見える。
ゼンは傭兵として潰えた男たちを過去たくさん見てきた。そう子供の頃から。
「この国はもともと吸血鬼が多いのよ。でも吸血鬼を統治する女王がいるって話よ?人間と吸血鬼の境界を仕切っているそうなの。それにすっごい美人って噂よ?」
カチュアがゼンの心境を知ってか知らずか、少しだけ話題を変えようとした。
「へー。美しい女王様ね。いちどお手合わせしたいもんだ。」
「へーそのお手合わせってどういう意味ですか!!」
「おい!おまえが話ふってきたんだろうが!!!」
カチュアがむくれてつっかかってくる。楽しそうに会話を続けるゼンだが、町の様子から別のことを考えてもいた。
(・・・この国の空気はなんだ?異常に活気立ってる市場に、そこらへんをいきかう戦士。とびかう金に女。路地裏の傷痍民兵。まるで戦争中じゃないか。やっぱりここはあたりだな。ノーライフパウダーの匂いを感じる。)
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