謁見

 アディル達は“聖竜の間”へと急ぐ。たった今知ったとはいえ、やはり竜神帝国の皇帝を待たせるというのはすべきではない事はすでに察していた。

 選帝公家出身のアリスはラディム帝という人物と面識があるのだろう。緊張した表情を浮かべつつ皇城を早足でいく。


(竜神帝国の皇帝か……アリスがここまで緊張するのだからやはり相当な人物とみるのが妥当か)


 アディルはアリスのあとに続きながらそのような事を考える。アディルから見てアリスは決して身分に対してそれほど重きを置いてはいないように思えていた。

 もちろんそれは他者を侮るという性格であるというわけではない。むしろ身分に関わりなく敬意をもって接するべき者に対して丁寧な対応を心がけていた。

 そのアリスが緊張するのだから、相当な人物であると考えるのが良いと言う結論にアディルは至ったのだ。

 そして、それはアディルだけでなく他のメンバー達も同様の考えに至ったようであり、アマテラスはみな緊張の面持ちで聖竜の間に向かう事になったのだ。


 アディル達が一つの荘厳な扉の前に到着するとそこにはすでにイルメスが立っており、アリスの顔を見ると顔を綻ばせた。


「アリスティア、よく来たな」

「は、はい。イルメス卿、何故陛下が?」

「お前の話を伝えたら、突然会いたいとおっしゃったのだ」


 イルメスの言葉にアリスはゴクリと喉をならした。


「すでに陛下はお待ちになられておられる。アリスはここで武器を預けてもらう。そして君達もだ」


 イルメスはアディル達にも武器を預けることを求めてきた。それはアリスだけでなくアディル達も竜神帝国の皇帝に謁見することを示していた。


「あの……」


 アディルが声をかけるとイルメスは視線をアディルに向ける。


「何かね?」

「俺達も皇帝陛下に謁見するのですか?」

「陛下はそう望まれておる。まさかとは思うが断るなどとは申さぬよな?」


 イルメスの言葉にアディルは慌てて首を横に振る。アディルは権力者に対して阿るような事はしないし、卑屈な性格でもない。

 アディルが恐れたのは、貴人と会う際の作法を知らない自分が知らず知らずのうちに皇帝に無礼を働くことで、アリスの竜神探闘ザーズヴォルが取り消される事であった。


「俺達は平民でしかもこの竜神帝国の者ではありません。そんな我々が皇帝陛下に謁見して、意図せず無礼をはたらいてしまい竜神探闘ザーズヴォルが取り消されるようなことになればそれこそ本末転倒です」


 アディルの言葉にイルメスは静かに頭を振った。


「心配しなくても良い。皇帝陛下は寛大な御方であるし、君達が他国人である事はすでに伝えている。陛下は自国の常識が他国の者に当てはまらない事をご存じであるし、その逆もまた然りである事をご存じだ」

「わかりました。そこまで言っていただいた以上こちらも腹をくくります」

「よし、それでは渡してもらおう」


 イルメスの言葉にアディル達は武器をイルメスの背後に控える竜騎士達に手渡していく。

 全員の武装が竜騎士達に手渡されたのを確認したところでいよいよ聖竜の間に通されることになった。


 ギィィィィィ……


 扉が開くとそこには別世界が広がっているようにアディル達には思われた。大理石の床と柱が豪華さと荘厳さを現し、正面に豪華すぎる玉座とその背後に黒字に金の縁取りをした二体の竜が一つの珠を奉じるモチーフの旗が掲げられている。

 

 玉座に二十代前半の銀色の髪の青年が座っている。この状況で玉座に座っているのは間違いなく竜神帝国の皇帝であろう。

 皇帝は銀色の髪に金色の瞳の整った容姿の美丈夫である。だが、貴公子然としている姿ではあるが左額から頬にかけてザックリと刀痕が入っており、その歩みは決して順調なものでは無かったという印象を受ける。


「行くわよ」


 アリスが小さな声で呟き歩き出すとアディル達もそれに従い歩を進める。皇帝の玉座の傍らには四人の竜騎士が控えている。


(すごいな。まったく隙が無い)


 アディルは心の中で四人の竜騎士達の力量を称賛した。自身の力量がある程度になれば他者の力量もある程度分かるというもので、アディルの目からすればこの場にいる竜騎士達の実力の高さを察するのは簡単な事である。


(いや……皇帝陛下自身・・の力量も相当なものだ。ひょっとしたら傍らの竜騎士達よりも強いのかもしれない)


 そしてアディルは皇帝の力量の高さをそう察していた。いや、正確に言えば途方もなく皇帝が強いという事は理解できる。アディルをしてその力量の底が知れないのだ。


(親父殿と同レベルか? 戦ってみたい……でも、だめだ)


 アディルは心の中で手合わせを願いたい欲求に狩られるがそのような事をすればアリスの立場が悪くなるし、アディル達を皇帝に引き合わせたイルメスの立場も悪くなる。そのためにアディルはその欲望を押しとどめることにした。


 アディル達は皇帝のもとに辿り着くとその場で跪いた。アリスが片膝をついて跪いたためにアディル達もそれに習ったのだ。


「面を上げよ。アリスティア=フレイア=レグノール」


 玉座から皇帝の声がかかる。その声には他者を跪かせる何かがあるのをアディル達は察していた。支配者にとって声は他者との交渉のための重要な武器なのだろう。


「はっ!!」


 声をかけられたアリスはやや緊張の面持ちで頭を上げる。アディル達は頭を上げるように言われてない以上、頭を上げるような事はしない。ベアトリスもその辺りの事を弁えているので何も言わない。


「アリスティアよ。このたび竜神探闘ザーズヴォルの申請を受理した。そこで確認するが撤回するつもりはないか?」


 皇帝の言葉にアリスティアは息を呑むのがわかった。


「……どういう意味でしょうか?」

「ふむ、レグノール選帝公家は我が竜神帝国を支える大事な柱である以上、竜神帝国の国益を大いに損なうのでな」


 皇帝の言葉には有無を言わさぬ雰囲気がある。アリスがゴクリと喉をならすがしっかりと皇帝の目を見て言う。


「それだけは出来ません」


 アリスの言葉に皇帝は目を細める。


「私はこの竜神帝国にもどってきたのは決着をつけるためです。そのために戻ってきた以上、竜神探闘ザーズヴォルを取り下げるつもりは一切ありません」


 アリスの言葉に周囲の竜騎士達が息を呑むのがアディル達にはわかった。皇帝に面と向かって反対意見を述べた事に対して緊張が走ったのだ。


「そうか皇帝である余が頼んだのにも関わらずか?」

「何と言われてもここを曲げるつもりはありません。もしどうしても取り下げろというのならば竜神探闘ザーズヴォルをこの場で廃止してください。そして帝国全土へ“竜神探闘ザーズヴォルは皇帝の都合で廃止する”と宣言してください」

「ほう」


 皇帝の声が少しばかり低くなる。アリスの言葉は捉えようになっては喧嘩を売っているようなものである。


「これは余が甘く見られてると捉えるべきか?」


 皇帝は隣に控える騎士にそう尋ねる。


「はっ、皇帝陛下への余りに不遜な言葉……いかにレグノール選帝公家の令嬢とは言え、到底許される事ではございませぬ」

「そうよな……このままでは沽券に関わるな」


 皇帝がそう言うと側に控える竜騎士達がアディル達に視線を向け殺気を向けてきた。


 殺気を感じたアディル達は顔を上げると竜騎士達を睨みつける。アディル達の視線を感じた竜騎士達もすっと身構えた。その動きに一切の無駄はなく、アディルが竜騎士達の力量を高く評価していたがそれが正しかった事を確認させられた。


 アディル達と竜騎士達の睨み合いが始まる。その時間は十秒にも満たないものであったがアディル達の感覚では一時間にも睨み合っているかのような感覚である。


「ふむ、中々の胆力だな。だがもう少し余裕が欲しいところだな」


 そこに皇帝が声をかけると竜騎士達が放っていた殺気がなくなり、それに伴い重苦しい雰囲気が一気に霧散する。


「アリスティア、イルジードもまた強者であるのは知っておろう? そのイルジードに挑むのだから並大抵の気概では不可能だ」


 皇帝の言葉にアディル達は訝しんだ視線を向ける。先程までの威圧感はまったくなくアリスを心配する心情がその声には含まれているのをアディル達は感じた。


「弟が相手であり心を許していたとしてもエランを屠った力量は評価せねばなるまい」

「それは存じております。しかし、もう引き返すつもりはございません」

「アリスティアの覚悟はイルメスに聞いていたが、私自身も試したくなったのだ。もしお前と従者達が試練に合格しなければ近衛から助太刀をと思ったが、アリスティアも従者達も気概において何ら劣るものでは無いな」


 皇帝はそう言うと楽しそうに笑った。


「陛下、心配していただきありがとうございます。ですが一つ訂正させていただきたいのです」


 アリスもまた雰囲気を和らげ返答する。放たれる声の調子から決して皇帝が怒りを発することはないと思える。


「何かな?」

「一緒に居るみんなは私の従者ではなく。私の大切な仲間達です」


 アリスの言葉に皇帝は小さく顔を綻ばせた。


「そうか。それは礼を失した物言いであったな」

「ご理解いただきありがとうございます」

「アリスティア、これより約一月後に竜神探闘ザーズヴォルがあるが、それまでお前と仲間達はこの皇城内で生活してもらう。いつもであれば選択させるのであるが、今回に関してはそれは認めるわけにはいかん」

「承りました。もとよりそのつもりでした」

「そうか。我らは中立の立場で行わなければならないから、手を貸すのはここまでだ」

「ありがとうございます」


 アリスは皇帝に向かってそう言って一礼する。


「それではこれで話は終わりだ。下がってもらって構わない」


 皇帝の言葉に全員は黙って一礼して、皇帝との謁見は終わったのだった。

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