三つ巴戦②

「ん?」


 追跡者の男達はアディル達が次の行動に移ったのを見て訝しむ声を発した。追跡者の男達は闇の竜人イベルドラグールに所属する者達である。


 昨晩、アリスの潜伏していた隠れ家近くに現れた者達の調査のために向かった者達が戻ってこなかった事で翌朝になり派遣されたのだ。

 派遣された先で彼らが見たのは、先遣隊の変わり果てた姿である。しかも、転がっていた死体は闇の竜人イベルドラグールのもののみであり、相手の死体は一つも無かった事は衝撃であった。

 闇の竜人イベルドラグールはイルジードの私兵であるがその実力は相当なものなのだ。そのため、事の重大さはすぐさま認知されるとすぐに調査隊が派遣されることになったのだ。

 今回、派遣された調査隊には末席ながら幹部のエクレス=ザイルが指揮を執っているのは、闇の竜人イベルドラグールが今回の件を決して甘く見ている訳ではない事の現れである。


 隠れ家に到着した調査隊はすぐさま追跡調査に入る事になった。その際に三方向に向かう馬車の車輪の跡と何人かの足跡があったために調査隊を三つに分けてそれぞれの方向に向かったのだ。

 今、アディル達を追っているのはその一つの部隊であるのだ。


「小隊長……やつら逃げるつもりのようです」

「ああ」


 部下の一人の意見を小隊長は静かに同意する。見るとアディル達が馬車に乗り込み始める姿が闇の竜人イベルドラグールの視界に入ったのだった。


「どうしますか?」


 部下の言葉に小隊長は考える。普通に考えればアディル達が自分達の尾行に気付き、先手を打って召喚獣(エリスの式神)で自分達を襲いこちらを消耗させようとしたのだろう。だがこちらの戦力はやつらの想定以上であり、あっさりと全滅させた事でようやく危険を察知して逃げ出したという所だ。

 だが、それ自体が罠であり、あの逃走には自分達を誘い込む罠であるという可能性がある事も事実であった。


 真の逃走かそれとも自分達を誘い込むための罠かと小隊長は悩む。このような二者択一ほど決断する立場の者にとって悩ましい問題は無いだろう。


「隊長は罠を警戒しているのでしょうけど、見た所奴等は人間です。竜族は一人もいない。そのような相手を何故恐れるのです!?」

「隊長!!」

(確かに人間如きなら恐れるに足らないな) 


 部下達の言葉に小隊長は決断を下す。それは竜族という強者の傲りであるのかも知れない。つい昨日、自分達の同僚が全滅させられたにも関わらず、アディル達一行の中に竜族がいない事に対して根本的に見下していたのだ。

 極端な話、同僚達を全滅させたのはアディル達ではないという思いすらあったのも事実である。

 ちなみにアリスやエスティルは自分の角を幻術で隠しているために追跡者達の目には人間の一行でしかないのだ。


「総員、あの馬車を追え!! 抵抗するならば殺しても構わん!!」

「はっ!!」


 小隊長の命令に部下達の表情に嗜虐的なものが宿るが小隊長はそれを制止したりしない。指揮官はいたずらに部下達の士気を削ぐものでは無いと小隊長は考えていたのだ。


 闇の竜人イベルドラグールが追跡を開始した瞬間にアディル達を載せた馬車は走り出した。その周囲を毒竜ラステマと二十人の男達が追いかけ始めた。


「なんて無様な逃走だ」

「ふははははは、あんな鈍足で我らから逃れられると思ってるのか!!」

「所詮は人間よな」


 闇の竜人イベルドラグール達はアディル達が逃走した事に対して露骨に嘲り始めた。

 この小隊の数は十五名であり、その全員が馬車とその周囲の男達を追い始める。この時、追跡者達の心情としてはアディル達は只狩られるだけのウサギのような存在であった。もちろん自分達は狩人であり何の危険も感じることはなかったのであった。


 それが完全に崩壊するのはこれからすぐの事であった。



 *  *  *


「どうだ?」


 アディルは馬車の中でシュレイに尋ねた。尋ねたのはもちろん追跡者が罠に掛かったかどうかの確認である。


「ああ、かかった。俺達目指して向かってきている」


 シュレイの言葉にアディルは満足気に頷く。


「まぁどっちに転んでも私達には不都合はなかったもんね」


 ヴェルの言葉に他のメンバー達も頷いた。追跡者達が罠に掛かってアディル達を追ってくればそのまま罠に嵌めて殲滅・・するだけだし、罠の可能性を考慮して追ってこなければそのまま逃走するだけだ。

 ヴェルの言う“どちらに転んでも”というのはそう言う意味であった。


「ま、走るあいつらにとってみればそうではないでしょうね」


 エスティルの言葉に全員が顔を綻ばせる。アディル達は毒竜ラステマ達には逃走する旨だけを伝えていたのだ。加えてアディル達は「旗色が悪いから今回は逃げる」と伝えてある。

 毒竜ラステマ達はアディル達の実力をしっている。その実力は自分達よりも遥かに上である事は認めている。そのアディル達が「旗色が悪い」と断言したと言う事は自分達では生き残る可能性はほとんど皆無であると言えるだろう。

 故に毒竜ラステマ達は演技ではなく必死に逃げているという状況であった。


「アディル、数は十五で一塊になって追ってきている」


 シュレイの言葉にアディルは頷くとアリス、エスティルの順番で視線を移した。アディルの視線を受けた二人が頷くと全員の顔が引き締まった。


「エスティル、頼む」

「了解!!」


 アディルの言葉にエスティルが簡潔に応えると追跡者達の眼前に高さ十メートル程の壁が発生した。

 エスティルの魔力で形成された壁であった。エスティルの体から離れているために強度的には大した事はないのだが、その事を当然、追跡者達が知る事はない。


「隊長、これは!?」


 部下の一人が隊長に尋ねる。その声には困惑が浮かんでいた。


「ち、どうやら罠だった……が……」


 小隊長が忌々しげに呟いた言葉は中断された。小隊長の頭部を刃が両断していたのだ。頭部を両断された小隊長は両目をぐるんと白眼にするとそのまま倒れ込んだ。すでに絶命していること察した部下達の間に動揺が広がった。


「が!!」

「ぐわ!!」

「ぎゃああああ!!」


 小隊長が殺された動揺が収まるよりも早く部下達の絶叫が響き渡った。


 仲間達の絶叫が響き渡った事に対して驚愕した生き残り達は声をした方向を見るとそこにはアディル、アリス、エスティル、シュレイの四人が斬り込んで来ており仲間達を斬り伏せているのが見えた。


「く……」

「てめぇら、舐めやがって!!」


 一瞬の自失から回復するまでに、アディル達は闇の竜人イベルドラグールの生き残りにさらに斬りかかった。

 アディルの突きが竜族の男の喉を貫くと男は途端に力が抜けそのまま地面に倒れ込んだ。アディルはそれを無視してそのまま次の相手へと斬りかかる。

 同様にアリス、エスティル、シュレイも自失から立ち直る一瞬の隙をついて追跡者達を斬り伏せていった。

 追跡者達は碌な抵抗も出来ずに次々と斬り伏せられていった。


 アディル達は追跡者の十五人をあっさりと殲滅したのだ。

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