反撃⑦
「さぁて……答えてもらおうかしら? なぜあなたはアディルとヴェルが駆け落ちしたなんて嘘を言ったの?」
エスティルはそう言うとイザベラに躙り寄った。それだけでイザベラは腰が砕けそうになるぐらいの圧迫感を受けていた。
「そ、それは事実だからよ!! 私は事実を言っているのよ!! その妾腹の娘はそこのどこの馬の骨とも知れない男と駆け落ちした。それは純然たる事実よ!!」
イザベラはエスティル、アリス、エリスの威圧感を撥ね除けて叫んだ。死の気配を身近に感じたがそれを撥ね除けた精神力は特筆に値するだろう。
「まぁまぁ、その辺の話は後にしよう。確かに侯爵夫人の言っている言葉は間違いしか無いな」
アディルが苦笑しながらやんわりと侯爵夫人の言葉を否定する。
「そうね。確かに駆け落ちは嘘ね。でも侯爵夫人も肝心な事を忘れてるわよね。頭の悪い主張は控えた方が良いんじゃ無いかしら?」
ヴェルの呆れたような言葉にイザベラは過剰に反応する。イザベラにしてみればこのような状況になっているのはヴェルが原因にしか思っていなかったからであり、その原因を作ったヴェルが余裕の表情で侯爵夫人である自分に対して無礼な態度をとるのは、心穏やかでいられるはずはなかったのだ。
「妾腹のくせに何を偉そうに!!」
イザベラの言葉にヴェルはギロリと睨む。その目に宿る意思を感じたイザベラはゴクリと喉をならした。
「妾腹? あなたはそうやって私を責めるけどそれが何? はっきり言うけどそれは私の責任ではない。それを責めたところで私はまったく心が傷付かないわ。むしろそんな事でしか責める事の出来ないあなたの発想の貧困さが限りなく不愉快よ。あなたが息をしているという事はそれだけで不快になるから呼吸を止めてくれないかしら?」
ヴェルの過激な言葉にイザベラは激高しようとするがそれを制してヴェルはさらに話を続ける。
「自分の産んだ子の出来が悪いからって私に当たるのは止めて欲しいわね。ついでに言えばあんたの旦那が節操無しなのは私のせいじゃないわよ。私の母親はあんたの旦那なんか愛してなんかなかったわよ。だって他に好きな人がいたもの」
「な……」
「何驚いた顔をしてるの? 出て行くとき言ったでしょう。母はあんたの事なんかまったく愛してなんかなかったわ。それどころか憎悪していたぐらいよ。その程度の事も理解していないような低脳の分際でよく侯爵なんてやってられるわね。あなたは侯爵家に生まれたという事以外はまったく価値のない人間よ」
ヴェルの言葉は内容だけでなく込められた感情の全てでレムリス侯爵夫婦の存在を全否定している。それを感じたのだろうレメトスとイザベラは顔を青くする。今までの人生でここまで拒絶された経験は無いのだろう。
「お、お前……」
レメトスは口をパクパクさせるが反論の言葉を紡ぎ出すことはできない。ショックが大きすぎたようであった。
「ヴェル、お前がこいつらを全否定するのは当然だし、俺も賛成だ。ただこいつらには反面教師という役目があるさ。この醜い感性を持たない、共感しないように気をつけよう」
アディルは苦笑しつつヴェルに言うとヴェルもまた苦笑で返す。その笑顔にどうやら納得した様であった。
「さて、俺としてもお前達のような低脳と話して意図が通じるか甚だ疑問なのだが、一応伝えておこう」
アディルはレメトスとイザベラに言う。その声はヴェルのように全存在を否定するものでは無いが親愛の情は一切無い。まぁ今までの流れを考えればアディルが親愛の情を持つ事は絶対にあり得ないのだが。
「まずは夫人の言う俺達を捕まえるために
「な」
「当然だろう。問題は両殿下が
アディルの言葉にイザベラはぐっと詰まる。アディルの言う通り問題は
「そしてそれに依頼したのはあんただ。さっき自分で言っただろ? 俺は正直、“こいつはアホだ”と断定したぞ」
アディルはくっくっくと含み笑いをしながらイザベラに言い放った。アデルルはその後でレメトスに心底軽蔑した視線を向ける。
「あんたもどうして夫人の暴言を止めなかったか理解に苦しむぞ。どう考えても犯罪の自白だ。それをわざわざアルト……殿下に告げるのをどうして黙っていたんだ? もしかして夫人の言葉が完全に詰むことになる事に気付いてなかったのか?」
アディルの言葉にレメトスは顔を青くする。今更になって夫人の言葉が決定的な証拠となった事に気付いたのだ。
「殿下達は俺達に夫人の言葉の真偽を尋ねたのは単に余裕からきたものだよ」
「あ、あぁ」
「どうだ?詰んでいる事を理解したか?」
アディルは呆れたかのような声色である。それを見てアディルはため息を一つつくとアルトに視線を移した。
「さてアルト、さっさと終わらせることにしよう。そろそろ流石に眠くなってきた」
アディルはそう言うとややわざとらしく欠伸をする。
「そうだな。今回の件でお前達レムリス侯爵家が何をしたのか理解したからな。それなりの沙汰を下されることになるだろうさ」
アルトの言葉にレメトス、イザベラは顔を青くしてガタガタ震えていく。この段階でもはや言い逃れはできない事を察していたのだ。
「レムリス侯爵家の今までの功績を考えれば処刑も取りつぶしはあり得ないから心配するな」
アルトの言葉に少しばかりレメトスとイザベラの顔に生色が戻る。
(まぁ、生きていくギリギリのラインを攻めるんだろうな)
アディルはアルトの言葉に相当レムリス侯爵家の領地を削られる事を察していた。それでもレメトス、イザベラにとって希望を見いだしたようである。
(希望というのはやっかいだな。灼かれながらもそこに希望がある限り進むな)
アディルは小さく嗤った。レムリス侯爵家への反撃はこれで終わった事をアディルは察したのだ。
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