毒竜⑪

 アンジェリナは振り向くとたった今自分を制止した者の顔を見ると一気に駆けだすとその者の胸に飛び込んでいった。


「兄さん!! 良かった、本当に良かった!!」


 シュレイの胸に飛び込んだアンジェリナは嬉しそうな表情を浮かべるとそのまま嗚咽を漏らし始めた。それに気付いたシュレイは優しくアンジェリナを抱きしめる。


「心配かけたなアンジェリナ」


 シュレイの優しげな声にアンジェリナはさらに嗚咽を強めていく。


「う、ぐす……本当に良かった。もし兄さんが死んだりなんかしたら私どうすれば……」


 アンジェリナの言葉にシュレイは困った様な表情を浮かべた。自分の行動がアンジェリナを追い詰めていた事に今更ながら気付いたのだ。


「すまなかった。もうこんな事は絶対にしない」


 シュレイの言葉にアンジェリナは小さく頷いた。ようやくここでアンジェリナは笑顔をシュレイに向けた。


「アディル、みんなにも迷惑をかけてしまったな。お前達の忠告にきちんと従っておくべきだった。俺のつまらない拘りのために迷惑をかけてしまった」


 次いでシュレイはアディル達に向けて言う。


「ああ、まぁその辺の事は後でおいおいな。だが、今回の件は“借り”ってことで良いな」


 アディルの言葉にシュレイは小さく頷く。


「素直じゃないんだから」

「まぁまぁそこがアディルの良いところという事にしておきましょう」


 アディルの言葉を聞いたヴェルとエリスがそう称するとアディルは恥ずかしそうに顔を背けた。


「とりあえず、毒竜ラステマとの戦いは終わったようね」


 エスティルの言葉に全員が頷く。毒竜ラステマの構成人数は六人であり、ここにいないレグス、アルメイスはアルトとベアトリスにより制されたのは容易に想像がつくというものであった。


「そのようね。何か大した事ない連中だったわね」

「そうね。強者の雰囲気を醸し出してたけど全然大した連中じゃなかったわ」


 エスティルとアリスはロジャールとウルディーの頭をむんずと掴むと荷物を運ぶように引きずってアディル達の元へとやって来た。


「とりあえず、命は助けておく事にするわね」


 エリスはそう言うとロジャールとウルディーに治癒魔術を施した。見る見る間に治癒が進んだがエリスは途中で治癒を止める。完治させてしまえば抵抗の可能性がある以上、ギリギリ死なない程度で治療を止めるのは当然であった。


「う~ん……私、今回何もやってないんだけど」


 そこにヴェルが苦笑を浮かべながら言う。


「いや、ヴェルの出番はこれからさ」


 アディルの言葉にヴェルは首を傾げる。毒竜ラステマとの戦いは終わったし、シュレイも助け出した。そしてレムリス侯爵家への弾劾はアルトとベアトリスが行うはずである。


「ヴェルはレムリス侯爵家に対して思いの丈をぶつければ良いんだ」

「それだけで良いの?」

「ああ、だよな?」


 アディルがそう言うとアルトとベアトリスは苦笑を浮かべながら頷く。


「ああ、ヴェルは今までレムリス侯爵家から受けた酷い仕打ちを言ってくれるだけで大丈夫だ」

「そうね。ヴェルの気持ちを私達にいうだけでレムリス侯爵家に対して大きなダメージになるわ」


 アルトとベアトリスの言葉にヴェルは頷く。どうやら二人の言うことに納得したらしい。


「それにしても領軍はまったく動かないわね」


 エスティルの言葉にアディル達は包囲している領軍達に視線を移すが全員が戸惑ったような表情を浮かべている。


「まぁ、普通に考えて死の凶剣士デスベルセルクにビビってるんじゃないか?」


 アディルが言うと皆が納得の表情を浮かべる。ここまで禍々しいアンデッドがいれば領軍が恐怖にとらわれて動けないのも当然であった。


「あ、そうか」


 アンジェリナはそう言うとパチンと指を鳴らした。すると死の凶剣士デスベルセルクは煙の様に消えていった。

 すると少しだけ領軍の中にほっとした雰囲気が流れるが領軍達は相変わらず動く事が出来ない。

 そこに宿屋から騎士達が姿を見せる。全員が完全武装しており、盾に王家の紋章があった事に対して領軍の中に動揺が走った。


「両殿下!! ご無事ですか!!」


 護衛隊長のエウメネスがやや過剰な大声でアルトとベアトリスに呼びかける。ここで過剰な大声で呼びかけたのはもちろんアルトとベアトリスの正体をここで領軍に伝える事で領軍の動揺を促すためである。


「無事だ!! レムリスの領軍は我がヴァイトス家に弓を引いた逆賊達だ。油断するな!!」


 そこにアルトも大声で返答する。もちろん逆賊呼ばわりしたのはわざとである。


 アルトの返答を聞いたエウメネスは大きく頷くと領軍に向けて大音量で告げた。


「レムリス侯爵領軍に告ぐ。私は近衛騎士団第二旅団長であるエウメネス=バーシールだ。今作戦における責任者は誰だ!! 名乗り出よ!!」


 エウメネスの言葉に領軍達の視線が一人の男に向かう。その視線の先にはスタンレーがいた。視線を浴びたスタンレーは顔を青くしている。自分達が追い詰められていることをこの段階になって初めて気付いたのだ。

 

「いないのか!! 貴様らは誰の命令でここを包囲したというのだ答えろ!! 隠すとためにならんぞ!!」


 エウメネスの声には凄まじいばかりの力が込められており、領軍の兵士達は明らかに狼狽えスタンレーを見る視線に険しさが増した。その視線の痛さにとうとう音を上げたスタンレーがエウメネスの前に進み出た。

 その顔は刑場に向かう死刑囚のそれである。その顔を見てスタンレーの事を嫌っているシュレイでさえ同情したほどだ。


「レムリス侯爵領軍大隊長のヨハン=スタンレーです」


 スタンレーは右手を胸に置いて一礼する。ヴァトラス王国における騎士の礼である。


「遅い!! 何故歩みであるのが遅れたのか!!」

「も、申し訳ありません……」


 エウメネスの厳しい叱咤にスタンレーは頭を下げる。


「それでこの不始末を領軍はどのようにとるつもりだ? 毒竜ラステマと手を組み両殿下を暗殺しようとは……レムリス侯爵家は王家へ弓引くという事だな?」


 エウメネスの言葉にスタンレーは顔を青くする。


「め、滅相もございません!! 決して王家へ弓引くことなどあり得ませぬ!!」


 スタンレーは即座にエウメネスの言葉を否定する。


(仕上げだな……)


 アルトは心の中で小さく嗤った。

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