毒竜⑤

「さて、これでレムリス侯爵家を追い詰める事が出来る事になったな」


 アディルは倒れ込むエインをまったく気にすることなく話し出した。アディルの話にヴェル達は頷く。


「ここまで簡単に追い詰めるネタを手に入れて良いのかしら? なんか誰かがレムリス侯爵家を陥れる事を目的にこいつらを雇ったとしか思えないわね」


 ヴェルもやや呆れた言葉を発する。


「エリス、こいつは大事な証人だから、死なれたら困る。とりあえず背中と腕を治療しておいてくれ」

「了解」


 アディルの言葉を受けてエリスは即座に返答するとエインの治療を始めた。エリスの治療のおかげでエインから流れる血液の量がどんどん減っていく。エリスの治療の腕前を見てエルザム達は感心したように頷いている。


「やるわね……」

「うん」


 ジョアンナとマリンが惚れ惚れとした表情を浮かべている。エリスの治癒魔術の腕前はルーヌスの諜報員をして素晴らしいと思わせるに足る技量なのだ。


「皆さんはこいつを縛っておいてください」

「ああ、それで君達は?」

「もちろん、外に出て意趣返しを行いますよ。売られた喧嘩は買ってやるのは当然ですし、礼儀ですよ」


 アディルの声にはまったく気負いというものはない。ヴァトラス王国、最凶の闇ギルドである毒竜ラステマを相手にしてこの余裕である。


「さて、それじゃあ。行こうか」


 アディルはそう言うとヴェル達は頷きドアに向かって歩き出した。その後をアンジェリナが続いた。


 ガシャァァァァン!!


 その時、二階で破砕音が響き渡った。エルザム達は一瞬顔を強張らせるがすぐに元に戻るとアディル達に申し訳なさそうな視線を向ける。


「皆さんは二階に行ってください。そいつは俺達が見ておきます」

「しかし……」

「何を迷っているんです!? 皆さんが優先すべきは両殿下の安全確保でしょう。それに二人の安全確保は私達の勝利の絶対条件なんです」

「わかった……恩に着る」


 エルザムはアディルにそう言うと駆け出しジーム、ジョアンナ、マリンもそれに続いた。


「そうそう都合良くはいかないわね」


 エスティルの言葉にアディルは苦笑しながら頷く。相手にも意思があり、戦術がある以上完全にこちらの望むように事が進む事などはありえない。今回の二階からの侵入もその一つである事は間違いない。


「とりあえずこいつも連れて行く事にしましょう。ここに置いておいたら上の方達が思わぬ被害を被ることになる可能性があるからね」


 エリスはそう言うとを取り出すとそこから三体の式神を形成する。エリスの生み出した式神はアディルの生み出す鎧武者とは事なり、騎士のそれであった。


「さ、行きましょう」


 エリスの言葉にアディル達は頷くと外に向かって歩き出す。その際にアディルはエインの顔面を鷲づかみにするとそのまま引きずっていく。このあたりの容赦のなさは相変わらずである。

 エスティルがドアノブに手をかけるとアディルを見るとアディルは頷く。アディルが頷くのを見てエスティルは扉を開ける。扉が開いた瞬間にアディルはエインを扉の外に放り出した。

 エインを放り出したのはもちろん敵が待ち構えていた場合に囮にするためである。大事な証人ではあるが幸いにもはいくつかある事を知っていたからだ。

 放り出されたエインの体はそのまま地面に転がった。それを見てアディル達は外にゆっくりと出た。眼前には二人の男が立っており、その傍らには先程アリスによって蹴り出されたジャルムが片膝をついて座っている。

 アディル達の目の前にいるのは毒竜ラステマのリーダーであるロジャールとウルディーである。


「お前らはそのクズの仲間か?」


 アディルの敵意と挑発がふんだんに盛り込まれた問いかけに三人の男は憎々しげにアディル達を睨みつけてくる。


「なんだ、俺の言葉が理解できないのか?」


 アディル達から見れば初見だがジャルムがそばで片膝をついて座り込んでいる時点でこの二人が毒竜ラステマである事は当然すぎるというものだ。


「……お前達は偉そうに最凶の闇ギルドとかほざいていたが俺達のようなたかだかシルバーランクのハンターに怖じ気づいている。どこまでも情けない連中だな」

「なんだと……」


 そこでようやく毒竜ラステマの一人が反応する。


「違うのか? ここまで簡単な質問に答えることが出来ないのは俺達を恐れているからだろう?」

「俺達がお前のようなガキを恐れるわけなかろう!!」

「ふ……所詮は闇ギルドに入るような低脳だな」

「何ぃ!?」

「強い弱いに年が関係あるのか?」


 アディルの言葉に毒竜ラステマの三人は沈黙する。少しずつだがアディルから発せられる威圧感が増していることに気付いたのだ。


「まぁ良い……名前ぐらい教えてくれても良いんじゃないか?」


 アディルの言葉にロジャールはアディル達の動きに注意しながらようやく返答する。


「なぜ……俺達の名を聞きたい?」


 ロジャールの言葉にアディルは薄く嗤う。アディルの嗤いにロジャールはゾクリとした寒気を感じている。


「なぜ? お前はアホか……」


 そこで一旦アディルは言葉を切ると一呼吸置いて言葉を続けた。


「お前らの墓に名前を彫るのに必要になるからに決まっているだろう」


 アディルはそう言うと同時に天尽あまつきを抜きつつ斬りかかった。

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