邂逅⑥

「まずは今回の件でレムリス侯爵家が俺達に何をしたかを話す必要があるな」


 アディルはそう言うとシュレイの事を話し始めた。一連の流れをアルトとベアトリスは静かに聞いている。話を聞き終えたアルトとベアトリスは納得した様に頷くとアディルに向けて言う。


「なるほど、君の言葉からするとレムリス侯爵家の騎士達の質は基本的によろしくないようだな。その中でもそのシュレイという騎士はまともな感覚を持っているというわけだ」


 アルトの言葉にベアトリスも頷く。二人にとって騎士は主の命令をきちんと遂行する事が求められるが、それでも非道な命令は毅然と拒否するだけの心意気が求められる。シュレイは確かに命令を拒否することは出来なかったようであるがそれでも自分の行いを恥じて改善しようという考え方を見る限り見込みはあると言わざるを得ない。


「そうね。しかもただ逃げるのではなく、筋を通すためにレムリス侯爵家に向かうというのも中々信頼できるわね」


 ベアトリスがそう言うと今度はアルトが頷いた。


「事情はわかった。それで話を戻すが君はそのシュレイという騎士をどうしたい?」


 アルトはアディルに対して尋ねる。アディルは少しばかり言葉に詰まったのだが意を決したように話し始めた。


「……助けたい。あいつなりに自分の考え方にしたがって動いているのは間違いない。それで死んでもあいつは悔いなく逝けるだろうが俺は嫌だ」


 アディルの言葉にアルトとベアトリスはニヤニヤとしながらアディルを見やる。いや、二人だけでなくヴェル達もアディルを見てニヤニヤしている。


「なんだよお前らまで」

「だって~ねぇ?」

「アディルったら素直じゃないんだから♪」


 ギロリとアディルはヴェル達を見るがヴェル達にはほとんど効果がないようでヴェルとエリスは軽口で返し、エスティルとアリスはニヤニヤとしていた。


「要するにアディル君は恥ずかしかったから本心を隠していたと言う事かい?」

「はぁ? なんでそうなる!?」


 アルトの言葉にアディルは即座に否定する。その即座に否定する行動こそがアルトの質問に対する肯定である事を知らしめていると言って良いだろう。少なくともこの場にいる全員がそう受け取ったのは間違いない。


「さ、アディル君の本心も聞けたという事で満足したから今度はこちらが応えるというのが筋だな」

「そうね。まさか本心を告げない理由がただ恥ずかしいからだったなんて思わなかったわよ」

「話を聞けよ!! 俺は別に照れてなんかいない!!」


 アルトとベアトリスの言葉にアディルが猛抗議を行うが二人は取り合うことなどせずにヴェル達に向けていう。


「とりあえず話はわかったから、君達に協力しよう」

「あ、ありがとうございます!!」

「おい、話を聞け!!」

「これから条件を整えるから君達は明日にでも出発できるように準備しておいてくれ」

「え、明日ですか?」

「だから聞けって!!」

「もう、アディルは少し黙ってて!!」


 所々でアディルが抗議を入れてくるがそれらを完全に無視して話を続けていたがついにヴェルからお叱りをうけてしまった。アディルはヴェルからのお叱りにバツの悪い顔を浮かべると沈黙する。

 その様子を見てアルトとベアトリスは少しばかり苦笑を浮かべるがすぐに真面目な表情を浮かべると言う。


「いや、一日でも早くそのシュレイという騎士を保護しないとまずい」


 アルトは即座に返答する。


「アルトの言う通りよ。今回の件は時間との勝負よ。このままだとシュレイが殺される可能性が高いのはあなた達もわかっているでしょう?」


 ベアトリスの言葉にヴェル達も頷く。


「とりあえず、話は終わりだ。手続きは俺達がやっておくから君達は自分達の準備をしてくれ」

「はい、わかりました」


 エリスはそう返答すると立ち上がりアルト達に一礼すると全員に向けて言い放った。


「みんな、聞いた通りよ。条件を整えるのは両殿下に任せて私達は旅の準備をすることにしましょう」

「そうね。確かに私達に出来る事はそれね」


 エリスの言葉にヴェルも立ち上がる。


「アディル、いくわよ」

「ああ……」


 ヴェルの言葉にアディルも立ち上がる。ヴェルに叱られた事で沈黙していたのだが、意を決したようにアルトとベアトリスに頭を下げ二人に言う。


「えっと……頼みを聞いてくれてありがとうございます。よろしくお願いします」


 アディルの感謝の言葉にアルト達は笑顔を浮かべる。アディルの感謝の言葉はありふれたものであったがアルトとベアトリスは妙に心地良かった。アディルの感謝の言葉は縋る者のものではなく、かといって王族に媚びるものでもなかったのだ。アルトとベアトリスはアディルの感謝の言葉は王族としての自分に向けられたものではなく、アルト、ベアトリス個人に向けられたものであると感じたのだ。


「ああ、任せてくれ」

「うん、明日の午前9時にこの公文書保存局に来てくれ」


 二人の言葉にアマテラスのメンバーは頷くとそれぞれ二人に礼を言って局長室を退出するのであった。



  *  *  *


 アマテラスのメンバーが退出した後、局長室に残ったアルト、ベアトリス、アルダートはそれぞれの表情を浮かべている。

 アルト、ベアトリスは満足気な表情、アルダートは苦言を二人に呈しようとしている表情である。


「何か言いたいことがあるのか?」


 アルトの言葉にアルダートは待ってましたと言わんばかりに頷くと返答する。


「もちろんです。あのアマテラスの持ち出した条件だけで殿下達が動くには十分すぎるものであったはずです。そこにあの少年の本心を聞き出そうとするのはお戯れが過ぎます」

「そうか? 私としては彼の為人を知るという事から考えれば十分意味があったと思うぞ」

「私もそう思うわ。私達を上手く利用しようとしているだけかも知れない以上当然の事だわ」


 アルダートの質問に二人は即座に答える。


「殿下達は彼らが利用しようとしているわけではないことを察していたはずです」


 アルダートの言葉に二人は露骨に視線を外した。その反応こそがアルダートの問いかけが事実であることを物語っている。アルダートはじっと二人を見ており視線を外すことはない。室内に気まずい雰囲気が漂いしばらくしてアルト達は音を上げた。


「わかったよ。確かに彼らが私達を利用しようとしているわけではないことはすぐにわかってたよ」

「私もよ」

「それならあまりお戯れになるのはお止めください。交渉の席を立たれた事も何度かございましたでしょう?」

「でもあれは結果的に利益を失うような事は無かったぞ。それどころかトータルで見れば明らかに煽った結果の方が得るものが大きかったぞ」

「その代わりに手間が倍以上になりましたな」


 アルダートの即座の返答にアルトは言葉に詰まる。


「まぁ、結果的にレムリス侯爵家に一撃加えられるという事で良いじゃない。アルダート、あなたの責任で二人選出しなさい」


 ベアトリスが旗色が悪くなった事を察し、露骨な話題そらしを行う。アルダートとすればその事は十分に理解しているのだが仕事の話である以上無視するわけにはいかないのだ。


「それでは私達はこれから父上の元に行き条件を整える事にする」

「承知しました」


 アルトとベアトリスはアルダートの返答を聞くと立ち上がるとそのまま局長室を出て行く。


 ガチャ……


 扉を開けた所でアルトは立ち止まると振り返ることなくアルダートに告げる。


「それではまた明日な」

「アルダートまた明日ね♪」


 アルトとベアトリスの言葉にアルダートは一礼すると二人はそのまま局長室を出て行った。


「ん?」


 アルダートはそこで二人の最後の言葉を思いだし何かしら引っかかる事を感じたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る