移動⑧

 アディル達はレシュパール山へ向かって出発する。この段階でアディル達は馬車での移動を行っている。元々アディル達がいつものように馬車をエスティルに作らなかったのは灰色の猟犬グレイハウンドを警戒していたからである。すでに灰色の猟犬グレイハウンドの危険性が大幅に下がった以上、普段のアマテラスの移動方法をとることになったのだ。

 その場で馬車を作り出したアマテラスに灰色の猟犬グレイハウンド、レムリス侯爵家の騎士達は呆然としていた。あまりにも自分達の常識とかけ離れた行動に思考が追いつかなかったのだ。


 エスティルはもう一台、荷車を作り出すと自分達の馬車と連結すると後ろに灰色の猟犬グレイハウンドと騎士達を載せて・・・運ぶ事にした。縄で両手を拘束されており完全に荷物扱いであった。だが彼らがアディル達に行おうとした事を考えれば人権云々を主張することは出来ないだろう。

 灰色の猟犬グレイハウンドと騎士達は交代しながら荷台に乗り込みレシュパール山へと移動する事になったのだ。

 

「それにしても灰色の猟犬グレイハウンドの連中にかけた呪いは中々凶悪ね」


 アディルの隣に座ったエスティルがアディルに灰色の猟犬グレイハウンドにかけたという呪いについて尋ねる。するとアディルはニヤリと笑う。


「ああ、あれか。あれはただの幻術の一種だよ。実際はただ文様があいつらの額に張り付いているだけさ」


 アディルの返答にエスティルが驚きの表情を浮かべアディルに尋ねる。


「なんでそんな事を?」

「俺の呪術は目茶苦茶手間がかかるんだ。四人分やるだけで三日はかかる」

「コスパ悪すぎるわね」


 エスティルが納得の表情を浮かべる。確かに四人に呪いをかけるだけで三日もかかるなどという事になればコストパフォーマンス的にまったく見合わないのだ。


「それで幻術をかけたというわけさ。今のあいつらは俺の術が自分達の常識と大きく異なっていることからちょっとした嘘でも信じてしまうような精神状態だ。間違いなく俺達への敵意、悪意を抑えるのを必死におこなっている所だろうさ」

「なるほどね。確かに私達は圧倒的な実力を示してあいつらを抑えている……そして、私達の使う術が不明という事がさらに奴等を縛る鎖になると言う事ね」

「そういう事だ。俺があいつらに言った言葉はあいつらを縛る。それがもし嘘だとバレても関係ない。あいつらの中で俺達は強大な敵となっているから、逆らうという選択肢を取る可能性は一気に小さくなるさ」


 アディルの言葉にエスティルは納得の表情を浮かべると小さく頷き、背後の連中に視線を送る。現在は灰色の猟犬グレイハウンドが荷台に載り、レムリス侯爵家の騎士達が馬車の周囲を囲んで歩いているという状況だ。


「ねぇアディル、地図によればあと四日でレシュパール山に到着なんだけど、とりあえず麓の村には寄るつもり?」


 エスティルが地図を広げながらアディルに尋ねるとアディルはこくりと頷く。情報収集は基本である事から当然立ち寄るべき所である。


「もちろんだ。情報収集は基本だからな」


 アディルの言葉にエスティルは思案顔を浮かべる。その表情を見てアディルはエスティルに尋ねる。


「何か心配事か?」

「……うん。ひょっとしたらだけどね。その村がすでにない可能性があると思ってね」


 エスティルの言葉にアディルは訝しがる。そして、エスティルの言葉の意味を考えるとうに納得の表情を浮かべた。


「確かに……可能性はゼロじゃないな」

「でしょ? 魔物達がレシュパール山から逃げ出したとしたらすでに村を捨てて非難している可能性があるわ」


 エスティルの言葉にアディルも頷かざるを得ない。レシュパール山に魔物達の移動の原因となる何者かがいたとしたら当然ながら人間も移動(避難と称した方が的確かも知れない)している可能性は十分にあるのだ。


「となると……村での情報収集はないと考えた方がいいか」

「そうね。あんまり当てにするのは止めておいた方が良いわね」


 エスティルの言葉にアディルは頷く。村があれば幸運というぐらいに割り切った方が今回は良さそうだとアディルは判断して一行はレシュパール山へと向けて進んでいった。




  *  *  *


 四日間の行程を経てアディル達はレシュパール山へと到着する。この四日間でゴブリン、オーガ、オークなどの亜人種達の襲撃を何度も受けたが幸いにも犠牲は出なかった。人格に問題はあるとは言え灰色の猟犬グレイハウンドやレムリス侯爵家の騎士達もどうやら水準以上の実力を有しているのは間違いなかった。

 水準以上と言えばシュレイは騎士達の中で最も実力的に優れていた事はアディル達を驚かせた。シュレイの実力はムルグ達と戦ってもひけを取らないどころかやや上回っているというのがアディル達の見立てであった。


「あのシュレイという騎士……雑魚じゃないな」


 アディルは馬車の御者台に座りながら隣に座るヴェルに言うとヴェルも同意とばかりに頷いた。


「そうね。品性はともかく実力は凄いわね」

「ああ、シュレイはあの若さであれほどの実力を有しているのだからもっと良い主君に仕えれば良いのにな」

「まぁレムリス侯爵家に仕えるぐらいだからどこか人格的におかしいんじゃないの」

「あいつもお前に嫌がらせしたことあるのか?」


 ヴェルの忌々しげな返答にアディルは尋ねる。するとヴェルは即座に首を横に振る。


「ううん、直接会ったことはないわ。今回が初対面よ。でも私達を罠に嵌めて殺そうとした連中なんだからまともな騎士なわけないわ。アディルもあいつらが私達を嬲り殺そうとしていたという話を聞いたじゃない」

「まぁな、灰色の猟犬グレイハウンドの連中から話を聞いたときはうっかり殺しそうになったよ」


 アディルは思い出したように苦い声を発する。灰色の猟犬グレイハウンドがどのようにヴェル達を嬲り殺そうとしていた事が白状されたときにアディルは自然と腰に差してある“天尽あまつきの柄に手が触れていたぐらいである。エスティルが手を握らなければ灰色の猟犬グレイハウンドの首は今頃、地面に野晒しになっていた事だろう。 


(はぁ……あいつら・・・・と一緒にされるのは正直嫌だな……)


 シュレイがアディルとヴェルの会話を聞き、苦虫を数百匹まとめて噛み潰したような表情を浮かべている。アディル達を殺すというのまでは気が進まなかったが何とか任務であると実行する事が出来たのだが、流石に嬲るというのは承服できない。シュレイの不信感はレムリス侯爵家との決別を考えさせている段階まで来ていると言えた。同僚の騎士達をあいつら・・・・と心の中で読んでいるのはその現れであった。


(俺の同僚もそれをやろうとしていたと言う話だし、自分の同僚もクズかよ……いや、俺もこいつらから見れば同じ穴のむじなか……)


 シュレイは自分は違うとアディル達に反論したかったのだがその気持ちをぐっと呑み込んでいた。被害者の立場(実際は粉砕したのだが)であるアディル達からすればシュレイも自分達の尊厳を最低の方法で踏みにじろうとした者達の中まである事に違いないのだ。

 そう思うとシュレイの胸中には黒いおりが溜まっていき心を重くしていた。


「はぁ……」


 シュレイの口からもはや何度目かのため息が漏れていた。


(ヴェルは納得しないだろうがあいつはまだ引き返すことが出来るかもな)


 アディルはシュレイがため息をつく度にそのような事を思い始めていた。


「あ、村が見えてきたわよ」


 ヴェルの言葉にアディルは自分の思考の世界から戻すと視線を向ける。視線の先には村の入り口が見えていた。

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