移動⑥

 戦いを終えたアディル達は灰色の猟犬グレイハウンドとレムリス侯爵家の騎士達に簡単な治癒を施すと尋問を開始することになった。ちなみに腕や足の欠損についてもアグードに治癒させて欠損を免れている。

 治癒が終わり全員の意識が戻った所(正確に言えば水をぶっかけて無理矢理目を覚まさせた)でアディル達は尋問を始める事にした。

 灰色の猟犬グレイハウンドと男達はアディル達の前で静かに座らされている。その表情には、自分達の置かれた状況に対して不満が充ち満ちていた。


「さて、お前達がヴェルを狙っている事は当然理解している。しかもエリスを人質にとった事でお前達が俺達を嬲り殺そうとした事も当然ながら理解している」

「……」


 アディルの言葉に灰色の猟犬グレイハウンドと男達は沈黙で応じる。アディルのような年端も行かぬ少年に脅されヘコヘコするのは我慢できないのだろう。その事を理解しているアディルは無視して言葉を続ける。


「そんなお前達に容赦をするつもりは一切無いと俺は思っている。当然お前達自身も情けを受ける立場ではない事は納得してもらえるだろう」


 アディルの言葉に捕虜となった男達は一気に顔を青くする。アディル達が自分達を治療したのは自分達に何かをさせるつもりである事を察したのだ。


「待ってくれ!!俺達はこいつらから頼まれただけなんだ!!」


 そこで身の危険を感じたムルグが男達を指差して叫ぶ。


 ドゴォ!!


 ムルグが叫び終えた瞬間にアディルの蹴りがムルグの顔面に入る。凄まじい威力でありムルグは数メートルの距離を飛ぶと地面を転がった。地面に転がっているムルグは再び意識を失う事になったのだ。

 その光景を見て全員が冷たい汗を流し始める。たった今放たれたアディルの蹴りを見切ることが出来たものは男達の中に誰もいなかったのだ。


「俺がいつお前達に発言を許した? 先程は確かに弁解なら後にしろと言ったがまだ許した覚えはないぞ」


 アディルの言葉に男達はゴクリと喉を鳴らすとアディルを見る。


「どうやらお前達はようやく自分達の命を握っているのが誰か理解したようだな。俺達がお前達に望んでいることは俺達の駒となってもらうだけのことだ。簡単だろう?」


 駒という言葉に男達は言葉を失う。ここまでお前達は駒として扱うと断言されてしまえば二の句を告げる者はむしろ少数派であろう。


「でも駒にしてこいつらに何をさせるつもりなの?」


 そこにエリスがアディルに尋ねる。エリスの口調も言葉もアディルが男達を駒扱いする事を責めるものではない。エリスにしてみれば人質にされそうになった以上、この男達に容赦する理由など一切無い。


「ああ、気になる事があるんだ」

「気になる事?」

「王都の近くにオーガ達が現れた事だよ。しかもオーガ達はゴブリン達との戦闘を行っていた」

「確かに王都の近くで亜人種達が現れしかも戦闘を行うというのは珍しいわね」

「だろ? しかも最近に軍が大規模に魔物の討伐を行っているから、しばらくは王都の近くに魔物が出る可能性は低くなるはずだろ?」


 アディルの返答にエリスだけではなくヴェル達も納得した様に頷いた。確かに軍が王都の周辺を大規模に魔物の討伐を行っていた。そこで軍が敗れたという話は一切聞かないし軍の放つ雰囲気も緊張を孕んだものでは無かった。

 軍が敗れていたりすればその緊張は王都に住む者達も感じるものであるし、噂に一切昇らないという事はあり得ない。

 

「じゃあ今回の現れたオーガ達はこの周辺に住んでいた魔物達ではないと言うこと?」


 エスティルの言葉にアディルは頷く。


「確かな事は言えんが、あのオーガ達が元々住んでいた場所に何らかの理由があって住めなくなっていたとしたら?」

「何らかの理由……」

「オーガロードが戦闘ではなく逃亡を選択するほどの何者かがこのヴァトラス王国にいる可能性があるとは言えないか?」


 アディルの声と表情にはアディルが何者かの存在に対して恐れているのではなく楽しみにしていることをヴェル達は察した。


「なるほどね……アディルの目的にその何者かが叶う可能性があるわけか……」


 アリスがそう呟いて少しばかり考え込むとしばらくしてアディルを見てニッコリと笑いかける。


「いいわ。付き合うわよ♪」


 アリスの言葉にアディルは嬉しそうに顔を綻ばせるとアリスの手をとってうんうんと頷く。


「さすがアリス!!わかってるな!!」

「ふ、ふん。もちろんよ私は理解ある女というやつなんだからね」


 アリスは動揺を隠しながらアディルに返答するがアリスの頬は赤く染まっておりアリスが照れていることは誰の目にも明らかである。


(う~む、勢い余って手を握っちゃったけど……大丈夫だよな?)


 アディルはアリスが照れた事を異性に余り慣れてないためと判断したために嫌われてないよなと不安になっていたのだが、女性陣はアリスが照れているのはアディルに手を握られたからである事を当然の如く察している。


(((アリスったら中々やるわね)))


 ヴェル達三人がアリスにジト目を向けるとそれを察したアリスは少しばかり照れた表情を浮かべるがすぐにしてやったりというドヤ顔を三人に向ける。四人の仲は悪いの対極にあるといって良いがそれでもことアディルに関する事であれば張り合うようになっているのだ。


「アディル、もちろん私も付き合うわよ!!」

「もちろん私もよ!!」

「私だって付き合うに決まってるわよ!!」


 ヴェル達の言葉にアディルは嬉しそうな表情を浮かべた。


「ああ、もちろんだ。俺達はチームだからな一蓮托生ってやつだ」


 アディルの言葉にヴェル達は嬉しそうな表情を浮かべるがヴェルが口を開く。


「でもアディル……原因を探ると言ってもどうやるの?」

「そうね……当てでもあるの?」


 ヴェルとエリスがアディルに尋ねるとエスティルとアリスも同様にアディルに視線を向ける。


「ああ、とりあえずは当初の予定通りレシュパール山へ向かおうと思っている」

「どうして?」


 アディルの返答にアリスが首を傾げながら尋ねる。レシュパール山へと向かうのは確かに当初の予定通りなので別に問題はないのだが、なぜそこなのかという根拠があれば知っておきたいと思ったのだ。


「今回の依頼は灰色の猟犬グレイハウンドが俺達を殺すために作り出した架空のものじゃなく本当の依頼だ。しかも受任条件が“プラチナ”クラスのハンターが一人はいる事という条件付きだ」

「……確かに」

「何かあるとは思えないか? しかもレシュパール山に住む魔物達は結構な強さなんだろ?その魔物達が移動したからその周囲にいる魔物達も……」

「ここまで流れてきた……」


 アリスの言葉にアディルは首肯する。


「あくまで仮定の話だがとりあえずレシュパール山に行くしか現時点では選択肢がないんだよ」


 アディルの言葉に女性陣達は頷く。根拠としてはかなり薄いものであるが、あてもなく探し回るよりも可能性がまだマシと言えるだろう。


「とりあえず……と言う事ね」

「まぁそういう事だ」

「良いんじゃない。どっちみちレシュパール山の調査は行わないといけないんだから、ただ働きというわけじゃないわよ」


 エリスの言葉に全員が頷く。依頼自体は本物である以上、必ず宝珠を得ることが出来るのは間違いないのだ。アディルの目的と報酬の発生という条件が揃った以上、アマテラスがチームとしてレシュパール山に向かわないという選択肢はないのだ。


「それじゃあ、話は決まりだな。こいつらを駒にしてからレシュパール山へと向かうとしよう」


 アディルの言葉に全員が頷いた所で、アディルが声を上げる。


「ところで、いつまでそこにいるんだ? さっさと逃げるなりクズ共を助けに動くなりした方が良いんじゃないか?」


 アディルが突如声を上げた事に対してヴェル達は驚いたりはしない。アディルが声をかけた相手の気配をヴェル達も当然ながら察していたのだ。


 ガサリ……


 草をかき分ける音が鳴った方向を見ると一人の少年が立っていた。

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