第25話 竜姫③
「良いと言ったのかな?」
ベンの言葉にアディルは頷く。
「但し、俺達も命を懸けるのだからあなた達も半端な条件はなしにしてもらいたい。報酬はいくら出す?」
アディルの言葉にベンはゴクリと喉を鳴らす。アディルの視線と声には有無を言わさない力が含まれている。たかだが十五、六の少年とは思えない力強さであった。別の言い方をすれば気圧されたと言っても良い。
「金貨十枚だ……残念だがこれ以上は出せない」
「受けた」
ベンの言葉にアディルは即答する。その事についてヴェル達は何も言わない。その辺の事はアディルの判断に任せようと思っていたのだ。もちろん吸血鬼ヴァンパイア討伐に金貨10枚というのは全く足りない。相場では金貨三十枚と言った所だ。もちろんこれは真祖の吸血鬼トゥルーヴァンパイアを想定したものではない。真祖の吸血鬼トゥルーヴァンパイアならば金貨三百枚を見るべきだろう。
「え?」
アディルの即答に驚いたのはベンとジルだ。実際に相場より遥かに下回る額の提示であるため断られる事を覚悟していたのだ。
「良いのか?たった金貨十枚なんだぞ!?」
ジルはやや戸惑いながらアディルに尋ねる。
「ああ、それで良い。村長はこれ以上は出せないと言った。俺はそれを信じる。もし命がかかっているこの状況で俺達を騙くらかそうというようなゲスじゃないだろう?」
「も、もちろんだ。だが、俺達が出せるのは金貨十枚が限界だとなぜわかる?」
ジルの言葉にアディルは澄ました顔で答える。
「知るわけないだろう。俺とすれば提示された額を真実ということに懸けるしかない。もし村長がウソをついて俺達を欺していたのなら俺が甘かっただけのことだ。そして二度とこの村の人達を信じる事はない。遠慮無く見捨てるよ」
アディルの言葉にジルもまたゴクリと喉を鳴らす。アディルは脅しとして言っているのではない。本心から言っていることを察したのだ。アディルの言葉にヴェル達もまた一切反論しないところを見るとアディルの言葉に賛成していると言える。
「どうやら納得していただけたみたいですね」
先程とは打って変わって丁寧な口調でアディルはベンとジルに語りかける。その変わりようにベンとジルは明らかに困惑しているが、アディルはそのまま話を続ける。
「それじゃあ契約は成立したという事で、次は村人の避難についてですがどこか一箇所に集まるかここから離れるかしてください」
「村の中心部に集会所がある。そこなら全員を収容できるだけの広さがある」
「わかりました。ではそこに村の人達全員を集めるようにしてください。それから食糧、燃料などを自活できるようにしておいてください」
「わかった。村人達への説明は儂がしよう」
「お願いします。その吸血鬼ヴァンパイアがどれほどの強さか未知数である以上、俺達とすれば村人を守る余裕はありません」
アディルの言葉にベンもジルも頷く。アディルの言葉は完全に正論でありその点についてベルもジルも抗議を行うつもりはないようだ。
「吸血鬼ヴァンパイアとの戦いで避難所に危害が及ばないように防御陣を施します。ですが当然ながら、それは安全を保障するものではありません」
「わかった。それだけでも助かる」
「それでは、避難所には明日にも俺達が防御陣を施しておきます」
アディルは毅然とした態度で言う。アディルの態度にベンとジルは安心したような表情を見せ始めた。
「よろしく頼む。ところであんた達のランクは何か教えてくれないか?」
「俺はスチールです」
「え?」
「私もスチールです」
「は?」
「私はゴールドです」
「……」
「私はハンターじゃありませんよ」
「……」
アディル達の返答にベンとジルは一転して不安そうな表情を浮かべた。アディル達が低ランクハンターである事がわかって途端に不安になったのだろう。
(さて、これでこの二人はどう出るかな……)
アディルはベンとジルがここでどのような行動に出るかでこの村の運命が変わると考えていた。ここで横柄な態度に出るのであれば契約を破棄する事も辞さないつもりである。
「そうか、済まないがランクの事は村のみんなには黙っていて欲しい」
「わかりました。当然の処置だと思います」
「それから報酬は成功報酬という形にしてもらいたい」
「そちらも当然の事です」
ベンの提案にアディルは即答する。ベンの立場からすれば当然の要望であり、それに異論を唱えるほどアディル達は狭量ではない。
「エリック、マーゴお前達もこの事は黙っていてくれ」
ベンは宿屋の夫婦に言うとエリックとマーゴは静かに頷く。
「それで吸血鬼ヴァンパイアが来るのはいつなんですか?」
アディルの言葉にベンは重々しく口を開く。
「次の満月……つまり五日後だ」
「逆に言えば、あと四日も準備期間があるわけですね」
「確かにそうとも言えるが……」
アディルの言葉にベンは歯切れ悪く返答する。アディルの言葉は楽観的に過ぎるように感じたのだ。
「いずれにせよ。あなた達は俺達にこの村の命運を託したのでしょう。俺達はそれに答えるために全力を尽くすだけですよ」
「そうか。確かに今、この村にいるハンターは君達だけだ。君達に託すしかない。頼むよ」
ベンはそう言うと立ち上がり扉に向かって歩き出す。アディル達も立ち上がり村長親子を見送った。
「さて、それじゃあ部屋で作戦練ろうか」
アディルはそう言うと颯爽と二階に上がっていく。そのう白をすぐに三人が付いていった。
「さて……」
部屋に入り三人がベッドに腰掛けた所でアディルは三人に対して頭を下げた。その光景に三人は驚きの表情を浮かべる。
「まずは勝手に話を進めてしまってすまない。みんなの意見を聞かなくてゴメン」
「ううん、それは良いのよ。どのみち吸血鬼ヴァンパイアを野放しには出来ないしね」
「そうそう、当然勝算はあるんでしょう?」
アディルの謝罪に対してヴェルとエリスが即座に答える。あの場で二人が口を差し挟まなかったのはアディルが勝算無しに行動する事は無いという思いからである。実際にエルガスト達との戦いも作戦を立てそれを実行した結果、勝利を得たのだ。
「ああ、まずは竜姫りゅうきをこちらで保護しよう」
「竜姫を?」
「ああ、吸血鬼ヴァンパイアの狙いはその竜姫だ。理由は分からないがその竜姫と組む事は俺達にとって大きな利益になる。竜姫から情報を得よう」
「でも竜姫ってどこにいるかわかんないわよ」
「それはもちろんだ。と言う事で同時並行で単体で吸血鬼ヴァンパイアと戦う事も想定しようと思う」
アディルの言葉に三人は顔を見合わせる。
「竜姫は俺が探す。式神を周囲に放てばかなり時間を短縮できるはずだ。みんなはその間にこの村の防備を固めてくれ」
「それなら五日間でかなり有利な状況がつくれるわね」
ヴェルの返答に全員が頷く。
「状況は俺達が圧倒的に有利だ。吸血鬼は俺達がいることを知らないが俺達は吸血鬼が来る事を知っている……あり得ないレベルの有利さだな」
アディルの言葉に三人は力強く頷いた。
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