第23話 竜姫①

 ガタゴト……


 一つの馬車が街道を進んでいる。その馬車に乗っているのは四人、もちろんこの四人はアマテラスの面々であり、御者席に座っているのはアディル、後ろの馬車の部分にはヴェル、エリス、エスティルが座っている。下には厚めのクッションが置かれておりまったく苦になっている様子はない。

 “アマテラス”がエイサンの街を出発してすでに二日目であり、今日中に間違いなく麓の村に到着する予定であった。

 本来徒歩であれば三日かかる道のりであるが、二日で済んだのはやはり馬車による移動のおかげであるといわざるを得ない。

 馬車は当然高価なものであり、一介の冒険者、しかも駆け出しには決して手の届かないものである。にも関わらず彼らが馬車で移動できているのには理由があった。実はこの馬車はエスティルが作った物であり、馬はアディルの式神なのだ。

 エスティルがアディル達と出会った時に兜を粒子にした事を思い出したエリスがその旨を尋ねた時に、エスティルから説明を受けた。エスティルの説明によると自分の身につけている全身鎧フルプレート、兜は自分の魔力を物質化したものであったのだ。それは任意に物質化させたり、解いたりすることが出来るとのことであった。

 それを聞いたエリスが、エスティルに馬車の部分を作れないか聞いてみたところ、エスティルは多少の練習の結果、馬車を作り出すことが出来たのであった。

 そして、馬は当然アディルの符術により生み出された式神が引いており、維持費はまったくかからない。本物の馬であればエサも必要なのだが式神であればそれも必要ない。

 アディルの式神とエスティルの魔力の物質化能力という二人の特技によりアマテラスは馬車を無料で手に入れる事になったのだ。しかも維持費もまったくかからないという優れものである。

 もちろん、エスティルの物質化も完全無欠というわけではない。エスティルの体から切り離されたものは強度が一気に落ちてしまい実用に耐えられなくなってしまうのだ。そのため、今回の馬車もエスティルが乗っていないとシロアリに食い潰された木材のようにボロボロに崩れ去ってしまう。


「今回の旅がこんなに快適なのはエスティルとアディルのおかげね」

「そうね、二人様々よ♪」

「えへへ~もっと私を褒めて良いのよ♪」


 ヴェルとエリスの言葉にエスティルは本当に嬉しそうな声を出す。現在、エスティルは無骨な鎧と兜を装着していない。黒を基調とした柔らかな感じの服装である。全身鎧フルプレートを身につけていないエスティルは出るところ出て引っ込むべき所は引っ込むという完璧なプロポーションであった。


「確かにな、エスティルが仲間に加わってくれたおかげで今度からこの快適さが続くと言うのは嬉しいな」


 アディルが御者席から言うとエスティルはまたも顔を綻ばせる。


「えへへ、さぁもっと私を褒めるのよ♪」


 エスティルはそう言うとえっへんと胸を張るとアディル達も楽しそうに笑う。エスティルはこの数日ですっかり馴染んでおりアディル達との関係も良好である。


(しかし、エスティルは皇族という立場なのにここまで気さくなんてな。そして褒められ慣れているはずなのにこの反応から考えるとエスティルは国で辛い立場にあったのかもな)


 アディルはエスティルの振る舞いをそう推測する。皇族として周囲の者に傅かしずかれているはずであり当然ながら今のようなアディル達の言葉は聞き慣れているはずなのにこの喜びようは国でのエスティルの扱いが悪いのではと思ったのだ。


「あ、そうだ。エスティル。もうすぐ村なんだが角は隠しておけよ」

「わかってるわ」


 アディルの指示をエスティルはあっさりと了承する。そこには一切の不快感は感じられない。エスティルのこの返答だけで彼女が柔軟な思考を持っているのがわかるというものだ。


「お、村が見えてきたぞ」


 アディルがそう言うと三人の視線が進行方向に注がれる。すると進行方向の先に村が見えた。村の周囲には柵がぐるりと取り囲んでいる。簡単な柵ではあるが防備はキチンとしているようである。


 後ろにチラリと視線を移すとすでにエスティルは自らの魔術で幻術をかけていた。エスティルの角が消えるとチラリと仲間達に視線を移した。


「これで大丈夫?」

「うん、大丈夫よ」

「私にも見えないわ」

「よし♪」


 エスティルの言葉にヴェルとエリスがすかさず返答する。実際にエスティルの側頭部に生えていた角は見えなくなっており、エスティルはものすごく美形の少女であるという事を除けば普通の人間にしか見えない。


「よし、それじゃあ今日は村に入って明日、魔女の所にむかうとしよう」

「「「賛成~♪」」」


 アディルの言葉に三人は嬉しそうな言葉を発する。アマテラスの旅は他のハンター達に比べて遥かに快適だ。テントを持ち運ぶハンターというのはかなり少数派であり、ほとんどのハンター達は野宿である。それに比べれば遥かに快適なのだが、それでもきちんとした宿屋での宿泊には及ばないものなのだ。


 ガタゴト……


 アディル達が村の入り口に来ると二人の村人がアディル達の所にやってくる。二人とも手に槍を持っており、かなりの警戒感があった。


(何かあったのか?)


 アディルは物々しい状況に少しばかり気を引き締める。それをヴェル達も察したようであり三人もアディル同様に気を引き締める。


「お前達は何の用でこの村に来た?」


 不信感をむき出しにした言葉にアディル達は正直不快感を持ったのだが、ここでこの二人を蹴散らしても意味が無いどころか不味い結果にしかならないために努めて平静を装いアディルは二人に返答する。


「俺達はハンターだ。この山に住んでいる魔女からポーションを仕入れるためにやって来たんだ」

「ハンターだと?」


 アディルの返答に男達はチラリと視線を後ろの三人に向ける。


「後ろの三人もか?」

「いや、そこの銀髪の子はハンター試験をまだ受けてないから、正確にはハンターとは言えない。だが、他の三人はハンター試験に合格しているからちゃんとしたハンターだ」


 アディルは正直に返答する。ここでエスティルの正体をバラす必要はないがハンターであるとウソをつきバレた場合は面倒な事になるのだ。


「ハンターならライセンスがあるはずだ。提示してもらおう」

「ああ、ちょっと待ってくれ」


 男の言葉にアディルとヴェル、エリスは懐からハンターライセンスを取り出す。ハンターライセンスは身分証明書としても使われている。当然ながら偽造できないように特殊な術式が込められており、ライセンスの背面にハンターギルドの紋章エンブレムが浮き出るようになってるのだ。


「ほら、これだ」


 アディルがハンターライセンスを男に手渡すと男は受け取り背面を確認する。すると男はやっと警戒を解いた。


「確認した。疑って済まなかったな」


 男はペコリと頭を下げる。素直な謝罪が来たのでアディル達も慌てて頭を下げる。


「いえ、随分と物々しいのですが何かあったのですか?」

「ああ、実は吸血鬼ヴァンパイアが妙な警告を村に発したんだ」

「妙な警告?」

「“竜姫を差し出さないとこの村を滅ぼす”という警告だ」

「竜姫……ですか?」

「ああ、竜姫なんて俺達は何の事かまったくわからないんだ。だから何とかしようと村人総出で竜姫を探してるんだが……」

「見つからないと?」

「そういう事だ」


 男はそう言うと小さくため息をつく。


 二回目の任務もやっかいな事になりそうであった。

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