#13 鈍い死神と、敏い死神

「実はね、今回の歓迎会には、わたしにとって大きな意味があるの」


 厨房に入ったシェドに、シャンネが話しかけた。


「大きな意味、ですか」

「ウラナは実は、わたしの養子でね」

「えっ」

「親のいなくなったウラナを、ペルセフォネさんと二人がかりで育てたの」

「そうなんですか......」

「まあ、ウラナに会ってみるといいわ。ショートカットヘアは好き?」

「まあ、好きかな......」

「たぶん長い方がいいかな、って思ってる顔ね。でもウラナにもレイナとは違う魅力があるから、ゆっくり相手を探すといいわ」

「え、そういう話だったんですか?」

“いや、そんな気もしたけど......”

「ああ、その前に、美女たちに囲まれる羽目になるかも」


 厨房に入ると、若い女死神がたくさんせっせと働いていた。

 やがて一人、二人と、シェドの存在に気付く。



「えっ、待って、あの人超かっこよくない!?」「顔がいい!」「ホントだ」

「ねえ誰から先に行く?」「ナイル、行ってよ」「いやいや、ラインが先だってば」

「ユーフラテス先輩お願いします!」「うーん、じゃあラインが行くべきかな」「えーっ、何とかしてよレナさーん」「ライン、分かってる? あなたこそ、貴重な実験台なのよ。華々しく散ってきなさい!」「散ること前提!?」



「なあ、何話してんのアルバ」


“お前に誰が話しかけに行くか、決めてるところだ。……お、どうやらラインというやつが来るみたいだ。…お前、連絡先交換くらいは快諾しろよ”


「分かってる。せっかく年の近い女の子と話せるかもしれないのに、断る理由はない」



「あ、あの!」


 もじもじしながら、その子がやってきた。


「……えっと…その、つ、付き合って下さい!」



「えっ!?」“え?”「「「ええーーっ!?」」」



「いや......あの、無理」

「そっ、そんなっ……」


 しょんぼりして集団の方へ戻っていった。


“ちょっとひどいことしたな”

「まさかすぎるだろ、いきなり告白なんて」

“お、また何かしゃべってるぞ”

「再現して」


“『ちょっと、何やってんのよ! 誰がいきなり告白していいって言ったの!』

『そ、そういうことじゃないんですか?』

『当たり前でしょ? 普通連絡先交換で近づくんでしょうが! これだからド素人のラインは…』

『じゃ、じゃあレナかナイルが行って』

『いいわ、二人で行ってあげる』

……と、まあこんなところか。ほら、二人来ただろ”


「お前、耳いいな」



「ちょっと、お時間いいですか」


 その二人はシェドのヘッドホンのような通信機を奪い取った。


「おい、ちょっと......!」

「ほら、困るって言ったでしょ、シェドくん」

「シャンネさん......」


 シャンネはなぜか得意顔だった。


「みんなの連絡先、持っておいてあげて。この子たちみんな、今のペルセフォネさんの教え子だから」

「ペルさんの?」



「今ペルさんって言った?」「そう、ペルさん、って」「こんな若い人がそんな呼び方を?」「そんなに先生と親しかったの?」「でもこの人知らないよ」「ル・シェドノワール・アラルクシェ・アルカロンドさんだって。237歳だって」「あ、意外と歳いってるなあ。でもいいよ。私年上好み」「またまた~」「っていうか237歳なら、ウラナさんやレイナさんと一緒ぐらいじゃない?」「うわーっ、ウラナさんとレイナさんかあ、負けるなあ。あの二人に好かれたらもう勝ちっこないよ」



「そんなその二人ってすごいの?」

「「「ええ、もちろん!!」」」

“……政略結婚的な意味じゃないか?”


 アルバがそう言った。


「お前っていつも、そういう人間の暗いとこ見てる気がするんだけど」

“ずいぶん失礼だな。王宮に仕えていたらひねくれたんだ、悪かったな”

「権力的な意味じゃなくて、容姿や性格がすごいんですよ! 私たちのあこがれです」

「特にレイナさんは冥界三大美女の一人! それでいて彼氏いた歴なし! 理想じゃないですか?」

「はあ……」

“ついていけてないだろ”

「だって二人とも知らないし」

「悪いけどみんな手を動かして! ウラナとクルーヴちゃんがこっちに戻ってくるみたいだから、急がないと」

「「「はーい」」」


 シェドの通信機が返された。


「なんだこれ、まるで女遊び激しい奴のアドレス帳だな」


 そこにはずらりと女死神たちの連絡先が登録されていた。


“そういえばペルセフォネさんに教わるんだったら、この人たちと一緒だろ”

「嘘だろ!?超居辛いな......」


「シェドくんは先に席についてて。お客様だから、ウラナの隣になるけど」

「いいですよ、全然。俺は気にしません」

“問題は向こうだな”



「ただいま、ママの調子は?」

「ただいま戻りましたー」


 大殿に女二人の声が響いた。


「おお帰ってきたか、クルーヴ。急に呼び戻してすまなかったな。すぐ席につけるか」

「ちょっと身支度いるかもー」

「ウラナはどうだ」

「あたしはすぐ行けます」

「分かった」



「あの人がウラナって人か」

“あの赤髪の人な”

「確かにかわいい人だ」



「おーおー、ウラナじゃん。久しぶり」


 マドルテが先に大殿に着いていた。ウラナが白けた顔でマドルテを見る。


「そんな目で見んなよ、別に好意なんかないし」

「じゃあその口調......口説いてるみたいな口調を辞めて下さい」

「それ......僕が手当たり次第口説きまくってるみたいな言い方じゃん、ひどすぎるだろ」



 他にも様々な死神がやってきていた。


「ウラナ、先生に会いに行くんでしょ」

「そうだった」



「クルーヴ、ウラナ」

「ママは?」

「部屋で寝ている」

「分かった」「了解です」

「待て、ウラナ」

「はい?」

「お前は歓迎されるべき身だ。気を煩わせるわけにはいかない」

「煩いません。先生と会わせて下さい」

「だが……」

「あの人は、ただの先生じゃないんです。身寄りのないあたしを引き取って、レイナにも会わせてくれた、大切な人なんです」

「……。」

「行きますね」


「......クルーヴは行け」


「あたしは? なんで?」

「あいつは今までで一番、大事な仕事をしている。邪魔すれば付き合ってはくれるだろうが、……」

「どうしても、と言うなら?」

「この冥界の内乱を、覚悟しろ」

「……!」

「それほどに、大事な仕事だ」

「……分かりました」


 ウラナは、自分の席に戻った。


「もうできますよ、ハデスさん」

「分かった。クルーヴ、呼んでいるぞ」



* * *



 ……妙に気になる。

 今、あたしの右隣に座って、おいしそうにひたすら料理をほおばるこの人が、気になる。

 知らない顔だ。


「失礼、名前なんて言うの」

「うん? ル・シェドノワール・アラルクシェ・アルカロンド。略してシェド。よろしく」


 そう手短に言うと、また料理に向き直った。

 シェド?ということは、この人がレイナの言っていた......


「レイナって人を知ってる?」

「いいや、全然知らない。俺が今住んでる家の家主らしいけど」



(このシェドって男、身の回りはきれいにしているんだろうか)


 思わずシェドをじっと見てしまう。

(見たところきれいに見えるけど…)



(何?さっきからずっと俺のこと見てるんだけど)


(“新手のストーカーって奴じゃないか”)


(茶化してくれるなよ)


(お前の観察だろ。例えば身の回りの汚さとか)


(それは君がいるから大丈夫だ。なあアルバ君よ)


(“俺抜きでもきれいにはできるだろ”)


(まあ、そこそこは)



(顔は…)


 悪いことはない。だが、

(女子という女子が群がるほどでもない…)

少なくとも自分は食いつかない。今のところ。


(レイナがうっとりしてるってことは…内面か?)


でも彼はレイナのことを知らないと言っている。


(……何とも不思議な関係)


 何にせよ、他人が想っている人に手を出すようなことはしたくない。ましてレイナのことだ。彼女に色々と世話になった恩を、仇で返すわけにはいかない。

 あたしはさっさと、料理に向き直った。



(何なんだよ! じーっと見つめられたあげくぷいってされたんだけど!? ぷいって! 俺何か悪いことしたか?)


(“人間観察…この場合は、死神観察か。それが終わったんじゃないか”)



「分かった!」


「な、何が」


「どのあたりが、とははっきり言えないけど、たぶん愛されキャラなのよね!」


「へ?」


「……だからレイナも…」


「何言ってんの」


“……さあな”



* * *



 その夜は結局、酒まで出された。


「あれ、ここっていくつ以上だと酒が飲めるとかあったっけ」

「一応200歳以上とはなっているが……」

「200歳なってないけど酒強いって言われてる人いるもんね」


 そう答えたのは青い髪をした女だ。

 彼女がこちらを振り向いた。


「お? はじめまして。クルーヴ・エミドラウン。このハデスの娘です」

「別に丁寧語は使わなくともよい。相手は年下だ」


 淡々と酒をあおりつつ、ハデスがエミーに言った。


「妙に大人びてるわね......いや子供かも」

「そ、それで、200未満でも強い人って......」


 現世で言えば未成年の酒豪ということだから、尋ねるシェドの声もおそるおそるだった。


「ベガね。ベガ・ボルゴグラード」

「ボルゴグラード? ってことは、アルタイルの子ども?」

「違う、違う。妹。兄貴とは似ても似つかないけど」


 少し酒が回り始めたのか、上機嫌な声でエミーが言った。


「あいつに妹なんか……」

「兄貴は十聖士になるくらいに賢いんだけどね、妹が厄介なのよ」

「この冥界には不良どもを一つにまとめる組織があって、一時期全盛期を誇ってたんだけど、その時の頭領がベガだったのよね」


 ウラナが付け加えた。


「……なんかすごいことは分かるけど......今は衰退してるってことですか」

「いやいや。そういう意味の全盛期じゃなくて。コブとして存在してたのが、色々な既存組織の方に根を張り始めて、どこにそのメンツがいるか分からなくなってるの」

「それマズいんじゃ」

「私もうかつに探せなくて。警察内部にもいるって言われてるからね」


あはは、とまるで冗談のように、笑い混じりでエミーが言った。


「ちなみにさっきのジグって人は?」


 ウラナがエミーに尋ねた。


「確定」


「……どういうこと?」

「あいつはあっち側の人間だっていうこと。ベガの前の頭領はジグだったって、本人が言ってた」

「本当に根、張ってるんですね」


 うんうん、とエミーはうなずいて、続けた。


「当時ベガはジグを目の敵にしてて、ケンカ売ったんだよね。対決は酒を飲んでどっちが先にぶっ倒れるかってことになった。ところがジグも十分強かったんだけど、それ以上にベガの方が強かった。ママが昔作った『ボトル・アイリス』って言う、現世のよりはるかに強い酒を使って、ジグは数杯でぶっ倒れたけど、ベガはその時点で呂律も回ってりゃ顔さえ赤くなってなかった。結局ボトル2本空けて、顔色一つ変えずにその場を去った。ジグはその組織から追放され、皮肉にもベガの代で泣く子も大人もみんな黙る巨大なものになった」


「……で、一番強いのはベガだけど、エミーもだいぶ強い方で、あたしはビール一杯もちょっときついぐらい。今も正直、ちょっと頭痛い」

「確かレイナもちょっと強めだよね」

「ああ、あの人はそこそこだった気がする。ところでシェド?はどうなの」

「……うぐぐ、ろうれすかへ(うーん、どうですかね)」


「……ダメだな、こりゃ」「あたしよりも弱いかもね」


 シェド・アルバ共にベガの話はあまり耳に入っていなかったため、後に中途半端に大事な話なんじゃないかと考え込んだのは、また別の話である。

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