近未来SF精神保健福祉施設伝説〜たぬきの砦

土屋タヌキ乃丞ポン太郎

カルテ①ぷっちたぬきとみーこたぬき

夜空に下弦の月がかかる頃、星のさざめく空の下広がる湖の上を、木々の上を、山肌を揺り動かすように、この季節にしては暖かい風が唸りをあげて過ぎる...、ここは、タミーゾ・レイク。金平糖をばら撒いてオーブントースターでジリジリと照らす様な、サンゴ礁の中から新しい宇宙が生まれるような、そんな夜景!街の灯りのショーケースを見おろした湖に黒い和風の建造物が轟かんばかりに、睨みつけんばかりに聳えていた。縁日のリンゴ飴よりも赤い欄干の月見櫓の横に、安っぽいプレハブ小屋が場違い感満載にくっついていた。小屋にはデカいモンスタータイヤが4本履かせてあり、レールがタイヤの下に延びていた。湖の水音に混じって、赤い欄干の奥から楽しそうでいて妙なる歌声がきこえてくる。ごうごうと吹く風にも負けず、凛々しく可愛らしい歌声に、デジタルでゴージャス感ある伴奏が心地よい。突然!プレハブ小屋の強化ガラス戸がガラッと勢いよく開いて、クリクリした瞳のたぬきが顔を出して、

「おい!みーこ!夜中に歌うなって!艦橋部から言ってきたぞ!」

と言い放った。

マイクを握って熱唱していた可愛いたぬきは頭をかいて、あわてて機械を操作して音楽を止めた。だいだい色の正ちゃん帽のポンポンを揺らして欄干まで駆け寄り、欄干ごと窓の高さまで飛び越えてプレハブ小屋の明かりの中に飛び込んだ、みーこと呼ばれたたぬきは、

「ゴメンね!でも90点出たよ!」

と無邪気に笑った。欄干に囲まれた月見櫓内は、カラオケの機械の他に、書道やら塗り絵やらの道具を収めた棚やちゃぶ台やら事務机やらが明かりに照らされている。

クリクリ目のたぬきがガラス戸を閉めると、櫓の欄干の上から自動的に防弾シャッターが降り始め、櫓の明かりは常夜灯に変わった。プレハブ小屋の中でみーこはクリクリ目のたぬきに抱きついて、

「ぷっちたん!お腹すいちゃったよ!」

と言った。

「わーかったよ!ちょっと待てよ!」

プレハブ小屋の中はロフトベッドやおコタツ、座イスなどがあるフローリングのよくある普通の部屋で、こたつの上には雑然とマグカップやティッシュの箱、書籍やら何やらの薬袋などが置かれていた。勉強机の上にテレビゲームのハンドルコントローラーが置いてある。その机の前の社長イスにちょこんと腰掛けたぷっちたぬきは、災害用のLEDランタンに手をかざした。すると目の前の空間から、画面がぱっと現れた。フレームも何もない画面、だけが光っている。ポチポチと何ヶ所かタップするぷっちたぬき。すると天井からガソリンスタンドのノズルのようなものが降りてきて、それを手に取りトリガーを引くと味噌汁がでてくるらしい。マグカップに注いで、

「ほら、好きな具を入れろ」

と、みーこに手渡すぷっち。みーこは嬉しそうに戸棚から、パックされた、タバコの箱大の薄い具袋を出して封を切ってカップに入れた。

「残してそのへん置くなよ。砦はいつ移動するかわからないぞ」

ぷっちが言った。みーこは美味しそうにワカメの具を食べながらウンウンと頷いた。ぷっちは、

「みーこ、おコタツ広間に行ってみるかい?」

と社長イスからみーこに聞いた。みーこは立ったまま味噌汁をすすっていたが、

「行きたい行きたい!みんないるかな?」

と目を輝かせた。

「ようし、行くか、プレハブ動かすぞ。味噌汁飲んでしまえ」

とぷっちが言うが早いか、ハンドルコントローラの横のランタンに手をかざし、画面を呼び出した。ポチポチと画面をタップする音が心地よい。みーこはおコタツの座イスに座って、

「出発進行ー!」

と大きな声で叫んで笑った。

天井のスピーカーから若い女性らしい声でアナウンスが聞こえる。

「砦内通行許可申請...、許可、各種供給ダクト、排水ダクト...、切断、サスペンション接続、対物ソナー安全装置、正常、起動、対人サーモ安全装置、正常、起動、エネルギー充填状態、良好、発進可能です」

ぷっちたぬきはハンドルコントローラを握ってスタートボタンをおもむろに押した。

「OK!レツゴー!」

ぷっちたぬきが叫ぶと、プレハブに3個ついてる夜間工事現場みたいな照明が一斉に点灯して、プレハブはモンスタータイヤでレールを進み出した。ごうごうと吹きすさぶ暖かい風の中、和風のお城みたいな砦の壁面のトンネルに、90度がとこ右に曲がって吸い込まれるプレハブ小屋!少し下ってついた先は砦内の、室内駐車場のようなガレージだ。色々な車両が並んでいる。一角にプレハブを停車させたぷっちは、プレハブの電源を落として、ガレージの常夜灯の明かりを頼りにプレハブからガレージに降りた。

「待ってよ!ぷっちたん!」

みーこも急いでついてきた。ガレージから広い玄関みたいな板の間に上がってふすまを開けた先、それがおコタツ広間だった。

「やあみんな、いる?!」

ぷっちたぬきが広間に駆け込んだ。みーこもついてきた。

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