最近同居しはじめた自称【神】が×××な件について!【番外:過去話】

威剣朔也

第1話


 ヒトの眼では見ることのできないはるか上空で、私は自らを天の「御使い」だと名乗る者たちに取り囲まれていた。そのどの顔も精悍であり、背には純白の大きな翼を備えさせられている。

 そしてそんな彼らの筆頭であろう、雌型の「御使い」が私を睨み、私に向かって仰々しいまでの剣を差し向けた。

「我らが主上の神へと魂を還さぬ悪しき神、イーヴァ・ニーヴァ! 滅びよ!」

「「「「「滅びよ!」」」」」


 筆頭であろう雌型の「御使い」に合わせて発された統一された声。それを発すると共に、彼らは私に向かって一斉に剣を振りかざす。

 本来であれば人々に崇められ尊ばれている神たる私に、神によって創りだされた存在である「御使い」が危害を加えることは出来ない。だがヒトからの信仰を失い、神格を著しく落としてしまっている今の私にその剣の先は容易く届くだろう。

 ――ヒトからの信仰を失う。それは、すなわち私を信仰する者がほぼ居ないという事。

 されどそれは、自らを「御使い」と名乗った者たちが直接私の信者たちに手を下したからではない。私の信者たちに手を出し、そして手を下しもしたのは、彼ら「御使い」を創りだした神を信仰する人間たちであったからだ。

 新たなる信仰を知り、その信仰によって自らの魂が救済されることを望んだ人々。そんな彼らが、以前まで私を信仰してくれていた信者たちが、私を信仰している者たちを「邪神を信仰する異教徒」だと糾弾し、迫害し、改宗させ――ソレが叶わなければ邪教の者として殺害した――だけ。

 故に、御使いたちが直接私の信者たちに手を出したわけではない。そして、私の信者を殺害したという事実に、神や御使いの息が掛けられていたと軽々しく判断するべきでもないだろう。

 だが目の前の結果として、その神より創られた「御使い」たちは異教の神たる私を滅ぼさんとしているのだから、そう判断されるに至っても致し方あるまい。

 自らの信者たちに私の信者を殺させ、異教の神たる私の信仰を失わせ、私の神格を著しく落とす。そうすれば神によって創られた「御使い」である彼らにも、神たる私を傷つけ、殺すことが可能になるのだから。

 「御使い」たちが振り上げた剣。それらが振り下ろされる様を私は、なす術もなく呆然と見ることしかできない。

 何故なら私は人々に、信者たちに命の巡りを見守ることや、縁の繋がりを求められこそすれ、このような暴力事には何の望みも抱かれてはいないから。だから、私は彼らに抗うことが何も出来ない。

 光沢をもった仰々しい剣が、私の外殻である赤と黒の「帯」を粉々に砕いてゆく。剥き身となった私の身体に、幾重にも剣が突き刺さる。

「あああっ!」

 ヒトのように刺された個所から血液が流れ出すような事はない。だが、突き刺された個所からは明確な痛みが伝わった。私を信仰し、迫害され、殺されるに至ってしまった人々も味わったに違いない痛みがそこに在った。

 殺された時に、彼らが味わった「苦痛」と「幸福」。

 「我々の気持ちを、『繋ぐ神イーヴァ・ニーヴァ様』は分かってくださる。何故なら我々の心と、神の御心は繋がっているのだから!」という彼らの信仰心の元、私には信者たちが抱く感情が伝わって来るように創られているから――多少の齟齬はあれど、私には多少ヒトの心が理解できるのだ。

 異教徒だと罵られた際、悲しみを抱く者がいた。

 迫害された際、恐れを抱く者がいた。

 同じヒトの手で殺される際、苦しみを抱く者がいた。

 迫りくる死に対して、幸福を抱く者がいた。

 死は恐れるべき事柄ではない。死は魂を巡らせ、新たに此処へと還ってくるために必要な手順。だから死は救いであり、恐れるべき事柄ではない。そのような信条の元、彼らは集い、私を創りだした。だから、迫りくる死に対して幸福を抱く者が居るのは当然のことだ。

 そう――私を、「繋ぐ神イーヴァ・ニーヴァ」として信仰していた人々はただ、命の繋がりを求め、命の巡りを信じ、再びこの地へ還ってこられることを望んでいただけ。そして誰一人として他者に迷惑はかけていなかった。なのに、何故新たなる信仰を胸にした人々は、私の信者を殺すに至ってしまったのだろう。考え方が違う、信仰する先が違うというだけで、どうして私の信者たちは、同じ人間であるはずの彼らに殺されなければならなかったのだろう。

 考え方の違い。たったそれだけしか違いはしないというのにこの仕打ちは――命の巡りの輪へ無理やり返されてしまうような事は――あまりにも暴力的なのではないだろうか。

 私を取り囲む純白の「御使い」によって何度も剣を突き立てられた私の身体が、傷口から綻ぶようにして砕けてゆく。

 神としての神格も落とされ、「御使い」程度の相手に無残に終わろうとする私にとどめを刺す気なのだろう。彼らの筆頭であろう雌型の「御使い」が私の眼前で剣を振るい上げ、私の首めがけて振り下ろした。



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