麗しのフォリア

江戸端 禧丞

第1話

 月も見えない真っ暗な夜、金色の眼を持つ大きなカラスが、数え切れない程とある屋敷の上空を飛んでいる。


 この辺りでは凶兆とされている事で、本来、夜にカラスが飛ぶことはない。よく見れば、屋敷のまわりには人型の何かが大量にちらばっている。所々、それらを積み重ねた山があるが、少し奇妙な点を挙げるとするならば、頭部がない。その断面はあまりにも美しく、とても人間業とは思えなかった。


 むせ返る血肉の匂いが辺り一帯に広がる中で鈴が鳴るような美しく魅惑的な声が、あちらこちらから、独り言らしき小ささでポソポソと響いていた。


「私が自ら出向いて忠告をしてやったのに、しかし…あの執事は、よくやったものだ」


 金色より、さらに深い金色…まるで炎が揺れているかの様なその眼には、妖艶で危うい色香と狂気が凝縮ぎょうしゅくされている。


 黒い黒いフリルがあしらわれたドレスを着ているその少女は、カラスの濡れ羽色の長すぎる髪をフワフワと揺らしながら、大きな袋を小さなバッグに詰め込むと、ソッとコメカミに人差し指を当てた。


〝おいストラーナ、お前が欲しがっていたものは集め終わった。今から送るぞ〟


嗚呼ああ!黒魔女様、いつも有難うございます~〟


〝わざとらしい〟


〝お互い様じゃないですか〜〟


 やたら明るい声にウンザリしながら、黒魔女様と呼ばれた少女が空中に放り投げたバッグを、上空で待機していたカラスが上手くくわえて飛び去っていった。


「さて、残りの臓物はいただいたし、あの忠義を果たした執事の願いくらいは叶えてやろうか…本人次第だが…」


 彼女は、血塗ちまみれの黒いドレスのまま[絶望]の意思が辿った道を、ふわりふわりと歩き始めた。しばらく歩いていくと、がけふちに立つ小さな少年の姿があった、年の頃は十二くらいだろうか、血塗れの彼女が探していた人物だ。


 ‪「死ぬのかい?」‬


 ‪唐突な背後からの問いに、少年は驚いた様子で振り向く、と同時に、ピタリと動きを止めて顔を引き攣らせた。‬


 ‪「もう一度聞こう、死にたいかい?」‬


 黒魔女は大きなハサミを開いて、少年の首にあてがっていた、真っ赤な唇でニタリと笑っている。


 少年は、刃が当たらないようにそっと首を横に振った。その瞬間、巨大なハサミは初めからそこに存在しなかったかの様に消失し、黒魔女は、ほんの少しツマらなそうに細い首を傾けた。


「死ぬなら楽だとも思ったが…今この瞬間、お前を逃がした執事は喜んでいる事だろう」


 動けずにいる少年へ、黒魔女はゆっくりと指先を少年に差し伸べながら言葉を紡ぐ。


「私と共にくるか?それとも追っ手に殺されるか?」


 二者択一、ここで死ぬか、黒魔女を頼るか、少年の脳裏に死にたくない、殺されたくない、生きていたい。


 それらがぎった。少年は、胸に手を添えて、見目麗しい彼女から差し伸べられた指先をソッと手にとると、自らのひたいに当てた。この仕草は、貴族があるじに忠義を誓う際にとる行動だ。


「では、くぞ」





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