第26話
「やっぱり、泉美ちゃんの声がいちばんよかったな」
「そうだね。さすが、音楽屋さんといったところかな」
「いえ、私なんて」
貫行と千秋が褒めそやすと、泉美は恥ずかしそうに首を横に降った。
「そして、白妙ちゃんは音感がないね」
「そうだね。所詮、かるた屋さんだな」
「うっさいわね!」
貫行と千秋が二人して肩を竦めると、白妙が恥を隠すように怒ってみせた。
泉美の歌が終わった後に、順繰りに、他三人が歌を詠み上げた。本当は、その頃には、既に日が沈んでおり、百人一首の歌が書かれた本が見えなくなって、もうやめようかという雰囲気になっていたのだけれども、泉美が頑なに拒絶した。
『絶対に、全員が詠まないとだめです! ずるいです!』
ずるいらしい。
貫行としては、よいものも聴けたし、既に歌会は成功したと思っていたので、どちらでもよかったのだが。
そうして、貫行達は、和歌を詠むこととなった。千秋の用意してきたランプに光を灯し、それを囲む一同は、まるで何か怪しげな儀式でも始めるかのようであった。
順に、和歌を詠んだわけだが、問題は、白妙だ。
嫌がりながらも詠み上げた和歌。どの歌だったかなど問題ではない。むしろ、そんなこと気にならないほどに、白妙の歌は壊滅的だった。
あまりに幼稚で、あまりに妖怪的な音色は、自然界を超越して、河川敷をのたうちまわり、夜の雰囲気も合わさって、神を殺し、悪魔を召喚しそうな勢いであった。
川辺に魚が腹を上にして浮き上がって来ないか、と心配したほどだ。
それにしても、白妙は、かるた競技をやっていたのだから、何度も、この歌を聞いていたのだろう。歌会のものと、かるた競技の詠み方が違うとしても、余韻以外は似たようなものだ。それなのに、いったいどうして、あんな悪魔の饗宴のような詠み方になるんだ?
白妙が詠み終えた後、泉美はきょろきょろと目を泳がした。
『何だか、ごめんね、白妙ちゃん』
『謝らないでよ!』
叫んでみたものの、白妙の声に迫力はなかった。
というわけで、千秋と貫行にいじられているわけだが、白妙はギャーギャーと反応していた。
現在、貫行達は、夕食としてお弁当を食べていた。
貫行は、コンビニで買ってきたおにぎり二つと栄養補助菓子を用意していた。また、千秋も似たようなチョイスで菓子パンを何個か用意しており、平野先生もコンビニ弁当だった。一方で、泉美と白妙は自前のお弁当だ。泉美の方は、サンドイッチで、白妙はおにぎりと小さなケースの中に卵焼きとミートボールが入っていた。
歌会が無事に終了して、まぁ、白妙事変はあったものの、それには目をつむった上で、無事に終了したところで、行事は次に移行していた。
わくわくしているのは、もちろん、この女、大江千秋である。
「ふふふ、今からが、今日のメインイベントだからね。泉美ちゃんの美声も、白妙ちゃんの不協和音も、いわば余興。宇宙の神秘に触れることに比べれば大したことではない」
「余興で私は貶められたのか」
白妙は、恨み節を漏らすが、千秋の方は聞いていない。
「月齢が大きいから、早い時間は月もないし、雲もない。ちょっと街灯りが気になるけれど、まぁ、我慢しようじゃないか。まずは、体験することだ」
驚きなことに、千秋は、自分が楽しみたい、というよりも、貫行達に体験させたいらしい。自分の好きなことを誰かに伝えるのは、たしかに楽しいが、そういう感情が千秋にあることが意外であった。
「月齢と月の出る時間て関係があるんですか?」
尋ねたのは泉美だ。水筒から温かい飲み物をコップに注ぎつつ、小首を傾げている。
「もちろんあるさ。月齢というのは、いわゆる月の満ち欠けだが、当たり前だけれど、実際に月の形が変わっているわけじゃない。地球と太陽と月の位置関係で、月の見え方が変わるんだ。すると、当然、いつから月が見えるかも変わるというわけだよ」
千秋は得意気に話を続ける。
「月齢が小さいときは、早い時間から月が見えて、夜中に沈む。夕暮れに月が見えるのはこのときだね。一方で、月齢が大きいときは、夜中に見えて、お昼近くに沈む。朝方に月が見えるのは、こういうときさ。まぁ、太陽の明かりが強すぎて、肉眼ではあまり見えないけどね」
なるほど、満月と新月くらいを気にすることはあるが、月の時刻については、あまり気にしたことがない。ふと、空に月がいるのをみつけて、こんな時刻にと不思議に思う程度だ。
貫行でも思うのだから、既に多くの先人が気づき、そして、そのメカニズムは解明されているというわけか。
ふと、貫行は気になって、千秋に尋ねた。
「ちなみに天の川って見えるのか? あれって、夏のイメージがあるんだけれども」
貫行の問に対して、千秋は待ってましたといわんばかりに笑みを浮かべた。
「良い質問だね。それはイエスでもあり、ノーでもある、というのが正直な答えだ」
千秋は、ちょっと、どころではなく、かなり調子に乗っているご様子であった。
仕方なく、貫行は合いの手を入れる。
「どうしてだい?」
「天の川は見える。それはどの季節でもね。ただし、見えている天の川が違うんだ」
ん?
「どういうこと?」
「それを説明するには、天の川とは何か、から話さなくてはならないね。まず、天の川とは、銀河の名前だということを、知っているかい?」
いや、知らないけれど。
「この地球のある太陽系、その太陽系が属している銀河が天の川銀河なんだ。銀河というのは、いわゆる太陽系のような恒星群の集合体。そんな銀河が、宇宙には、無数に存在していると言われていて、その内の一つだね」
銀河、という名前くらいは知っているけれど、どのようなものかは始めて知った。けれども、太陽系ですら、大きすぎる話だというのに、さらに太陽系のようなものを寄せ集めたと言われても壮大過ぎて想像できない。
「さて、もうおわかりだと思うが、いわゆる天の川というのは、天の川銀河を地球から見た姿なんだ。銀河は恒星の集合体、だから、あれほどの光り輝く星空となわるわけだね」
言われてみれば当たり前かもしれないが、あんなに小さい星々が、一つ一つが太陽みたいなものだということに、貫行は密かに驚いていた。
「銀河の天体が見えるのはわかったけれども、どうして、季節で見える天の川が違うの?」
「銀河の内側を見ているか、外側を見ているかが違うんだよ」
千秋は、やっと答えを述べた。
「銀河というのは、一様に恒星が分布しているわけじゃない。そもそも銀河自体が円盤型に広がっていて、星々はその中心に多く分布している。季節ごとの夜の何が違うかといえば、太陽系を公転しているがゆえに、銀河の見ている方向が異なるんだ。夏に天の川がきれいに見えるのは、ちょうど銀河の内側を見ているからだね。一方で、冬にも天の川銀河自体は見えるが、星の少ない外側を見ているから、迫力がないよね」
なるほど。
銀河が円盤型というのは、おもしろい。平べったいから、横から見ると空を流れる川のように見えて、天の川。今となっては、そんな理屈がつけられているが、昔の、科学もない時代の人々にとっては、それはただの川だったのだろう。
「じゃ、春はどうなんだい?」
「はっきり言って微妙だね!」
千秋は、はっきりと言った。
「ただ、星を見上げるのに、季節なんて関係ない。いつの季節だって、夜空は胸踊らすものだよ」
それは、千秋が星好きだからじゃないの、とは、さすがに貫行は突っ込まなかった。
千秋は、元気いっぱいに立ち上がって、皆を見まわした。
「さぁ、星会を始めようじゃないか」
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