五駅目

 十二月。

 草木は完全に葉を落とし、寒空に体を震わせている。地面には彼らの一部だった筈の落ち葉が渦を巻いて、風に翻弄されている。一度地面に落ちたそれらだが、私にはそれですら自由を謳歌しているように感じられて羨ましく思った。

 いつも通り、校舎から外を見ていた私に声がかけられた。

「沢村くん。帰らない?」

 声の方に顔を向ける。そこには大村がいた。相変わらずのおどおどした気弱い感じは抜けていないが、不当な暴力に怯えていたあの頃とは大分印象は違う。

「ああ、もうこんな時間か。帰ろうか」

 時計の針は五時を回っていた。教室を見渡しても私と大村しかそこには居なかった。

 静まり返った教室は私たちを拒むことはなく、むしろ受け入れるかのように温かく包み込んでいるように感じた。様々な人間が生活する教室という空間は、自ずとそういう風に何人をも拒むことなく、許容し、包み込むような性質を持つのだろう。それが例え、いじめっ子であっても、いじめられっ子であっても、醜い性を背負った人間であっても……。どんなレールを走るかなど関係なく、それは私たちを優しく包み込むのだ。

 私と大村は教室を出た。階段を下り、廊下を通り、下駄箱で靴を履き替え、ローファーに足を入れる。

 昇降口を通って外に出ると、私たちを待っていたのは冷たい洗礼だった。私たちの存在を拒むかのように吹き付ける風が肌を切り裂かんばかりに吹き付ける。空は雲一つない晴天で、その澄みきった青の深さが逆に私を不安にさせた。海を見ると一体何処まで続いていて、どうなっているのだろうかという底知れぬ恐怖を感じるのだが、それとよく似ていて、そして、少し違う怖さだった。

 私たちは駅へと向かって歩き出す。その間他愛のない話から重要な話題まで、様々な話をする。

 彼はとても博識で話をすると何でも帰って来て楽しい人だ。しかし、私がそれを彼に言うと、彼は私の方がそうだと言って口ごもってしまう。彼はただ照れて、私にそう言っているのではなく、本当にそう言っているのだといつも私に念押ししてくる。初めての親友と呼べる存在からの言葉は嬉しさの反面、あの性を考えると罪悪感が背中に張り付くのを感じてしまう。

 そう思ってしまうのがとても悲しい……。


 私たちの会話は受験の話へとシフトが向けられた。

「君はどうするつもりなんだい?」

 私は大村に問いかける。ここでのどうするかという質問は勿論、大学進学の話だ。

「そうだなぁ……やっぱり一般受験してそれなりの私立に入れれば嬉しいかな?」

 彼は少し控えめに言っているが、彼は勉強ができないわけではないので、私は彼が成功しているビジョンが見えていた。

「沢村くんは?」

 私は一瞬固まった。この話題になった時点でこれを聞かれることは覚悟していた。しかし、彼ならば……という期待が少なからずある。

 私は勇気を振り絞って彼に言った。

「僕は推薦を貰ってるんだ。京清の……」

「へぇー凄いじゃないか!」

 私は彼の無邪気な喜びが逆に心をズタズタにしているのを感じた。

 やはり彼も同じなのかと。私が期待していただけだったのかと。私は落胆した。しかし、そのあとだった。やはり私の希望は今度こそ現実を掴み取りそうだと感じたのは……

「でも、自分で決められないのって不便だよね」

 彼はどういう意図をもってそう言ったのはかはその場ではわからなかった。しかし、しかしながら、私は救われたのだ。完全にではないが私はレールから外れた気持ちになれたのだ。私は幸せに包まれた。

 私はその勢いのまま、彼と意気揚々と話ながら駅へと帰った。彼もまた楽しそうにしていたように思える。

 私はその道中の会話で、一週間後に控える推薦試験の日に雪がぱらつくかもしれないということを大村から聞いた。だが、そのときはそこまで重要視もせず、軽く聞き流した。


 彼と帰ってから数日後、彼は引っ越すことになり、私から離れていった。どうしてもいつもそうなのだろうか。

 どうして……。

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