3話 うざったいクラスメイトたち

 休み時間。

 教室の机に座っている美久子の目の下には、クッキリと隈が刻まれていた。


 碌に眠れなかった。

 睡眠不足のうえ、1時間目の体育のバレーボールは、運悪く激ウザ級長の二階堂凜々花と同じチームに振り分けられてしまい、睡眠不足の体に心労も塗り重ねられてしまっている。

 だが、今日はそれだけではない。


 深夜0時のメール。

 あのFUKIとかいう女の動画付きの奇妙であり恐ろしいメールがしこりとなっており、美久子の憂鬱さと苛立ちにさらなる翳りを落としていたのだ。

 FUKIの動画が終わった後、というか美久子は何も手を触れていないのに強制的にプツンと音を立てて、インターネットエクスプローラーごと閉じられてしまった。

 我に返った美久子は、すでに眠っているであろう両親を呼ぼうとした。けれども、受信メールフォルダの中の「あなたの運命も知らせ隊」というふざけた件名のメールも、インターネットブラウザでの動画の視聴履歴も全て一瞬にして消失していたのだ。

 

 消失。

 人ならざる者の力がかかっている、迅速過ぎる証拠隠滅。

 翌朝――というか、今日の朝に、重い瞼のまま、再度パソコンを立ち上げた美久子であったが、やはり全ての痕跡がなくなっていた。

 夢であったんじゃないか、いや、夢でしかあり得ないこととしか思えなかった。

 あのことは、現実の破片が随所に散りばめられたリアルすぎる夢であったと脳内完結しようかとも考えた。

 けれども、美久子の耳には、あのFUKIという女の甘ったるい、美久子の五臓六腑をこれでもかと苛立たせたアイドルボイスの”ある一節”が耳に残っていた。



――安原美久子様のこれからの行動の選択次第ではあるのですが、クラスメイトの中にあなたを”命ある限り続く生き地獄”へといざなう……というか、地獄の入り口まで連れてきて、自分は気ままに空へと飛び立つかもしれない人物がいるのですよ”



 机に座ったまま、美久子は周りを見回した。

 いつもの日常。

 いつもの休み時間。

 いつものうざったい奴ら。

 たまたま同じ高校を受験し、たまたま同じクラスに振り分けられただけのこいつらの中に、自分を”命ある限り続く生き地獄”へといざなうかもしれない人物がいるといるかもしれないと……

 あのFUKIなる女の言葉が、やがて真実となる忠告……つまり、予言であったと仮定したなら、この教室の中に嫌な意味での”キーパーソン”が……



「ねえ……美久子、なんか今日、元気ないね」

 自分の背中にかけられた声に、美久子は振り向いた。

 

 大國克子。

 このクラスの――いや、この学校の中で美久子の一番の友達、”親友”という触れ込みで、行動をともにすることが多い女。つまりは現時点で、美久子と一番関わりが深いクラスメイトだ。


 ピンクやらオレンジやらの可愛い花が描かれたタオルハンカチで、小さくて白い手をふきふきしながらこっちへと歩いてくる克子は、トイレ帰りであるらしかった。

 連れだってトイレに行く高校生女子は、美久子が考えるに多数派であった。しかし、いかにも今時の女子高生といった外見の克子は意外にも「トイレは一人で行く派」であった。いつの間にか、教室からスッと姿を消し、用を済ませているようであった。

 けれども、克子は美久子が「トイレに行こう」と誘えば一緒には来てくれる。例え、自分がトイレに用がなくてもだ。



 美久子の前の席に(自分の席ではないが美久子と話をするために)ストンと腰を下ろした克子は、スカートのポケットからスマホを取り出した。

 手帳型の克子のスマホケースは、淡いパステルピンクを背景とし、色とりどりの花畑に蝶々が飛んでいるという、甘やかな夢物語が色鉛筆調で描かれていた。

 先ほどのタオルハンカチといい、こんな小道具も自分を魅力的に見せようと気を抜いていないことが分かり、自己プロデュースに余念がない大國克子。


 そんな美久子のイラつきを感じ取ることなく、克子は”うんとナチュラルに作り込まれた”横顔を美久子に見せていた。

 服装検査の日を避け、プチプラコスメをフル活用し、ファンデに、つけまつげに、チークに、リップに、すっぴんぽく見えるようにと、作り込まれたものだ。

 自分の可愛さを際立たせるコスチュームの役割であるメガネを装着しているのに、メガネの下のその睫毛はクルンと上向きに加工されている。

 もちろん、小さな爪も淡いピンク色に色づけされている。

 克子は、美久子の前で、慣れた手つきでこれ見よがしにスマホをポチポチといじり始めている。親にスマホを持たせてもらえない美久子への当てつけのように。

 ”いいでしょ。やっぱ、彼氏と連絡を取るのもスマホじゃないとね。今時、スマホも持っていないJKなんてwww”って、言っているかのように。


 

「克子……今日、ちょっとチーク濃すぎじゃない」

 心がチクチクとささくれ、ガサつき、第三者から見ると被害妄想に囚われているとしか思えない美久子は思わず、克子に嫌味を言ってしまう。


「う~ん、そうかな?」

 スマホから顔をあげた克子は、キョトンとした顔で美久子に向き直る。

 真正面から克子の顔を見ることになった美久子の心に、チロリと嫉妬の炎が灯される。


 やはり、昨日のあの女・FUKIに似てる。

 ハッキリ&クッキリとした目鼻立ちならび、アイドルオーラでいえば、やはりあんな芸能人もどきの仕事に就いているだけあって、FUKIの方に軍配があがる。

 でも、克子は自分の容姿の美点を生かして、自慢の色白の肌が映えるように”赤いリップグロスやチークで、ナチュラルに作り込んだメイクして色気づいている。

 そして、今日は心なしか、そのチークが濃い目にも感じられる。まるで、発情期のサルのお尻を連想させるほどに。

 サルのお尻のほっぺをしているなんて、恥ずかしいだろうから、美久子は”親友として”克子に忠告を”してやった”のだ。


「まあ、美久子がそう言うなら、後で鏡見て、直しとくよ。それよかさあ、こないだ、KEN君と遊園地に行ったんだけどね。今度は水族館に行こうかなんてコトになってんだ。でも、私は水族館もいいけど、美術館の方にも行ってみたいんだ。ちょうど、今、クロード・モネの展示が期間限定で野百合美術館でやってみるみたいだし……」

 

 ”知るかよ、ンなこと。なんで、私に聞く? 自分たちで話し合って決めろよ。 何? 私っては今時のJKっぽく、お魚サンを眺めるロマンティックな水族館にも彼ピと行ってみたいんだけど、実はクロード・モネなんて、芸術作品にも興味がある造詣が深い女なのって、KEN君にアピールしたいってワケ?”という、長文言葉が美久子の喉元まで出かかる。


「……えーと……それは、2人で話し合ったら? 水族館や美術館そのものは、閉館となってしまわない限りは逃げないんだし……でも、期間限定でのクロード・モネの展示の方が、克子的には今は優先順位高いんでしょ」

 美久子の答えに、克子はパッチリした――いや、メイクによってさらにパッチリさせている目を輝かせる。


「やっぱり、美久子もそう思う? KEN君は大学生だし、読者モデルのお仕事もしているから、両方行くお金だって持っていると思うけど、ほら、やっぱり私は平凡なJKで、お小遣いに限りがあるから、どっちか1つしか選べないんだよね。早く大人になりたいなあ」


 単に共感を求めていただけかい、と美久子はずっこけそうになる。

 

――絶対に自分のこと、可愛い(このクラスだけじゃなくて、学年でも抜きん出て可愛い)って思ってるくせに、自分で平凡なJKとかいうなよ。それに、漫画や小説でいうなら、今の”読者モデル”って言葉、絶対に太字で協調したろ? 美術館にも水族館にも行きたいってなら、KEN君に甘えてお金出してもらえばいいのに。何? 男が年上であったとしても自分の分のお金は自分で出すって、JKでありながら自立した女のアピール? まあ、正味あと数か月で、KEN君とはサクッと別れそうな気がするけど……そして、すぐに4人目の彼氏を見つけて、(彼氏いない歴=年齢の)私に、同じような相談に見せかけた自慢してくんだろ? くだらない。俗物。股ユル女。まさに、発情期のサル。


 嫉妬の炎が灯された美久子の心は、熱気にさらされ、さらにがさついていく……



 だが、その時であった。

「おい!!!」

 美久子の内の”がさつき”は、とあるクラスメイトから発せられた大声によって、瘡蓋を強引にはがすがごとく、ベリッとめくられてしまった。

 スマホに目を落とし始めた克子ですら、”何事?”と言わんばかりに少しビクッと体を震わせていた。


 声の主は、同じクラスの南城直人であった。

 高校2年生でありながら、190に迫る長身で運動部に所属しているわけでもない、ムダにガタイのいい男から発せられた”おい!”という声。

 体も無駄にでかけりゃ、声も無駄にでかい。そして、少し空気も読めない。

 その南城直人の声には、周りをはばかることのない溢れんばかりのうれしさと恋心が含まれていたのだから。

 直人の熱い視線の向かう先は――



 クラスメイトの響芽美だ。

 当の響芽美は、美久子や克子のように直人の声のでかさに驚くわけでもなく、また不快な顔をするわけでもなかった。


 丸い手鏡で自分の目元をチェックしていた芽美――バサバサばっちりにマスカラを塗り重ねてはいないが、彼女の睫毛も克子と同じく顔を洗ったままの姿ではないということは分かる――は、”そう、こんなことはいつものこと”という風に、ごくゆっくりと直人に視線を移した。


「あ、あのよ、芽美。4組の原田が家庭科の教科書、貸して欲しいってよ。お前、選択授業で家庭科とってたし、確か持ってたよな?」

 声が上ずっている直人の影より、4組の女子・原田がヒョコッと姿を見せた。直人と並ぶと余計に小柄さが目立つ原田であったも、南城直人がその見た目と声ほどに怖くも荒々しくもないため、声をかけたのだろう。

 ややガラの悪そうな外見と声量ではあるも、授業には真面目に出ているし、南城直人はその見た目ほどの怖い奴ではなかった。



「ええ、持ってるわ」

 彼ら2人の視線を受けた芽美は、今どきのJKにしては珍しいほどに落ち着いた声で、その仕草も優雅に、机の中より家庭科の教科書を取り出した。



 芽美は、原田ではなく、自分の席へとズカズカとやってきた直人に教科書を手渡した。

 教科書を直人から受け取った原田は、「ありがと、響さん。終わったらすぐに返しにくるね」とペコッと頭を下げ、パタパタと駆けていった。


「芽美。すまんな、つい呼んじまって」

 直人の言葉に、芽美はニコッと笑って頷く。

 芽美の寡黙な笑顔を目の当たりにした直人は、まるで女神の祝福を受けた少年のごとく、頬を赤くした。

 そして――

「腹減ったから、ちょっと購買でパン買ってくるわ」と、誰にも聞かれていないのに、教室を出ていった。


――アホか。


 あまりにも分かりやすい南城直人の響芽美へのアピール。

 南城直人は、響芽美を「芽美」と名前で呼んだが、彼氏彼女の関係ではないことは、美久子も知っている。

 彼ら2人は単に、同じ中学校の出身であり、また今は同じ高校のクラスメイトであるだけだということを。

 

 南城直人の数年ものの初恋であり、現在進行形の恋のメモリーの情報は、彼らのどちらともそう親しくない美久子の耳にもなぜか、入ってきている。

 中学1年生の冬ぐらいに転入してきた響芽美に、南城直人はズキューンとハートを撃ち抜かれてしまったらしい。それからというもの、ほぼ年1ペースで芽美に告白し、年1ペースで芽美に「ごめんね」と言われているらしいこと。(年1の恒例行事かよwww)。

 そして、更なる噂では、奴は響芽美と同じ高校に入学したいがために、10円ハゲができるほどに猛勉強をして偏差値50前半の中途半端な進学校であるこの高校に入ったらしいこと。しかし、このことは、昨今の学歴社会において、この高校が抜きん出た高偏差値ではないとはいえ、南城直人の家族にとっても非常に喜ばしいことであったろう。


 南城直人は響芽美のことが好き。

 これは、誰もが知る事実であり、誰もが目の当たりにしている事実であった。

 高校生にもなって、まるで小学生男子のような分かりやすぎる恋のアピールをする直人は、美久子から見れば、決して目も当てられない醜男ではないものの、そのオランウータン系のごっつい見た目も含めて、理性と周りの目を気にする成分が足りていない猿人類系の男子としか思えなかった。


――ほんと、ガキかよ。目の前のこいつ(克子)も含めて、発情期のウザいサルどもは、この教室の至るところにいるってわけ……



 当の響芽美は、先ほどの求愛行動などまるで風のごとくふわりと受け流し、手にハンドクリームを塗り込み始めていた。

 ピンクのチューブに薔薇の絵が描かれた、そのハンドクリームは克子も愛用しているメーカーのものであり、美久子が前から欲しいと思ってチェックしていたメーカーのものであった。


 自分のところに、コツコツと近づいてくる足音に、芽美が顔を上げた。

 その足音の主は――

「ねえ、響さん……やっぱり、南城くんにちゃんと言った方が良くない?」


 級長の二階堂凜々花。

 縦に細長い顔にヘルメットのようなおかっぱ頭。細い体型も女の子らしい柔らかさをあまり感じさせず、ほっそりとしているというよりもギスギスした感じ。ガリ勉らしくメガネを装着しているため、そのギスギスに拍車がかかっている。

 克子が自分を可愛く見せるために、メガネを装着しているのと正反対の役割を果たしていた。

 そのうえ、その両の膝小僧はいつもカサつき、粉をふいている。

 デフォルメされたかのような地味な女子高校生。

 ”地味系JK”じゃなくて、”地味な女子高校生”と表現されることが、決して今風ではない彼女の時代を逆光したかのような地味な雰囲気を伝えることができるであろう。

 成績はそれなりに優秀であるらしいが、1クラスの中での秀才なんて、たかが知れている。全国区では全く持って勝負にならないだろう。




「……え? 何を?」

 手にハンドクリームを入念に塗り込む動きはそのままで、芽美は凜々花を見上げて小首を傾げた。


「ほら、南城くんがあなたに気があることよ。でも、あなたは南城くんの気持ちに答える気は全くないでしょう。でも……でも、これから私が話すのは、”もしも”のことよ。あなたたち、同じ小学校の出身らしいし、きっと南城くんに家だって知られているんでしょう。学校ではこうして、私たちの目があるわ。でも、もし、あなたが家で1人でいる時に、南城くんが押しかけてきて……それで……それで、押し倒されて、不埒なふるまいでもされたら、どうするの?」

 喋っているうちに(特に、”それで……それで、押し倒されて、不埒なふるまいでもされたら”の箇所で)何を想像したのか、興奮してきたらしい二階堂凜々花の頬は瞬く間に赤く染まっていた。

 

 ”不埒なふるまい”という言葉に、美久子が吹き出すよりも先に、あろうことか克子がブフッと吹き出してしまった。

 

 克子が慌てて、”ヤバッ”と口元を押さえたが、間に合わなかった。

 何とも言えないシュールな笑いによって、引き攣った口元を、克子は鉄壁の委員長・二階堂凜々花にバッチリと見られてしまったのだから。

 ”あなたたち……! 人の話を盗み聞きして……!”と言いたげに、赤い頬を引き攣らせている凜々花であったが、すぐに向き直って言う。


「大國さん……そして、安原さんも……あなたたちだって思うでしょう? ”感じる”でしょう? 南城くんは、ストーカーまではいってないかもしれないけど、響さんへの恋心が私たちにさえ、これほどに伝わってくるなんて、度を過ぎているような気がするのよ。ストーカーや思い込みの激しい男に無惨なまでに人生を狂わされた女性たちのニュースだって、しょっちゅう目にするでしょう? 南城くんのあのアピールは、未来の危険を知らせているシグナルよ。危険な芽は、今の内に摘んでおくことが大切よ。なんだったら、先生方にも相談して、もし双方の話し合いが必要だっていうなら、私も同席させていただくわ。このクラスの級長として」


 ”ねえ、大國さんも安原さんも、同意して。いや、私に同意できるでしょう。いいえ、絶対に同意して”という、キラリと光のこもった目で、二階堂凜々花こと”影での通称・ウザヘルメット”は自分の意見への投票を求めてきている。


――いや、知らねえし。私たちにもあんたにも関係のないことだから、無責任に同意なんてできないし。そもそも、その気もないのに触れなば落ちんって態度取り続けている響さんも案外、この状態を楽しんでんじゃ……

 恋愛には梨々花自身が一番縁遠いだろうくせに、いろいろとラノベの登場人物のように芝居がかった喋り方で口を挟んで、分かったような口ぶりの凜々花に憐みすら感じてしまった美久子が口を開くよりも先に、克子が答える。


「えーと、私はそんなに急いで対策を取らなくてもいいと思うけどなぁ」

 克子の言葉に、”同じ女として”同意してくれていると思っていたであろう、凜々花のもともとこけている感じの頬がスッをこわばり、さらに直線的になった。


「だってさ。響さん、南城くんに待ち伏せされたり、LINE攻撃されたりしているわけじゃないでしょう。あんな分かりやすいアピールは男としてスマートじゃないと思うけど、今はそんなに実害はないわけだし。それに……南城くんって見るからに、血の気が多くて、アドレナリンとかいうものの分泌が多そうなタイプに見えるし。あんま、先生たちまで巻き込んで下手なこと言って、”もう何もかも失うものはない”って逆上されてレ×プでもされた方が怖くない?」


 克子の口から、ごく自然に出た”レ×プ”という言葉に――先ほど、凜々花が”不埒な振る舞い”と言い変えた言葉に、凜々花の頬はカアアッと、茹で上げられたタコのごとき状態になった。


 芝居がかった手つきで(おそらく自分の沸騰しつつある心を落ち着かせようとして)、凜々花は眉間のメガネをクイッと直した。


「ま、今日のところは、男性とのお付き合いに長けている大國さんの意見を優先することといたします。やはり経験豊富で、男性の心理や生理現象に詳しい方の意見をね」

 とげのある&芝居がかった台詞を口にし、凜々花は踵を返し教室の外へと出ていった。



「何、今の……? 人をヤリ×ンみたいに」

 克子が膨れる。

 本人は、コリスのように頬を膨らませたかもしれないが、発情したサルの尻がぷうっと膨らんだだけのように、美久子には見えた。

 ”いや、あんた……事実、男の人とのお付き合いに長けてるんでしょ。処女じゃないんでしょ”と、ツッコミは美久子の心の中に押しとどめたが。


 当の響芽美は「ごめんね」と、小声で克子と美久子に謝った。

 別に、響芽美をかばうわけではないが、今のことで響芽美が謝る必要など何一つない。

 空気が読めない男の子供っぽい求愛と、空気が読めない女の親切ぶった忠告が運悪く重なりあっただけなのだから。


 美久子が思うに、この上品ぶった響芽美の仕草や喋り方も、どこか芝居がかっているように感じた。


 響芽美。

 垂れ目のトロそうな女。

 しかし、身長はクラスの女子の中では一番高く、おそらく170cm近いように見える。

 もし、件の南城直人とこの響芽美が相思相愛の仲であるなら、どちらもクラス一背の高い男女という長身カップルとなったであろう。

 響芽美は背は高いも、モデル体型ではない。太ってもいないが、程よい肉付きでどこか母性的な柔らかさを感じさせる体つきをしていた。

 決して美人ではないが、雰囲気が美人風である。声も柔らかな美人風だ。

 肌や髪だって、他の追随を許さないほど美しいわけでもないが、手入れをしっかりしていることは分かる。美人寄りのカテゴリーには入っているが、決して美人とは手放しでほめることはできない女といったところか。


 ”~ではない”という否定ばかりであるも、美久子は響芽美を嫌悪しているわけではない。というか、それほど興味はない。

 芽美は飛び抜けて成績が良かったり、部活に入って活躍しているというわけではなく、性格も至って大人しく、ぶりっ子でもなく、道端でひっそりと静かに咲いている花のような存在だ。

 一言でいうなら、”無害な女”。


 今、美久子の目の前にいる克子ほどウザくもないし、美久子の心を苛立たせることもない。

 あんなオラウータンみたいな男に目をつけられている、ある意味気の毒なクラスメイトだ。

 今までもあまり話したこともないし、これから先も話す機会もそれほどやってはこないだろう。


 芽美が、克子にアイコンタクトを取り言う。

「なんかね、私……二階堂さん見ているといつも、膝小僧にニ×ア塗り込みたくなってくるんだよね」

「だね。それ、分かる~」

 意外に毒のある芽美の言葉に、克子がププッと笑い、同意した。


 

「ねえ、ねえ。今、あの”ウザヘルメット”に何言われてたのぉ?」

 クラスメイトの女子2人が、興味深々といった感じにやってきた。彼女たち2人の手にも、スマホが握られている。

 どいつもこいつも、これ見よがしに、得意気にスマホをちらつかせやがって、美久子の心のささくれに熱がぶり返してくる。


「まあ、”いつもの”お節介ってトコかな?」と芽美。

「そ、ちなみに今日は響さんに”恋愛アドバイス”したの(笑)」と克子。


 女子2人は、芽美たちの答えに、顔を見合わせてブブッと吹き出した。

「もう、あの”ウザヘルメット”の奴、奇行に事欠かないっての。自分からうちらに話題を提供してんじゃん」

「しかも、今日は”恋愛アドバイス”だって。一番、恋愛に縁遠そうなのに……ホント、笑えるwww」


 彼女たち2人の笑い声に、他の女子たち数人も「何、何?」と集まってくる。

 悪口という名のレクリエーション。

 このクラスで、そのレクリエーションの対象にあげられる確率が一番高い女子である”ウザヘルメット”こと級長・二階堂凜々花。


「誰も級長なんてやりたがらないから、立候補した”あいつ”に決まっただけだってのに。絶対に自分のこと、”クラスの頼れる存在”って思ってるよね~」

「あるある。そもそも、あの芝居がかった喋り方、なんとかしろっての。ラノベのキャラかよ」

 当の芽美、克子、そして美久子は黙って聞いてるだけであったが、彼女たちのレクリエーションは、盛り上がり始める。


「私、前から思ってたんだけどさぁ」

 1人の女子が、笑いをこらえながら言う。

「克子とあの”ウザヘルメット”の名前、取り換えたら、ちょうどよくない?」

 

 ドッと笑いが巻き起こる。美久子も思わずつられて笑ってしまっていた。


 大國克子と二階堂凜々花。

 クラス一派手でイケてる克子とクラス地味で一ダサい凜々花。

 名前は一番時代に逆行しているかのようだけど、外見は一番時代に乗っている女と、名前は一番時代に乗っているかのようだけど、外見は一番時代に逆行している女。


 ちなみに、このクラスの女子の中で”子”が付く名前は、美久子と克子の2人だけであった。美久子も、両親が名前の最後に”子”をつけることがなければ、某ボーカロイドキャラと名前の読みは同じであったというのに。


 そして、姓については、漢字二文字姓の者が圧倒的多数であるのに、二階堂凜々花はやや珍しい漢字三文字姓だ。さらに、凜々花という、可愛い響きの名前。

 二階堂凜々花は、喋り方だけでなく、名前までもラノベもしくはアニメキャラのヒロインぽかった。


「それ、全国のカツコさんに失礼じゃん。つーか、私のお母さんも字は違うけど、同じ”カツコ”だしwww」

 集まってきた女子の1人が笑いながらも言う。

 実際にはできない名前の交換を提案した女子は、「ご、ごめん……」とバツが悪そうに肩をすくめた。


「ちょっと話変わるけど、こないださぁ……」

 克子が唐突に話題を変える。

 空気と話題を変えるのは、”クラス一可愛くて、クラス一人気者の私の役目なのよ”という風に、美久子には思えた。

 

 再度、克子が提供した新しい話題に乗っかることなく、周りを見回した美久子は再度、考えてしまう。

 昨日のメールが夢ではなくて、現実のことであるなら、自分を”命ある限り続く生き地獄”へといざなうかもしれない人物は、”くだらない笑いで盛り上がる、このうざったいクラスメイトたち”の中にいるに違いないのだと――

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