課金厨が異世界に転生するだけのお話

初柴シュリ

第1話




ソシャゲとサービス終了というのは切っても切れない関係であるが、こと課金者にとってそれは重大な事実であり、それまでに自らが心血注いだ、いわば『財産』がすべて水泡に帰す事を意味している。それが一万二万ならば大したことは無かろうが、百万二百万の段階になってくると事は深刻である。


例えば、百万あれば某十円で売っている円柱状の駄菓子が十万本は買える。


……特に他に例は思いつかないが、取り敢えず大金だということは分かって頂けるだろう。


とはいえ、同じように人生もいつかは終わるのだ。五十年後生きてる保証は無いし、なんなら明日死ぬかもしれない。そんな人生にも「生きる事」以外へ無駄金を費やす事があるように、いつかサービスが終了するソシャゲに金を突っ込むこともよくあることである。多分。


つまり何が言いたいのかというと、『彼』の人生も数多あるソシャゲと同じようにサービス終了してしまったということである。


有り体に言えば死亡したのである。



「……ここどこ」



気付けば何も無い真っ白な空間に佇んでいた『彼』。辺りを見回すも、この空間に存在するのは自身と目の前の老人のみのようだ。


正直初対面の人と二人きりというのは、『彼』にとって非常に気まずい。そんな状況に陥り、反射的にスマホは無いかとポケットを探るその様はある意味現代人の鑑とも言えるだろう。


目当ての物は直ぐに見つかった。ポケットから出て来たのは、見慣れた黒のスマートフォンである。男はすぐさまロックを解除し、入っているアプリを確認する。


画面に映るのは、ホーム画面一面に広がったソシャゲの数々……およそ数にして二十はあろうか。よくもまあそこまでインストールして容量が持つものである。


男がスマホを確認していると、彼の目の前に立っていた老人が己のヒゲを撫でながらホッホッホと笑い声を上げる。



「ようこそ転生の間へ。ワシが神じゃ」


「あ、すいません。今日の分のログボ取り忘れたんで今とっていいっすか?」


「え、あ、うん」



そういうと目の前の自称神様をそっちのけにし、一心不乱に画面を弄り始める男。ログボだけ貰われてプレイすらされていないアプリ達が、諸行無常の如く入れ替わり立ち替わり画面に現れる。


驚く程失礼な人間であるが、それでも老人は自称とは言え神。そのような人間を許すくらいの度量はある。



「あ、もういいっすよ。んでここどこ」


「お主びっくりするくらい失礼じゃの……まあええわい。ここは転生の間。死者に新たなチャンスを与えるために作られた空間じゃ」


「え、俺死んだの? さっきまでピックアップキャラ引くためにひたすらガチャを回してた最中だった気がするんだけど」


「その通りじゃの。そしてお主は九百九十九連目でも目当てのキャラを引けず、衝撃の余り『嘘だ!』と叫んだところ脳の血管が切れて無事死亡、との事じゃ」


「うっそマジで? 五百連目位までは記憶あったんだけど、そっから先は完全に記憶が抜け落ちてて……」



因みに彼の記憶が抜け落ちている原因は、完全に無心となってガチャを引き続けていたからである。物欲センサーを作動させない為の、重課金者の知恵だ。真偽の程はわからない。



「でもなんで転生? 俺なんもやってないと思うんだけど」


「まあ有り体に言えば……クジ引きじゃな」


「クジ引き?」


「そう、クジ引きじゃ……最近は自殺志願者も多くてのぅ。あんまりに魂が地獄に送られていくもんじゃからワシもう悲しゅうて」


「はぁ」


「このままでは地獄も天国も管理が行き届かなくなる。それで神の間でも死んだ魂にもう一度チャンスをやろうという話が持ち上がってのう。ランダムな世界にランダムな魂を送り込もうという計画じゃ」


「え、神様って複数いるの?」


「神も最近は分業制なのじゃよ」



なんとも世知辛い話である。



「そんな訳で、お主には転生してもらおうと思っての……ほれ、こいつを回すのじゃ」


「これは……」



ドン、と彼の目の前に置かれたのはよくあるガチャガチャの筐体である。商品を紹介するプリントは貼られておらず、透明なプラスチックを通して中身のボールが見えている。



「転生特典の能力はランダムで決まる。さあ、このよくあるガチャを回して一つ能力を……」


「リセマラ」


「ん?」


「リセマラ、していいっすか」



リセットマラソン。通称リセマラ。それは初期からなるべく整った条件でゲームを始める為、少しでもいいキャラを引こうとする何処かのびっくりするほど卑しい誰かが考え出した夢《あくま》のシステムである。



「お、おう……まあしたいと言うのならば構わんが……」


その言葉を聞いた瞬間、男の表情が怪しく歪んだ。


そして数ヶ月後、この発言を神は激しく後悔することになる。



「ちょ、お主ええかげんにせえよ!」


「もう少し! もう少しなんですよ! 最高レアリティまでもう少し……!」


「そう言ってからどんくらい経っとると思ってるんじゃ! この転生ガチャは死者のカウントという重大な役目も含めとるんじゃぞ! それが見ろ、『一回二回くらいならガチャ引いた数死者増えても問題ないかなー』とか思っとったのが気付けば百万超えしとる! これじゃもう誤魔化し様が無いわ!」


転生DL数百万超えじゃないですか。記念に十連分の石下さいよ」


「誰のせいだと思っとるんじゃ誰の! しかもお主十連とか目じゃない程引いとるじゃろ!」



あれから数日、数週間、あるいは数ヶ月程経っただろうか。この空間に時計は無いが、神の体感時間ではその位経ったような気もしている。


死後の世界にはスタミナも疲労の概念も無い。それを利用して、男は不気味なまでの集中力を発揮しひたすらにガチャを回し続けているのだ。恐るべきはその執念であろう。馬鹿は死んでも治らないという言葉を体現しているかのようである。


 いかに神の度量が広かろうと、流石にこれは我慢しきれない。仏の顔も三度までとは言うが、それを数百万回も繰り返していれば助走をつけて殴りに行くこと間違いなしだ。何か月も付き合わされた怒りのあまり頭上に浮かぶ天使の輪っかがパキリと折れ、ついに神はその一言を口にする。



「もういい! そこまでガチャが好きならば、そのガチャごと持っていけ!」


「え、でも俺ガチャ引くのが大好きなだけなんだけど」


「わかった、転生先でもガチャを回せるようにしてやる! だからさっさと旅立つのじゃ!」



 誤魔化し様が無いほどガチャ転生カウンターが上がってしまっては、いかな神と言えども叱責は免れない。厳密に管理すべき死者数がここまでインフレしてしまっては、下手すれば解雇すらもあり得るだろう。ならば、この筐体ごと持って行ってもらえばいい。そんな神の保身と苛立ちから生まれた提案だったが、それを何より魅力的と考えたのがこの男である。


 異世界に行ってしまえば当然ガチャなどない。ガチャどころかスマホすらない。そんな環境でガチャに狂った課金兵がまともに生きていけるだろうか? いや、ない。少なくとも彼にとっては、ガチャを引くこと=人生。それと切り離されることは、すなわち生きる意味を失うことに他ならない。そんな状況でこの提案、まさに彼にとっては渡りに船であった。


 にやりと笑った男は、神の言葉に一つ頷く。



「わかった。じゃあ最後に記念として一回……」


「ほれ、さっさと旅立て!」



 神がいつのまにやら出した杖を一振りすると、瞬時に消え去る男と筐体。再び伽藍洞になった真っ白な空間を見渡し、満足げに髭を撫でる。神としての威厳もそこそこに、その場にスマホを出現させるとそのままゴロンと寝ころぶ。



「さーて、そろそろメンテが明ける時間じゃの……お、イベント始まっとる。まーた限定キャラでマウント取る日々が始まるのじゃな……」



 嫌そうな顔でポチポチと画面をタップする神。転生特典がガチャで選別されるシステムだったのも、すべて彼の趣味である。


 だが、彼は知らない。この数分後に、彼の仕出かした悪行が上司に発覚することを。

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