第27話

 時間がない時間がない時間がない。

 焦る気持ちを押さえつけ校舎についている大時計を見る。授業が終わるまではあと少しだ。


 CBに下がりチャンスを待つ。

 ただただ時間が過ぎていく。ポジションを替えたことで攻撃参加は迂闊にできない。


 単調な攻守の切り替わりを眺め我慢に我慢を重ねる。


 こちらの右サイドから相手のサイドハーフがドリブルで仕掛けてくる。


 来た!



「中に入れさせなけりゃいい!縦に行かせろ!」

 中西の指示でボールを奪おうとしていたこちらのサイドハーフは距離を取り中を切る。抜かれないディフェンスへと切り替える。

 そうだ。それでいい。


 相手を招き入れ前がかりにさせるんだ。


 隙はできるものじゃない。つくるものだ。なにか意図が働けばピッチのどこかに歪みが生まれる。自分達の得意な形に歪ませればいい。


 悟られぬよう。少しずつ。確実に。



 俺はRSBのカバーができる位置に移動する。その際なるべく相手の視界に入らないように気を付ける。


 ドリブルをしている相手のサイドハーフは隣のクラスの中心人物。野球部で運動神経抜群で体格も良い。ドリブルが多くシザースのような跨(また)ぎフェイントを入れるあたり自信とプライドの高さが伺える。

 こういうタイプはわかりやすくてやりやすい。


 案の定うちのRSBを抜きに来た。



 ドリブルで抜こうとすればどうやったって体からボールが離れてしまう。

 上手い人はこのボールとの距離がほとんど離れないがそこは野球部。いくら上手くても恐れることはない。


 俺の存在に気づかず野球部の彼は裏のスペースを使いスピードで抜き去ろうと大きくボールを蹴りだした。

 おかげで簡単にボールを奪うことができた。



 中西と目が合う。ドクンと心臓が大きく跳ねた。


 俺から中西へのパスが通る。


 これが合図となり綱渡りの駆け引きが始まる。



「ライン上げろ!行くぞ!」

 わざと声を張り上げ存在をアピールする。


 中西はトップ下にボールを預けるが振り向けず再び中西にボールが戻ってくる。

 「中西!」

 俺は中西を追い越しながらパスを要求した。

 時間はかけられない。ここはドリブル突破が上手くいっている逆サイドの横溝君に任せるか。


 右サイドよりで受けてしまったので逆サイドまで少しドリブルでつっかける。相手のトップ下を抜きさらに外に流れる。横溝くんのマークが俺に寄せ始めたところでパスを出す。


 そのまま中央から上がると洋介がすぐにマークに来た。やっぱそう上手くはいかねえか。

 横溝君はそのまま上手くサイドを突破し中を見ている。おそらく俺しか見えていないだろう。


 それでいい。


 俺は中央からニアに走り込む。


 横溝君からマイナス気味のパスが来る。相手のSBはサイドに引っ張られている。

 シュートコースにはCBが二枚。俺のマークについている洋介もいる。


 ゴールを狙うFWとしたら最悪の状況に俺は笑いを堪えきれず二ヤケてしまう。



 かかった…



 シュートモーションに入ると洋介がスライディングでコースに入る。


 俺は振り上げた左足を振り抜かずボールを見送る。


 


 ボールが行き着く先には中西がいる。



「ごっつぁんです!」

 中西はがら空きのファーに流し込んだ。

 インサイドで丁寧に蹴り込むあたり流石経験者だなと思った。


 ここでインステップで思いっきり蹴りゴールの上をボールが飛んでいく映像が目に飛び込んできたら、こいつとの会話はしばらくなくなっていただろう。



 なんにせよ大きな1点を手に入れた。


 残り時間はあとわずか。


 このまま押しきってやる!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る