ボタニカル

愛川きむら

ボタニカル

 わたしは精霊のむすめ。森に住む妖精に育てられたにんげんのこ。ほんとうのおかあさんはわからない。わたしを育ててくれたお師匠は、わたしに生きていく術を教えて息をひきとっていった。

 唯一わたしが使える魔法は、草木のない地面や岩に植物を生やす魔法。

「この魔法が、わたしのなにに役立つの?」

「生きているうちに世間と自分が教えてくれる」

「でもね、あ、こういうときって、お言葉ですがお師匠さま、って言うの? なんでもいいんだけど、わたしは今使い道を知りたいの」

 木の枝のような見た目をした杖は、持ち手から先端にかけてすこしずつ細くなっているつくりで、そこそこ重いから木の枝ではないことがわかった。お師匠からもらった杖だから、きっと特殊な素材をつかったんだろうなって思う。

 お師匠はわたしの頭にぽん、と手を乗せた。そしていつものように口癖を言う。

「案ずるな」

「いそいでるの」

「そう急ぐものじゃない。言ってしまえば、使い方は自分で決めるものだから」

 その場でなんでもいいから言い返さなかったあのときのわたしを、どうか叱れるものならば。墓石になった彼女にまたきいてみたって、返事はカーとしか返ってこないはず。だってそうだ、お師匠の墓はいつも何羽ものカラスが護っているのだから。


 森を出ようと決断し、お師匠とくらした木のいいにおいがする家をでた。数多くの思い出を杖にやどし、遠足気分でけものみちを下っていたところ、ひとりの痩せこけた男の影をみつける。彼はお師匠がしかけたツルの魔法にひっかかって、どんなにひきちぎっても体中にまきついてくるツタにくるわされていた。

「しょうがないなあ」

 人助けはときにいいことで、ときに避けるべきこと。お師匠はそう言っていた。これは、ときにいいこと。わたしはいい人助けをするのです。

 わたしが近づくと、ツルたちはうねうねとふるえて下がっていく。世代交代したいま、わたしが彼らの主人なのである!

「だいじょうぶですか」

 人見知りだけど、おもいきって話しかけてみる。だいじょうぶ。お師匠はいないけど、だいじょうぶ。ひとりで話せる。ひとりでちゃんと、できるもん。

 わたしの声をきいた男の人は、くるっと体の向きを変えたとたんわたしにしがみついてきた。目と鼻の先に顔があって、その目は虚ろで狂気的だ。

「お、おおお。やっと見つけたぞ。お前がこの森に住む魔女か」

 きっとこの人は、お師匠のことを言っているのだろう。それなら残念でしたね。お師匠はついこのあいだ、しんだところだよ。

「ち、ちがう」

「嘘つくな。頼みがあるんだ。俺を魔法で殺してくれないか。気を失うように一瞬で」

 この男はお師匠に殺されに来たのだという。たしかにわたしのお師匠は人間嫌いだった。

「頼む、魔女。お前ならできるんだろ。俺を殺してくれ。生きる意味がないんだよ」

 どうしてそんなことを言うんだろう。わたしには男の人が死にたがる意味がわからなかった。どうして、どうして。生きていれば、いろんな人と出会う。いろんなものが見れる。もしかしたら、死んでいたら巡り会えなかった素敵な出来事が起こるかもしれないのに。わたしは生きていてもお師匠には会えない。もう、お師匠はいない。どこにも、どこへ旅に出たって、いないのに。

 わたしからしたら、いま目の前にいる男がとても幸せ者に見えた。とても苛立った。

「どうして……どうして……」

 悔しかった。あなたは素敵なことで溢れてるでしょ、って言ってあげたなら。

「っ……甘えてんじゃない! 簡単に殺してくれ、生きる意味がないなんて言うな!」

 気がついたら杖をふるっていた。先端から伸びた緑色の光線は男の左胸にあたり、みずみずしい多肉植物がぐんぐん生えてくる。わたしをつきとばした男は、しあわせな顔をしてかなしそうに笑う。とても不安なくせに。

 この人にもいろんな事情があったのかもしれない。そう気づいたのは、彼が完全に植物人間になったあとだった。



 樹海には、人を植物に変えて殺す魔女が住んでいる――。

 そんな噂が街にでまわっているらしい。とてもかなしいことだけど、間違っていない。

 わたしは最初この魔法が、世界を救う素敵なものだと思っていた。きっと誰しも笑顔になれる、わたしが笑顔にしてみせるって思ってた。信じてた。

 だけど、現実はちがった。人生に迷い、生きる意味を失った者たちからいのちを奪うための残酷な魔法だったのだ。

 そんな最低な魔法、わたしが可愛い魔法に変えてやる。

 お師匠に伝授してもらった魔法が、必ずしも悪いことばかりじゃないと知っている。物を浮かせる魔法だって、迷子になった子どもを高い木の上にまで浮かせて街に返すことだってできるんだから!

「だから、お師匠はきっと、わたしにも同じことができるんだと思ってくれたんだよ」

 かたわらでうごめくツルをなで、目の前にある植物人間を見やる。彼の周辺の草はくさり、今やいやなにおいを発する土だけだ。わたしはそこに花を咲かせる。

 生きることが嫌になったら、わたしがいる森においで。ティーポットが持てるようになったの。ハーブティーでも飲みながら、嫌な話きかせてよ。それが終わったら、あなたの周りに満開の花を咲かせてみせる!

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ボタニカル 愛川きむら @soraga35

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