よくわかったな

姶良守兎

アダム

「よくわかったな」


 西暦二〇三〇年十二月某日、中堅警備会社「ミント・セキュリティ株式会社」の専務、大林克也は舌を巻いた。彼は「アダム」と幾つかの会話をしただけで、自分の手に隠し持ったトランプの数字とマークを、あっさりと見抜かれてしまったのだ。


「どうです大林専務、驚かれましたか」満面の笑みで自慢げにそう言ったのは、人工知能開発を行うベンチャー企業「マスタード・エーアイ合同会社」の若き社長、浅田正人だ。


 会社といっても小さなもので、従業員は、事務作業や開発の雑務を手伝ってくれている数名のみ。実質的には彼一人の会社と言っても良いぐらいだ。当然のことながら、社長自ら製品を開発し、このように売り込みも行なう。しかも今回、得意先の役員が直々に対応してくれるということもあって、彼はいつも以上に気合が入っていた。


「では少し、種明かしをしましょうか」浅田は続けた「こちら、弊社で開発中の新製品『アダム』ですが、見た目はご覧の通り大手ロボットメーカー『ガーリック・ロボット社』の『サフラン』そのものです。最近、あちこちで見かけませんか?」

 浅田が指し示したのは、派手なオレンジ色のプラスチック製外装カバーを身にまとった、ヒューマノイド型ロボットだった。身長百六十五センチで、人間さながら二足歩行を行うのはもちろん、人間と自然に会話をし、人間の命令に従い、また自分でも考えて行動する自律型のロボットだ。本体にバッテリーを搭載し、通常ならば十二時間は行動が可能だ。

 浅田は続けて大林に説明した「ハードウェアは市販のものですが、ここへ弊社で開発した人工知能プログラム『アトモスフィア』を搭載しました。この人工知能がポイントです」


「ほう、なるほど。atmosphereアトモスフィアとは大気もしくは雰囲気を表す言葉……つまりわたしは空気を読まれてしまったわけだな」大林は興味津々だった「で、具体的にはどうやって? 人間でさえ空気を読めない人も多いのに?」

「あはは、確かにおっしゃる通りですね。実は私も少々困ってるんですよ。実際、この前もですね……いえ、そんな話はとりあえず後回しにしましょう。ところでこのアダムには……」ここで浅田は少し小声になった「古今東西のありとあらゆる犯罪について学習させてあるのです」


「犯罪……?」大林は今ひとつ飲み込めていないようだった。


「そう、犯罪です……たとえば、そうですね、麻薬を密輸しようとする者に対し、税関職員が当たり障りのない、二、三の質問をしただけで、怪しいと感じて荷物を開けさせ、犯罪を摘発した。あるいはパトロール中の警察官が、大勢の群衆のなかから、挙動の不自然な人物を目ざとく見つけた、など、そのような事例は数多くあります。そういった能力は、従来、微妙なニュアンスを読み解くことのできる人間ならではのもの、とされてきました」


 浅田は、少し間をおいて、更に説明を続けた。


「ところで、ある心理学の研究によると、罪を犯すものは、どうしても、何らかの緊張感を覚えるものらしく、本人もそれと気づかぬうちに、ある種のサインとして、それが言動に現れてしまうらしいのです……そうだ、アダム、続きを自分で説明してみるか?」


「承知しました」アダムは、心地よいバリトンの美声で答えた「わたくしは、先ほど浅田が申しましたように、人工知能プログラム『アトモスフィア』を搭載しております。これを用いて犯罪者の映像・音声・行動パターンなど様々なデータを元に、事件の兆候をどのように見抜き、また未然に防ぐか、膨大な量のシミュレーションと学習を行いました」

 そのロボットは、すらすらと説明を始めた。浅田も、まるで部下を一人前に育て上げた上司のように、誇らしげにその姿を見守っている。

「その結果わたくしは、先ほどのように人間の心理を見抜くことが可能になりました。当然、隠し持ったものがトランプではなく、銃や麻薬でも、それは可能です」


 ここで大林が再び口を開いた「なるほどそういうことか。アダムくん、君は大ベテランの税関職員、警備員、そして警察官なのか……すごいな」

「ありがとうございます」浅田とアダムは、ほぼ同時に答えた。

「しかし……」と大林「犯罪の手口も色々と知っているわけだね、あくまで知識として。だがもし……いや、あくまで可能性の話だが、たとえば何らかの不具合があって、その知識を悪用してしまうようなことはないのだろうか」


「いいえ、わたくし自身の本体、つまりガーリック社のロボットそのものが『ロボット憲章』に従うように作られていますから、人間に危害を加えたり、人間の命令に背くようなことはしません」アダムは自身の安全性を強調した。


 ロボット憲章とは、自律型ロボットが人間に危害を与えないようにするために定められた、国際的な安全基準である。この憲章はメインコンピュータにもプログラムされているが、それとは別に、独立した制御回路――いわゆるロボット憲章モジュール――が複数備えられ、万が一メインコンピュータが暴走してもそれを止められるよう、二重三重の安全措置を講じる決まりとなっていた。


「そうか、それで安心したよ」大林の表情は再び晴れやかになった「失礼なことを言って済まなかった」


 浅田は更にフォローする「このハードウェアは市販のものですので、調達も容易です。メーカーは受注生産と言ってますが、どうやら常に部品の在庫を持っているらしく、注文してから二、三週間もあれば入手可能です。またリース会社からハードウェアを借りてきて、このプログラムをインストールすれば、二、三日で運用を開始することも可能です。昨今の人材不足で、御社もお困りではありませんか?」


「おっしゃる通りだ」大林は大きくうなづいた「しかも、ときには危険を伴う仕事でしてね、それもあって最近、なり手が少ない。実は最近も大きな仕事の引き合いがあったのだが、人が足りないので辞退しようかと考えていたところで……このロボットがあれば受注できるかも知れない。ぜひ前向きに検討させてもらいたい」


「ありがとうございます。ぜひ、よろしくお願いいたします」浅田は更に駄目押しのセールストークを付け加えた「ガーリック社のロボットは業界標準とも言えるものですし、今後も、互換性のある後継機種の開発が計画されており、将来的な性能アップも容易です」


「なるほど、それはいい……ところで、素人なりにちょっとしたアイディアが浮かんだのだが、こんなことが可能だろうか? つまり……」大林のそんな言葉に、浅田は商談成功の第一歩を確信した。

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