雌餓鬼 対 人斬り珍朴斎 (青空文庫M)
静まり返つた京の都に、一人の裸侍が、ゆつたりと歩いて居る。
侍。裸であつても侍と表現したのは、男がそうとしか言えぬ出で立ちをしている故也。冠つた編笠、腰に巻いた薄汚れた帯には打刀を佩き、足元には草鞋。但し、着物だけが見当たらぬ。男の股座を涼やかな風が通り抜け、脇道に生える茂みがそよいだ。
ふと、野太い悲鳴が聞こえて来る。
どうやら、これから裸侍が渡ろうとしていた橋の向こうで、身なりの良い商人が雌餓鬼に襲われて居る。着物を剥ぎ奪られ、雌餓鬼の小さな足に蹴り潰され、其は珍保の世にはよく見られる、大人が負ける光景也。
雌餓鬼は細い弓張月の眉、くりつと初々しい玉のような眼をして、桃色の振袖をひらめかせ、ぴょんこぴょんこと弾む歩き姿はまさに童女也。但し、目元には悪童の如く何某かを企む影が差して居る。瑞瑞しい唇はにんまりと歪みおり、今宵も大人を虚仮にする腹積もりなのであらう。
その雌餓鬼が、裸侍を見。
莫迦にするやうに笑い声を転がした。
「あれゑ~?♥ おにゐさん、何で最初から裸なの?♥ もしかしてゑ……
片や裸侍、鯉口を切り、抜刀。
「拙者、雌餓鬼わからせ侍と申す者。わからされるのはお主の方だと心得よ」
「いやあん、こわあい♥ 大人剣術にわからされちやう♥ ……なあんてね。おにゐさんの足……がくがくだよお?♥」
其れは事実也。裸侍の両の足は雌餓鬼への怖れに震えて居た。其の筈、珍保の世に於いて雌餓鬼とは怪異とされ、負けたが最後、命尽きるまで搾り取らるると専らの噂であったのだ。
裸侍はしかし、堪えた。これまで励んできたのは、山を走り滝に打たれ岩を斬る、過酷な修練也。心を研ぎ澄ます。胆力にて足の震えを止めた。
股間のあたりにて刀を構える。
切先を童女に向けた。
「雌餓鬼め。わからせて進ぜよう」
陽は傾き。
夜の帳が東から覆い来て。
夕暮れの都に鴉は鳴き。
遠方に聳える五重塔に橙の陽は隠れて。
周囲が昏くなる……
其れと同時に裸侍が跳んだ。
一撃必殺の絶技が――――炸裂する!
「雌餓鬼
「オ゛ッ!?♥ ォオ゛ッ、オ、ホォオ♥♥ オ゛、オッホォオオオオ゛♥♥ ホオ、ホオオ゛オ゛オ゛〔以下原稿なし〕
底本:「弱川雑魚之介全集」よわよわ文庫、弱犬書房
1987(昭和62)年1月24日第1冊発行
初出:「雌餓鬼対人斬り珍朴斎」
1846(珍保22)年1月
※〔 〕内は、底本編者による加筆です。
入力:かぎろ
校正:ろぎか
2024年11月2日作成
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫M(https://kakuyomu.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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