「先輩のばか! キザ! えっち!」
県立
歴史は浅くも古くもなく、偏差値も校風もいろんなところが普通な高校。
そこの二年生であるおれは四限の授業を受けていた。
受けながら、今から昼飯のことを考えていた。
昼休みの購買は餓えた狼たちで賑わう。
早めに行かないと人気のビッグウインナーロールがなくなってしまうから、昼休みが始まると同時に教室を飛び出さないといけない。しかしながら廊下を走ることは禁止されている。そこで必然的に、多くの餓狼たちは血走った目で廊下を早歩きすることになる。
異様な光景だが、おれも今日はその競歩大会に参加せざるを得ない。
弁当を忘れてきてしまったからだ。
「はい今日はここまで。復習しとけよー」
教師の四限終了宣言を聞くが早いか、おれは教室を出る。しかし普段は弁当派のおれ。根っからの購買派である友人たちには既に遅れをとっていた。
「くっ……!」
「遅えぞ
あっという間に友人たちの姿が廊下の角に消える。あいつら何者なんだよ……。
奴らの俊敏さに陸上競技選手としての原石の輝きを感じつつ、おれもコーナーを曲がる。
購買のある一階へ行くため、階段を下りていく。
そこで、小柄な女子生徒と軽く体が触れ合った。
「あ、先輩」
「お、黒森」
そこにいたのは黒髪・ショートボブの後輩、
「なんですか先輩。待ち伏せでもしてたんですか」
隣り合って階段を下りながら、黒森は嫌そうな声を隠そうともせずぶつけてくる。こいつは何が気にくわないのかわからないことで怒り出したりするから厄介だ。
部活で一緒にいるうち、慣れたけど。
そう、黒森は文芸部の後輩なのだ。
ところで文芸部にはおれの他に三人の部員がいるのだが、おれはその三人をそれぞれ、勝手に「大・中・小」と呼んでいる。
黒森はそのうちの「小」にあたる。
つまり、こいつは小さい。
「先輩は弁当派とのことでしたよね。どうして購買へ向かっているんですか」
競争相手が増えたからだろうか、黒森は不機嫌そうにしている。そしてその不機嫌声が斜め下から届くのは、黒森の身長が本当に低いからだ。一四〇センチ台かな。一三〇センチ台だとかいう説もあるけど、さすがにそれはないと思う。……ないよな?
制服の大きさもなんか合っていない。手の甲が半分隠れれば「萌え袖」なら、完全に隠れてまだ袖が余っているというのは何袖なんだろう。
「弁当忘れたんだよ。だから久々に購買でパンをな」
答えると、黒森はそうですかと呟く。おれはもう少し早く歩けたが、仕方なく黒森と歩調を合わせた。
「私もいつもはお母さんがお弁当を作ってくれるんですが、最近お仕事が忙しいらしくて。今日は購買で買うことにしました」
「ふうん。黒森もビッグウインナーロールを食べたいのか?」
「ビッグウインナーロール? はっ! あんなもの!」
気障なふうに笑う黒森。
「あんな野蛮なパンなんて、深窓の令嬢である私には相応しくないです」
「あっそう……じゃあ何を狙ってんの? パン」
「そうですね。もちもちミニ野菜パンとか」
「……あのちっちゃいのを?」
「令嬢は小食なんです」
「もっと他にさ、リンゴジャム入りのでかいやつとか」
「令嬢は小食なんです」
「…………」
「……令嬢は、小食なんです」
おれは、フフンと笑ってやった。
「何ですか今の嘲笑は! あ! ビッグウインナーロールを食べるとお腹いっぱいになりすぎるんだなーお子様だなー、とか考えたでしょ今!」
「べっつにぃ~、フッフ~ン」
「……いいでしょう、今日の私は気分が変わりました。ビッグウインナーロール、食べてやろうじゃないですか!」
黒森が啖呵を切ると同時に、おれたち二人は購買に到着した。
ビッグウインナーロールは……ラス一!
「これください!」
こうして黒森は最後のビッグウインナーロールを手に入れたのだった。
◇◇◇
「まあ黒森、おまえの言い分はわかる」
窓の外を眺めながら呟く。
「ビッグウインナーロールを完食するところを見せつけるにあたって、おまえはパンを食べている時おれと一緒にいる必要がある。けど、確かに男女で一緒に昼を食べていると噂が立ったりしなくもないよな」
それから黒森に視線を移す。
「だからといってわざわざ部室に来る必要があったか?」
「部室なら誰にも目撃されないじゃないですか」
「そうだけど」
「面倒なことくらいわかってますよ。ふふーんとか笑って挑発した先輩が悪いんです」
部室棟の文芸部室は、大きな本棚に節操もなくいろんなジャンルの小説が挿してある以外は、割と普通の部屋だ。おれと黒森はそこにふたりきりになっていた。
「私が大食らいだってところを見せてやりますよ」とか言っておれを部室まで連れてきた黒森は、今、もぐもぐとビッグウインナーロールを頬張っている。
「もぐもぐ」
「早く教室に戻りたいんだが」
「もぐもぐ」
「やっぱりおまえの小さい口にそのデカいパンは無理があったんじゃ?」
「もぐもぐ」
「早く教室帰らないと友達が寂しがるんだけど」
「もぐもぐ……うるふぁいですね。というか先輩はそのお友達の保護者か何かですか。まあいいでしょう、とにかく見てください、もう半分も食べ尽くしましたよ」
黒森はパンを掲げた。
お腹をさすって、やり遂げた感を出す。
「まだ半分だからな?」
「思ったよりおいしくないですねこのパン。飽きたので先輩にあげますね」
「フフーン」
「ええ。食べますよ。食べてやりますよ。私に二言はありません。さあ、刮目していてください!」
勇ましく宣言したのち、黒森は大口を開けて再びパンにかぶりつこうとする。
しかし動きが止まった。
「ん?」
「……ぅ」
黒森の目尻に涙がにじむ。
「ぅぅぅう~……」
「どうした黒森!?」
「きもちわるい……」
「わかった、残りはおれが食べてやる! 挑発なんかして悪かった! 大丈夫か、保健室行くか?」
つらそうな顔をして、こくんとただ無言で頷く黒森。
これは一大事だ。あの黒森がここまで弱々しく……
「よし黒森! おんぶしてやるから! 乗れ!」
「ぅ……そこまででは……」
「わかった、抱っこだな!? とにかく焦らず落ち着いて急ぐぞ!」
「ひゃっ……!? 先輩、降ろして、降ろしてくださいっ! お姫様抱っこなんて先輩には百年早いですっ!」
「軽いから大丈夫!」
「うぅっ……もう! 先輩のばか! キザ! えっち!」
「何がエッチなんだ!?」
その後、黒森の状態はただの食べ過ぎによる一時的なものだとわかり、おれはほっとしたのであった。黒森は一週間くらい口を聞いてやらないと宣言し、実際、二日間くらい口を聞いてくれなかったのであった。
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