第82話 降りしきる雪と

「わぁ…!!雪が降ってきたのだ!」


 昼頃から雪が少しずつ降ってきた。積もるかどうかは定かではないが、予報では積もるかもしれない、と言っていた。


 子供たちの嬉しそうで、明日が待ち遠しいような声が、微かながら聞こえる。

 今日はクリスマスイブ。

 思えばパークに来てから雪を見るのはこれが初めてだ。


「…うぅ、寒いのだ寒いのだ」


 外を確認するためベランダに出ていたアライさんだが、寒さに耐えることが出来ずにまた中へと戻ってきた。


「はぁ〜やっぱり家の中はあったかいのだ!」


「どんぐらい寒かった?」


「北極レベルなのだ…」


 ちょっとしたアライさんの冗談に、


「まさかぁ」


 という声、そして笑みがこぼれる。


「でも本当に寒かったのだ…」


 彼女もそう言いながら微笑む。


 そういえば今朝から台所は大忙しだ。何故なら今晩にちょっとしたクリスマスパーティをするからだ。


「アカギさん、アライさんも手伝うのだ!」


 と、先程から調理に差し掛かっていたアカギさんに、アライさんが提案をする。

 彼は顔面、特に口元を黒い布で覆っているため表情かおがよく見えないが、


「おお!手伝ってくれるでござるか!頼もしいでござるなぁ」


 と嬉しそうに言ったあたり、やはり笑っているのだろうか。


 俺も手伝いたいところだけどなぁ…アライさんほど料理もうまくないし…


 そう、アライさんの料理の腕はとっくのとうに俺を追い抜かしていた。

 初めは教える側だった、と言っても俺はカレーを作るのが限界だ。

 それに普段の食事だって冷凍食品で簡単に済ませていた。


 アライさんが来てから料理も頑張ったつもりだったけれど、やっぱり追い抜かれるのは当たり前だった。


「手伝えることありませんか?何か買出しとか、野菜切るとか…」


「とても有難いでござる…!ちょっと待ってるでござるよ、今足りない材料を書き出すでござる…」


 そう言って彼はメモを取り始めた。



 ◆



「えぇと、あとはこれとこれか…」


 只今買出し中、意外にも必要なものが多くてちょっと戸惑った。

 会計を済ませ、傘を開き歩き出す。

 何せ雪が降っている、雪が降っていても傘をしない人がいるが俺はする派だ。


 買い物袋をぶら下げ、家路へと向かう。

 その時、同じく傘をしている人…というかフレンズとすれ違った。


 傘で顔が良く見えなかった。だからすれ違っただけでは気付きはしなかった。

 少し歩いて、後ろを振り向いて。

 するとすれ違った彼女もこちらを振り向く。


 会ったことがあるんじゃ?というちょっとした勘だったが当たりのようだ。

 数年ぶりに彼女の顔を見た。


「おぉ…!やっぱりメイじゃないか!久しぶりだなぁ!」


「ヒグマ…久しぶり、どうしたの?こんな所で」


 その少女はヒグマ、久しぶりに会った彼女はコートを羽織っていた。



 ◆



「どうだ?最近は大丈夫か?嫌な事とかあったりしないか?」


「ないない、そんなのないよ」


 数年前から神出鬼没だった彼女だが、あの事件以来全く会うことが出来ていなかった。

 街の中ですれ違うことも無かったが、まさかこんな形で出会うことになるとは…


 せっかく数年ぶりに会ったのだから、話しながら帰ろうとヒグマが誘った。

 だから今こうして二人で家路に向かっている。


「そういえばいいの?」


「何がだ?」


「行くところがあるんじゃないの?方向も逆だし…」


「ここからでも行ける、問題ない」


 何故かあまり話題が思いつかない。二人の間に沈黙の時間が流れたまま、少し歩いていると、彼女が心配そうな表情をして話しかけてきた。


「本当に大丈夫か?悩みとかあったりしないか?遠慮しないで打ち明けていいんだぞ!」


「ないって、ヒグマは心配性だなぁ」


「そりゃ心配するだろ…馬鹿野郎…」


 結局会話は長続きしないで、他の話題も出ないまま家の近くに到着した。

 せっかく久しぶりに会えたのに、全然話ができなくてちょっと寂しい。


「そろそろ家に着くよ」


「あ、あぁ…」


「久しぶりに会えて嬉しかったよ、またどこかで会えたらいいね?」


 そう言うと、彼女は立ち止まり、何かを考え込み始めた。

 どうしたのか、と思い振り返る。

 すると彼女も寂しそうな顔をして、少し強い口調でこう告げる。


「何かあったら私に相談するんだぞ!お前はいっつも一人で抱え込むからな!取り返しのつかないことになる前に、ぜっったいに私の下に来るんだぞ!」


「…分かってるよ」


 空から降る雪は、先程よりも更に強くなったように感じた。


「じゃあ、またね?」


 そんな雪の中、俺は久しぶりに再会した彼女に別れを告げた。



 ◆



「遅くなってすいません!」


「お帰りでござるよ、メイ殿」


 玄関の扉を開けてすぐに謝る。

 あまり話題も出ないのに、ゆっくりと歩いて結局遅くなってしまったのだ。


「えぇと、これとこれですね…!」


 腕にぶら下げてあった買い物袋をテーブルの上に置き、野菜や肉を中から取り出す。

 ここでふと思い出す。


「…ケーキ忘れてた」


「うっかり者でござるなぁ、メイ殿は」


 時計を見れば、今から取りに行ったってまだ余裕がある。


「すいません、取りに行ってきますね」


 そう言って傘を取り出し、ドアノブに手をかけた時だった。

 手伝いをしていたはずのアライさんがこちらに駆け寄ってきた。

 防寒対策にジャンパーまで来ている。ダボダボだけど。


「アライさんも一緒に行くのだ!」


「手伝いをしてるんじゃなかったっけ…?」


 アカギさんの話によれば、「最初は要領よく手伝ってくれたけど、段々寂しそうになってきてた」らしい。

 アライさんは結構寂しがり屋だ。


「行ってくるとイイでござるよ。なぁに、料理ならもう大丈夫でござるよ」


「ありがとうございます、アカギさん」


「それじゃあ早速出発なのだー!」


 手が冷えないように、彼女と手を繋いでドアノブに触れる。

 外に出ても、手を繋いでいるだけなのにとても暖かく感じた。

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