第5話
城ヶ崎凛は少し後悔していた。
いくら頭に血が上っていたとは言え東京本部1の武闘派であり問題児の葛城源治に模擬戦とはいえ喧嘩を売ってしまったのだ。しかも負けたら何でもいうことを聞くという条件付きで。
もしあんなセクハラおやじに負けたら何を命令されるやらと薄ら寒くなるが、ここで源治に勝てば今までの意趣返しができるしなによりここで引けば姉の敵を討つことなど到底不可能だろうと自分を奮い立たせて愛用の柄だけのレイピア「ブルーローズ」を腰に下げれば姉のお下がりである青色のショートコートを着て部屋を出ると、ちょうど準備を終えた源治がいつもの黒いロングコートを着た状態で右手には愛刀「斬無」(ざんむ)を持って部屋から出てきたところだった。
「ほほー、てっきりビビって出てこないかと思ったが、根性はあるみたいだな」
「そっちこそ、引き返すなら今のうちだよ」
凛も負けじと言い返せば源治の後に付いて歩けば階段を降りて1階まで行くと
「こっちだ」
源治は外には出ずに、階段下にある扉を開けば更に下に続く階段が存在し、そこを降りていく。一番下まで降りればそこは壁も床も全てコンクリートでできた空間で電気はなく壁に設置された燭台に建てられた蝋燭の炎だけで照らされていた。
「とりあえず、こっちはこれ一本だけだ。お前はその腰に下げてるやつでも、銃でも術式でも何使ってもいいぞ。勝敗はそうだな・・・とりあえずどっちかが参ったをかけるまでやるか」
「随分自信あるね、私が勝っちゃうけどいいの?」
「ぬかせ、まだ禄に怪異の一体も狩ったことがないケツの青いガキに負けるほど落ちぶれてねえよ」
源治と凛、お互いが部屋の中央に少し距離を取って位置取れば凛はブルーローズを抜き真半身に構えると、レイピアを持った右手を顔の前に構えれば柄だけのレイピアに氷の刃が形成される、源治は刀も抜かずに挑発するようにフラフラとしている。
最初に動き出したのは凛だった、一瞬でレイピアの間合いまで近づけば鋭い突きを繰り出す。並の相手なら一撃で勝負が決まっていたであろうそれを源治は僅かに身を引くだけで避ければ、凛は一撃でだめなら何度でもと無数に突きを繰り出すがその全てを源治は、僅かに体を反らすだけで捌いていく。
ふと凛の視界から源治の姿が消えれば、尻に強い衝撃を感じた。凛の後ろに回った源治が軽く凛の尻を叩いたのだ。
「きゃっ!」
女の子らしい悲鳴を軽く上げてすぐに後ろを向いて構え直せばすでにそこに源治の姿はなく、そしてまた尻を叩かれる。度重なるセクハラと自分を舐めているとしか思えない源治の態度に凛の怒りが頂点に達する。
「ぶっ・・・ぶっ・・・・野郎ぶっ殺してやる!」
凛は憤怒の形相で源治から距離を取ってニヤニヤ笑う源治を睨みつければレイピアの先を地面に当て
「氷術、氷雨」(ひょうじゅつ、ひさめ)
凛が術式の名前を唱えると、レイピアを中心に魔法陣が地面に形成され凛の周りに無数のソフトボール大の氷の塊が宙に浮いた状態で現れる。
「行け!」
地面にレイピアの先を付けたままそう叫べば氷塊は意思を持ったかのように、源治に向かっていくそれを見た源治はようやく腰の刀を鞘ごと抜くと、振った衝撃ですっぽ抜けないように左手で柄、右手で鞘を握れば、野球のバッターのように振りかぶり一番最初に間合いに到達した氷塊を打ち返す。
打ち返された氷塊は後続の氷塊に当たると、氷塊は向きを変え別の氷塊に直撃する。こうしてその繰り返しで、全ての氷塊をでたらめな方向に弾き飛ばせば切り落せばまだ足りぬと言ったふうに、左手の指をクイクイッと動かしもっと撃ってこいと要求する。
「上等だよ・・・氷術万年氷獄、次いで氷成蛇」(ひょうじゅつまんねんひょうごく、 こおりなるへび)
レイピアを中心とした魔法陣が更に大きくなれば、まず源治の姿がドーム状の氷に覆われ見えなくなり、次いで凛の周りに氷でできた巨大な蛇が生まれれば凛の号令とともに氷の牢へ向かって飛んでいきその長い体で氷の牢の上から巻き付いていく。
「今なら降参してもいいよ。土下座して謝るなら許してあげる」
「やなこった、そんなに負けを認めさせたけりゃお前が直にトドメ刺しにきな」
「そう・・・どうなっても知らないよっ!」
凛が合図すると蛇が外側から氷の牢をその巨体で源治ごと絞め潰す。その衝撃で起こった土埃を前に少しやりすぎたかと思ったが、その心配は杞憂に終わった。蛇が消えた後の氷の残骸の中から一つの影が弾丸のように飛び出せば凛に一直線に向かっていく。
「っ! 氷雨!」
慌てた凛が氷塊を飛ばすも最小限の動きで躱されると凛が迎撃のためレイピアを地面から抜いた頃には、源治が懐に入り込んでおり、刀の柄を鳩尾に直撃させる。
「かっ・・・!?」
腹部への強い衝撃に凛の意識が遠のく、意識を失う寸前凛が見たのは先程と同じようにニヤニヤと笑う腹立たしい源治の顔だった。
「言ったろ?お前なんかに負けるほど落ちぶれてないって」
凛が目を覚まし源治を見ると、傷一つついておらず、こうも実力差を見せつけられれば負けを認めるしかないと思い憎々しげに源治を見ながら
「・・・参りました、さあ、なんでも命令していいよ。なんならストリップでもする?」
半ばやけくそ気味に言葉を発する凛に源治は
「そんな貧相な体見ても嬉しくねえよ。とりあえずは保留だな。」
そんなことを余裕綽々で言う源治だったが、内心は凛の戦闘技術の高さに舌を巻いていた。レイピア捌きもそうだが、あの年で術式をあそこまで使うことができることに驚いていた。
この世界における術式とはフィクションで言うところの「魔術」であるが、本来術式の扱いには術に対する深い理解と、才能、強固な精神力が必要である。その点凛は、煽られ激高しながらも見事に術式を扱ってみせた、天才少女という触れ込みもまんざら嘘ではないと源治は感じた。
源治にとって今回の模擬戦は凛の実力を図るためであり、本気で戦わせるために必要以上に煽りもしたが(何割かは素である)結果は予想以上である。前から子供も戦わせる本部の方針には難色を示していたが、ついこれから凛がどう化けるか楽しみだとも思っていまう。そんなことを思っているとコートのポケットの中の携帯が鳴り、画面を確認すると凛を更に試すにはちょうどいいとニヤリと笑った。
「おい、ガキ。いつまでも拗ねてないで準備しろ」
「私はガキじゃない、凛って名前があるんだから。で?準備って何を?」
「決まってるだろ、俺達がやることはただ一つ。怪異狩りだ」
屋敷の外では日が暮れ、辺りが暗くなり始めていた。夜の訪れは闇の住人が動き出す時間である、闇の住人とはそうすなわち「怪異」である。
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