リストラされる少女

naka-motoo

第1話 クソみたいな世の中のクソみたいな輩達のクソみたいな駄々にわたしの人生が引き摺り回されてわたしは女子高生であることをやめざるを得なかった

「降格だ」

「え」


総務部長の言葉にわたしは体がふらついた。

なんで、という思いと、ああやっぱりそうかという納得感がないまぜとなって周囲の音声が遠く聞こえた。


「もし不服ならば早期退職制度を利用してもらってもいい」

「退職金はどうなるんですか」

「先月作った規程どおりだ。若干の割り増しはあります」

「わかりました」


はー、と息を吐いた。


「辞めます」


2年この会社で働いた。わたしは1年生の時に高校を中退している。荒れていたわけじゃない。わたしの通っていた高校は県内で2番目の進学校だった。数学は苦手だったけれども、文系科目の総合点は学年で10番台だった。

わたしが中退したのは経済的理由だ。親の、ではない。叔父の、だ。

同居するわたしの祖母はパーキンソン病という難病指定の病気になった。身体症状としては左半身の不随から歩行困難となった。けれども、この病気は脳神経が原因で、幻覚や幻聴を伴うという特徴がある。


「ねえ、あそこに男の人が」


祖母は誰もいない部屋の片隅を見てそう言うようになった。最初は霊が見えるのかと思ったけれども、病気が原因だとわかった今は、少しだけ拍子抜けしている。

この祖母を見て、父の兄、つまりわたしの叔父は先回りして父にこう伝えてきた。


「女房の介護をしないといけないから、おふくろのことはお前に任せる」


叔父の女房、つまりわたしの叔母は重度のうつ病だ。もう20年近く、家事もやっていないという。わたしの生まれるぐらいの頃からずっとそうだったということだ。そして、祖母がパーキンソン病になった頃、その叔母からも電話があった。たまたまわたしが出た。


「カナエちゃん? あのね、お義母様のことだけど、わたし病気だから介護できないの」

「叔母様、介護できないのはわかりました。ばあちゃんの介護は地元に暮らしているわたしたちがするしかないってよくわかってます。でも、施設に入るかとか、治療費用をどうするかとか、責任の生じる決断については長男である叔父様と叔母様にしていただきたいんです。そのために日帰りでもいいですから一度こちらにきてください」

「はあ、はあ」

「・・・・病気で辛いのはわかります。でも、わたしたちも苦しいんです」

「はあ、はあ、一番辛いのは私よ! 旦那の稼ぎも悪いし」

「叔父様は公務員で安定してるじゃないですか」

「とにかく、介護もできないしお金も出せないわ!」

「・・・わたし前期の授業料、未納なんです。このままだと退学しないといけなくなります」

「はっ、はっ、はっ、わたしに死ねというのね! 近所にね、屋上に鍵のかかってないマンションがあるの。今からそこに行くわ! あんたのせいよ!」

「叔母様!」

「死ぬ!」


なにやら喚いてよく聞こえなかった。わたしは電話を叩き切った。

翌週、わたしは退学届を出した。父は一言済まん、とだけ言った。母は何も言わずに出て行った。


叔母はまだ生きている。叔父も別に自己破産などしていない。

叔父と叔母の長男、つまりわたしの従兄弟は有名国立大学大学院の博士課程を5年かけて終了した。その学費は奨学金を使い誰にも迷惑をかけてないと本人は胸を張っていたが、貸与制で祖母が連帯保証人になっていることが分かった。そして、従兄弟や叔父叔母に代わり祖母が返済を続けていることも分かった。だから母は家を出て行った。

家計にお金はあるのに、父やわたしには回ってこない。従兄弟は博士となり、やはり国立の安定した研究所に就職した。


そしてわたしは、高校を中退して就職した、プラスチック成形をやっている地元の中小企業の業績が急速に悪化し、リストラの対象となった。


「父さん」

「・・・何だ」

「今日、会社辞めた」

「・・・自己都合か、会社都合か」

「リストラだから会社都合」

「なら、失業保険でも有利だな」

「わたし、もう18だよ」

「まだ18だ。これからさ」

「何がこれからなのよ」

「・・・」

「ねえ、これからって、何? もう終わってるよ」

「そんなこと言うな」

「言うよ。ねえ、あの叔母さん、うつ病じゃないでしょ。確信犯でしょ」

「分からん。兄貴に聞いても病気だから、としか答えてくれん」

「ねえ。従兄弟は国立の研究所の研究者だよ」

「ああ。たいしたもんだな」

「ふざけないでよ。ねえ。ほんとは逆でしょ。立場、どう考えたって逆だよね。どうしてわたしが中退なの?」

「言うな」

「だから、言うって! ばあちゃんも何なの? 意味わかってやってんの?」

「年寄りに言っても始まらん」

「あんたの親でしょうが!」

「黙れ!」


父親は力任せにテーブルを叩いた。そしてこう言った。


「出てけ!」


わたしは冷めた声で答える。


「金があればね」


翌日からハローワークに行ってみた。


「中退かあ・・・」

あっさりとリストから除外される。


職業選択の自由、なんて言う。

でもわたしは16にして既に分かってしまっていた。

雇う側にも当然選択の自由があって、結局は従兄弟のように駄々をこねた人間が世の中での主要なポジションを得るのだと。


「キミ、割と美人だね。キャバクラとか面接行ってみたら?」


別に驚きもしない。わたしは表情を変えず、聞こえるように呟いた。


「死んでしまえ」


現実逃避したくてたまらない。高1の夏休み前に中退したので高校の友達はいない。中学時代の友達も今はそれぞれの高校で大学受験生となってわたしの話を聞く余裕もない。


「結局、あそこしか行き場はないか」


お金がもったいなので、「あそこ」まで20キロ歩くことにした。

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