第35話 雨降りは大好きです

「はぁ、梅雨って嫌ね。鬱陶しいし、蒸し暑いし。あんたのその変な力で、雨を止めさせなさいよ」


 のっけから、とんでもない事を口走っているのは、何を隠そう裕子ちゃんです。

 私は普通の人間ですよ、変な力なんて持ってる訳ないでしょうに。

 アンニュイな雰囲気を醸し出しつつ、私のベッドを占領しています。

 本当に困った子です。


 美夏ちゃんは、朝からお出かけしてます。

 台風が来ると、お外でずぶ濡れになるのが好きという、変わった趣味を持つ美夏ちゃん。

 何と言うか、野生児を超越してますね。

 変な子大賞を差し上げたいです。

 

 因みについこの間に来た台風の時は、美夏ちゃんがお外ではしゃいでました。

 夜中に外で、ずぶ濡れになってはしゃぐ大人ってどう思います?

 美夏ちゃんが濡れネズミみたいな状態で帰って来ると、お掃除の妖精さんが凄く嫌そうな顔をしてました。

 そりゃあそうでしょうよ。

 お掃除したばっかりの所を汚すなって、私でも思いますし。

 

 でも美夏ちゃんって、風邪をひいた事がないらしいです。

 体が合金で出来てるんでしょうか。

 弱っちい私と違って、逞しさ満点ですね。


 雨と言えば、恵の雨なんて言葉もありますけど、私にとって雨は再会の時間だったりもします。

 雨雲と共に、世界を股に掛けて旅をする雨の妖精さんが、たまに会いに来てくれるんです。


 忙しい雨の妖精さんは、滅多に顔を見せに来てくれないです。

 なぜか小雨の時には遊びに来ないで、豪雨の時に限って遊びに来るんです。

 特に傘をさして見守るなんて、出来ないほどの台風みたいな日にね。

 超大型の台風なんかが来た時には、嬉しそうな笑顔で窓を叩いています。


 水の妖精さんと大の仲良しで、よくハグしています。

 ツンのないただのデレになった水の妖精さんを見る事が出来る、数少ない機会ですね。

 キャッキャとはしゃぐ水と雨の妖精さんは、と~っても可愛いですよ。

 小雨くらいなら、傘をさして見守るんですけど、豪雨じゃ流石にね。

 風邪をひきたくないですし。

 雨の妖精さんが遊びに来た時は、だいたい部屋の中から眺める感じですね。


 そんな時に限って、お邪魔虫が来訪するってもんですよ。

 それでもって無粋な事を言うんです。


「あ~、もう! いきなり降って来るなんて聞いてないわよ! うっとおしい雨ね!」


 ほらね。


「シャワー借りるわよ。その間にご飯作って起きなさいよね!」


 やっぱね。

 実はこれが、一時間前の我が家です。

 せっかく私が気分よく、遊んでいる水と雨の妖精さんを眺めていたのに、それこそ水を差された気分です。

 ご飯を食べた後で裕子ちゃんは、私のベッドに横たわって漫画を読み始めました。


「自分の部屋に帰れば良いのに」

「なんでよ! 居ちゃ悪いの?」

「いや、別に良いんだけどさ」

「そういうあんたは、何してんのよ。窓の外を眺めてニヤニヤして、気持ち悪いわね」

「気持ち悪いって・・・」


 裕子ちゃんにだけは言われたくないです。

 大食いのわがまま星人め!

 ガサツだから彼氏に振られるんだよ。

 妖精さんも、子猫達にも懐かれないしさ。


「裕子ちゃんには、優しさが必要だと思うよ」

「はぁ? 優しいじゃない、あんたには特にさ」

「きゃー、ちょっと裕子ちゃん。待って、やだ。いひゃい、やめれ。やめれよ、ひゅーひょひゃん」


 両方のほっぺを、思いっきりつねられました。

 さっきまでベッドで横になってたくせに、何その俊敏な動き。

 馬乗りでほっぺをぎゅーですよ。

 裕子ちゃんに押し倒されても、嬉しくないです、グスン。


 私はほっぺをさすりながら、妖精さんを見て癒されるんです。

 そんな私にミィがスリスリしてきました。

 君も良い子だね。

 

 雨と水の妖精さんは、特別な事をしている訳ではありません。

 おしゃべりしたり、追いかけっこしたり、踊っていたりです。

 飽きないかって?

 飽きないんでしょうね。

 大の仲良しですし。

 私も見ていて飽きませんんよ。

 だって楽しそうですし、嬉しそうですし。

 たまにこっちを見てニコッて笑うんです。

 それがもう、たまりませんね。


 まぁ確かに外を眺めてニヤニヤしてたら、ちょっと変な子かもしれませんね。

 でも、いいじゃないですか、自分の部屋なんだし。

 人目がある場所では、こんな事はしませんよ。

 当たり前ですよ、私だって理性ってのが有るんですよ。


 裕子ちゃんがお邪魔なんです。

 自分は気ダルそうにしながら、マンガ読んでるくせに。

 裕子ちゃんの様子をチラ見していたら、急に立ち上がって、部屋を出ていきました。

 そしてビールの六本パックと新しい漫画の束を持って、裕子ちゃんが再び現れました。

 

 ビールをプシュって開けると、喉を鳴らしながら飲んでます。

 ベッドで寝ころびながら漫画を読んで、おまけにビールってどこの誰さんですか?


「ねぇ。ここ私の部屋だよね」

「そうね。だから何?」

「いや。何で私より裕子ちゃんが寛いでんの? 部屋の主は私だよ。裕子ちゃんのお部屋は隣だよ」

「そんなの知ってるわよ。別に良いじゃない。悪い?」

「まぁいいけどさ。そのまま寝ちゃうのは、止めてよ」

「馬鹿ね、寝ないわよ。明日は休みなんだし」

「私が眠くなったら、ベッドからどいてよ」

「あ~はいはい。どくわよ。任せなさい」

「ほんとだよ。私は床で寝たくないからね」

「もぅ、うっさいわね。ちょっと黙ってなさいよ! 今いい所なんだから!」


 聞きました?

 やりたい放題ですよ。

 だってこの間、裕子ちゃんは飲んだくれて、私のベッドで寝ちゃったんですよ。

 私は仕方なく床で寝たんですよ。

 何て子なんでしょう、まったくもう。


 結局それから直ぐに裕子ちゃんは、寝ちゃいました。

 裕子ちゃんが寝ちゃった後で、美夏ちゃんが泥だらけになって帰ってきました。


「ただいま~! 川で遊んでたら流されかけたよ~!」

「大丈夫だったの?」

「平気だよ。僕は泳ぐの得意だし。鮭にだって負けないよ」


 いや、何と勝負してるんでしょうね、この子は。

 とりあえず、美夏ちゃんをお風呂場に放り込みます。

 水の妖精さんが、雨の妖精さんと遊んでいるので、普通にシャワーを使ってもらいます。


 美夏ちゃんがシャワーを浴びている間に、お掃除の妖精さん達が大忙しで泥汚れを綺麗にしてました。

 察しの良いお料理の妖精さん達は、リクエストが来る前に支度を始めます。

 妖精さんってば、環境適応能力が高すぎやしませんか?


 美夏ちゃんと言えば、ふ~ぅさっぱり~って言いながら、出来たばかりのご飯を食べて、ごろ寝しちゃいました。

 うん、わかってた。

 予想通り過ぎて、何も言う事は有りません。

 美夏ちゃんが帰って来て、ドタバタしていたのに、裕子ちゃんは目を覚ましません。


 モグとペチが美夏ちゃんによじ登ろうとしてます。

 遊び相手を取られた火の妖精さんは、少し寂しそうです。

 お掃除の妖精さん達は、黙々と笑顔でお掃除してます。

 お料理の妖精さん達は、集まってお料理の研究会みたいなのを開いてます。 

 他の妖精さん達も各々、好きな事をしてるみたいです。

 私はと言えば、窓の外を眺めて楽しんでます。  

 

 何だかんだで日常は忙しないです。

 ですけど、雨の日にこうやってゆったり過ごすのも、良いもんです。

 なんだか、凄くゆっくり穏やかに、時間が過ぎる感じがします。

 可愛い雨の妖精さんも訪ねてきてくれますし。

 雨の日は大好きです。

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