第3話 お料理の妖精さん

「料理。それは生きる糧を得るだけでは無く、アイデンティティーなのだよ!」


 ちょっと偉そうに叫んでしまいました。ごめんなさい。


 私は料理をした事が有りません。何故かは予想がつくかもしれませんね。

 その通りです。お料理の妖精さんが全てやってくれます。


 当然、上京した時にお鍋やフライパンに包丁を両親に買い与えられました。

 掃除機同様、私が使う事は有りません。

 誰が使ってるかって?

 それは、お料理の妖精さん達です。


 お料理の妖精さんは十人程います。

 何故そんなに居るのかって? 

 私が知る訳ないでしょ!

 知らずに増えていたんだもの。


 ・・・あれ? そう言えば心当たりが有るかも!


 一人暮らしを始めた頃、意気込んで有名料理人の名がついたレシピ本を買いました。

 フフン、私にかかればお料理なんて、楽勝よ!

 それは甘かった様です。超激甘でした。


 私はスーパーで材料を買い、いそいそと自宅へ戻ります。

 本のついでに、たまたま見つけた可愛いエプロンを装着!


 ウキウキしながら、お料理開始だ! っと思いましたが、私は実家で母の手伝いをした事が有りません。

 材料を切るにも、包丁の持ち方は? 微塵切りとか、小口切りとかって何? 少々ってどの位?


 私はレシピ本を片手に崩れ落ちました。

 最初に買うのは、美味しそうな写真の上級者向けレシピ本じゃ無くて、初心者向けのハウツー本だったか。

 そんな時です。お料理の妖精さんがポンっと現れました。


 お料理の妖精さんは、あっという間に買って来た材料で、料理を作り上げました。


 わかります? その時の私の驚き。

 妖精さんが料理! そんな事では、妖精さんに慣れた私は驚きません。

 手のひらサイズのちびっ子が、自分より大きな包丁を巧みに使いこなし、何倍もの大きさの重いフライパンを軽々と振り回すのです。

 私は呆気にとられて、妖精さんの様子をただただ見つめるしか出来ませんでした。


 お料理の妖精さんが作った物は、何と表現すれば良いのか、もう絶品でした。

 語彙不足? 仕方無いでしょ! こんな美味しい物食べた事無いんですから!

 とは言え、元のレシピを作った有名料理人の料理も、食べた事は無いんですが。


 この時現れたお料理の妖精さんは、和食が得意な妖精さんだったみたいです。

 何だか和食が続くから、偶にはパスタが食べたいな~と思い、スパゲッティーニを買って来たら、もう一人妖精さんが現れ、絶品パスタを作り上げました。

 中華が食べたいなと、中華調味料を買って来ると、また一人妖精さんが現れ、極旨の中華を作り上げました。

 そうして増えて行った、お料理の妖精さん総勢十名。


 ここまでで、あれ? っと思った人は居ましたか?

 はい。材料や調味料は、ちゃんと私が買ってきます。仕送りと言う名のリアルマネーで。

 そうしないと、お料理の妖精さん達は、何処からか材料を調達して来ちゃうんですよ。

 犯罪ですよ。盗人ですよ。

 犯人は妖精さんです! って言って誰が信じてくれます?

 私は逮捕されたく有りませんから。


 そんなまさか? って思ったら甘いですよ。

 人間の倫理観の外側で生きている妖精さん達には、所有権がどうのなんて関係有りませんから。


 実際に朝目覚めたら、買った覚えのない調味料や野菜が並んでた時には、流石に私も腰を抜かして大声で叫びました。


「あなた達。全部返してきなさ~い!」 


 妖精さん達は、コクリと頷いて、材料を元に戻していきました。

 聞き分けの良い子達で良かった。


 それ以降は、私が必ず食材を買ってきます。

 でも、何が心配なのかお料理の妖精さん達は、買物には必ず着いて来ます。

 そして、お料理の妖精さん達が指定した食材を選びます。

 指定した物以外を買おうとすると、お料理の妖精さん達はとても悔しそうな顔で泣くのです。


 ですが、お料理の妖精さん達がお気に召す食材が、必ずしも近くのスーパーに有る訳では有りません。

 時にはスーパーを何件も梯子させられて、へとへとになる事が有ります。


 お料理の妖精さん達は嬉しそうですけどね。

 私とお買い物するのがそんなに嬉しいんでしょうか?

 スーパー内を駆けずり回る子供達の様に、食材の上でクルクルと踊ります。


「ねぇ、もう疲れたよ。この野菜じゃ駄目なの?」


 私の体力を考えて妥協をする時の妖精さん達は、それはもう悔しそうな表情で泣き崩れます。

 まるで、甲子園の土を集めている高校球児の様です。


 お休みの日なら、ある程度付き合ってスーパー巡りをしますけどね。

 下手すると魚を買いに築地に、野菜を買いに全国各地にと、日本全国行脚させられそうで怖いです。


 ある時私は、大学で出来た友人を家に招待をしました。

 食べ歩きが趣味と豪語する彼女の舌が、妖精さんが作った料理にどう反応するか、見てみたかったからです。


 招待した日は休日で、訪問時間をきっちり指定しました。

 当たり前でしょ! 妖精さんは他人に見えないから、包丁やフライパンが勝手に宙を飛んでいる様の見えるでしょ!

 それはファンタジーじゃ無くてホラーだよ。ポルターガイスト現象だよ。

 リアルに起きたら、普通怖がるでしょ!


 友人が訪ねて来た頃に丁度仕上がる様に、お料理の妖精さんが腕を振るいます。

 腕を振るった妖精さんは、フレンチが得意な妖精さん。

 テーブル全体に所狭しと並ぶフルコース料理に、友人は目を見開きます。


「あんたが作ったの? マジで? 嘘でしょ?」


 私じゃ無く妖精さんだよ。

 私は、心の中で返答します。


「嘘! 何これ美味しい! こんなの始めて食べた! 超美味しい! あんた店だしなよ。大繁盛間違いないよ」


 いやいや、無理だって。作ったの妖精さんだし。

 再び、心の中で返答します。


「どうやって作るの? 教えてよ!」


 私は慌てました。料理の作り方なんて、私は知りません。

 妖精さん達に料理を教わればって?

 馬鹿な事を・・・

 板前やコックの修行になりますよ、きっと。


 友人に妖精さんの事を話しても、信じないだろうと私は思ってます。

 ですが友人は料理の味に感動したのか、グイグイと質問をしてきます。

 私は仕方なく、妖精さんの料理姿を見せる事にしました。


「あのね、裕子ちゃん。何があっても絶対驚いたり、叫んだりしちゃ駄目だよ」

「な、なによ。何がよ。脅さないでよ」

「良いから、叫び声は上げない事。近所迷惑になるからね」


 私は友人に言うと、妖精さんに合図を送ります。

 その後は、多分想像以上です。

 友人は叫ぶどころか、悲鳴すら上げられず、へたり込んでいました。


 本当に怖い事が有った時、人間は叫ぶ事さえ出来ない。

 そんな事例を見た気がします。

 おしっこ漏らされなくて良かった。


 そこからは、彼女に揺さぶられながら、妖精さんの事を全部説明させられました。

 現実にポルターガイスト現象もどきを見せられた友人は、ちゃんと理解したのでしょうか?


 食べる事に貪欲な友人は、今迄アルバイトで溜めたお金を、趣味の食べ歩きに使っていました。

 今は、色々な食材を取り寄せる事に使ってる様です。


 休日にちょくちょく私の家を訪ねて来ます。食材を両手いっぱいに抱えて。

 友人の神経が図太くて、良かったのか悪かったのかって感じですね。


 ラーメンが食べたいから豚骨を送ったと、友人からメッセージが届く時がありました。

 クリスマスに合わせる様に、丸鶏がクール便で送られてきた時は、呆れましたけどね。

 でも友人のおかげで、クリスマスが楽しく過ごせた事は、感謝しなくてはなりません。


 友人曰く、「材料費だけで美味しい物が食べれるなら、最高じゃない!」だそうです。

 勿論、毎回私もご相伴に預かります。だって家主だし。


 友人が来るとお料理の妖精さん達は、張り切って料理をします。

 友人が妖精を見えない様に、友人の言葉も妖精さん達に届かない様で、私が通訳係を務めます。


「裕子ちゃんって、よく食べるね! そんな細い体の何処に入って行くの?」

「あんたが食べなさ過ぎなのよ。勿体ないわよ、そんな凄い妖精が居るのに。妖精は私の所に来れば良いのに」

「あなた達、裕子ちゃんの所に行く?」


 私は友人の言葉をお料理の妖精さん達に伝えますが、お料理の妖精さん達は物凄い勢いで首を横に振ります。

 どうやら、嫌みたいです。


「なんでよ! 良いじゃない、いっぱい居るんでしょ?」


 私は友人の言葉を、更に妖精さん達に伝える事はしませんでした。

 だって既に捨てないでとばかり、お料理の妖精さん達は、私に縋り付いているのですから。

 これ以上何か言ったら、きっと本泣きしますよ。


 私はお料理の妖精さん達を優しく撫でて、ご機嫌をとります。

 友人には駄目だと、はっきり断ります。

 友人は、どうせあんたの所に通うから良いかと、さばさばとしてました。

 私は、妖精さんだけで無く、友人にも恵まれた様です。


 お料理の妖精さん達のおかげで、私が食事に困る事は有りません。多分一生。

 一向に上達しない私の家事スキルは、半分諦め気味の今日この頃です。

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