第11話 おれは詫びぬぞ
「おお、そうじゃそうじゃ、上手でござりますぞ」
野太い声が館の敷地内に響く。忠興だ。上機嫌で馬の轡をとっている。
「御渡り様はまっこと筋がよい。これならばすぐに駆けさせることもできましょうよ」
藤木は館の庭で馬に乗る稽古をつけてもらっていた。庭といっても何が植えてあるわけでなし、だたっぴろい広場のようなものである。初心者の稽古には十分な広さだった。藤木はおっかなびっくり馬の背にまたがっている。秀峰のジャージ姿だ。別に馬の稽古だからジャージにしたのではない。国明と気まずくなってから藤木はほとんどジャージのままでいた。直垂を着せてもらうのは好きだが、ややこしくて一人では着られないのだ。秀次はもちろん、忠興も着替えを手伝うと申し出ていたが、なんとなく気がのらずジャージにしていた。
藤木はもう五日間、国明と口をきいていなかった。いや、ほとんど顔をあわせていない。国明は徹底して藤木を避けていた。
夜の浜辺に出た翌朝の、忠興達がおこした騒動の時にすら、国明は姿を見せなかった。藤木の世話一切は秀次が取り仕切っている。日課になった弓の稽古の時にちらっと見かけることはあるが、藤木が国明に気づくとふいっと身を翻して姿を消した。
こうなると藤木も意地である。館内を歩き回り郎党や下人達に声をかけたり、庭で忠興相手に武芸を教えてもらったりと、派手に動き回る。そして国明と拗れて五日目の今日、思い立って馬の稽古を頼んだのだ。秀次は危ないから、と渋ったが、忠興は快諾した。このところ、国明が藤木に関わらないせいで忠興の独断場となり、上機嫌だった。
鎌倉時代の馬は、藤木が見慣れたアラブ種の馬よりも背が低く、ずんぐりむっくりしている。が、やはり馬は馬だ。背に上ると結構な高さがあった。しかもグラグラ揺れる。藤木は馬の背でカチコチになっていた。
「怖がってはなりませんぞ。馬はよう人の気持ちがわかりまする」
「そそそそんなこといったってっ」
忠興はにこにこ相好を崩したまま轡を引いた。必死で手綱を握りしめている藤木が可愛くてたまらない、といった風情だ。案の定そこかしこに集まって眺めていた郎等達から野次がとんだ。
「叔父貴殿ーっ、にやけて馬に蹴られても知らんぞぉーっ」
「真面目にお教えなされよー」
「ええっ、うぬら、見物する暇があれば働かぬかーーっ」
忠興が一喝するが、郎等達は楽しげに笑うばかりで動く気配はない。皆、御渡り様の姿を見られるのが嬉しいのだ。
「うわうわ、忠興、歩くと揺れる~っ」
「そりゃあ馬でござりますからなぁ」
かっかっと笑いながら、忠興はゆっくりと馬を歩かせた。必死で藤木はバランスをとる。よくも皆、軽々と馬を走らせることができるものだと藤木は改めて武士達の技量に感心していた。
国明なんか、僕を抱えて手綱は片手でさばいていたっけ。
ふと、藤木は国明に抱えられて馬に乗っていた時のことを思い出した。五日前までは、暇さえあれば国明は藤木を前に抱き込んで馬を駆けさせていたのだ。浜辺だのでこぼこの山道だのを全力疾走させたときは、お尻が痛くてたまらなかったが、こうやって自分で手綱を持ってみると国明のやったことは神業にも思える。自分を抱き込む国明の腕の感触がよみがえり、藤木の胸がずきんと痛んだ。
国明…
「それでは御渡り様、少し早く歩いてみますぞ。足でしかと馬の腹をお挟みになられよ。手綱をお放しめさるな」
かっぽかっぽと馬は軽快に足を速める。
「わわわわっ」
藤木は物思いから我に帰った。あれこれ余計な事を思い煩う余裕などなくなる。
「うわわっ、忠興~っ」
それからしばらくは、藤木は馬に集中せざるをえなくなっていた。
藤木のお尻と内腿が痛くなってきた頃、やっと忠興が轡を放し、なんとか一人でカポカポ歩けるようになった。と、館の縁側から声がかかる。
「また忠興めが御渡り様を独り占めしておるわ」
朝比奈義秀が腰に手をあて豪快に笑っている。
「義秀」
藤木は驚いて目をみはった。
「来てたんだ、義秀」
藤木は嬉しそうに笑いかけ、それからはっとした。義秀の横には秀次と、それから国明がいた。国明は相変わらずの仏頂面で、藤木の心臓がどきんと飛び跳ねる。黒い瞳がまっすぐに藤木を見つめていた。
「御渡り様、馬の稽古でござりましたか」
朝比奈義秀は縁から降りると履き物もはかず、素足で藤木に近づいてきた。
「あ、うん、でもお尻が痛くなってきたから、もう降りるよ」
忠興が手を伸ばす前に、大男の義秀がひょいと藤木を馬から抱き下ろす。案の定、忠興は義秀にかみついた。
「こっこりゃ何するぞっ。不敬であろう」
「喚くな忠興。こうせずばどうやって御渡り様を馬から降ろせるのじゃ」
ふん、と鼻で笑うと義秀は藤木の両手をぽんぽんとさすった。
「御渡り様、今日はこの義秀がよいものをお持ちいたしましたぞ」
ちろっと忠興を横目で見て、義秀は勝ち誇ったような顔をした。
「甘い菓子じゃ。塩羊羹ではのうて、ちゃんと甘うござりまする」
いかめしいひげ面をくしゃっと崩し義秀は笑った。
「たんと召し上がられませよ」
「ええ、この義秀めが、図々しきこと甚だしっ」
忠興は藤木の両手を握ったままの義秀の手をはたいた。相変わらずの子供っぽいケンカに藤木は思わず笑いを漏らす。その時、縁の上に立っていた国明が口を開いた。
「伯父上、それがしは部屋へ下がります故、用向きあらば秀次を」
藤木が顔を上げると、国明はふっと目をそらしそのまま踵をかえす。
「とっ殿っ」
秀次が慌てたように後をおう。藤木は知らず、唇を噛んだ。
なんだよ…
涙が出そうになる。それがまた癪で、きゅっと口元を引き結んだ。
なんだよ、自分が悪いくせに…
「なんじゃあ、国明、愛想のない」
義秀が国明の背にむかってドラ声をあげた。
「国明、わしぁ今夜、泊まってゆくからの。久しぶりに飲もうぞ」
国明は肩越しにちらと後ろを見やった。
「膳をととのえさせまする」
そしてそのまま歩み去る。藤木はじっとその後ろ姿を眺めた。
「御渡り様」
義秀に握られていた手をぽんぽんと叩かれ、藤木は目を瞬かせた。無骨な大男が優しい目で藤木を見ている。
「菓子を食べましょうぞ。馬の稽古でお疲れじゃろう、のう」
義秀の横では忠興が困ったような顔でやはり優しく藤木を見ていた。藤木は微笑みかえす。
「…そうだね…うん、一緒に食べよう」
気をとりなおして藤木は義秀に手をひかれ、上がり口に向かう。
バカ国明、絶対口なんかきいてやるもんかっ。
胸の痛みとともにむかっ腹も立ってきて、藤木はエイヤッ、と気合いを入れた。
奇妙な宴会になった。
上座正面に敷かれた畳には当然ながら藤木が座り、一段下がった床の上、藤木の右隣に当主国明が、向かい合わせに義秀が座った。国明の横には秀次が控え、義秀の横には忠興が陣取っている。
内輪の食事なので部屋の中にはこの五人だけである。手酌で酒をあおりながら、義秀と忠興は武芸の腕自慢話で張り合っている。藤木はにこにこ笑いながら二人の話に相づちをうったり、たまに質問して喜ばせたりしていた。ただし、ちら、とも国明のほうをみない。国明は国明で、むっつり黙り込んだまま酒をあおっていた。
「でのう、御渡り様、わしがそこで大音声あげるや敵は蜘蛛の子散らすように逃げ去りおって」
「そりゃ義秀殿、おぬしが破鐘のごとき声に耳がつぶれたのじゃろ」
義秀の武勇談にすかさず忠興が茶々を入れる。藤木は声をあげて笑った。国明がぐいっと杯をあおる。
「殿、少し食べられねば。酒だけではお体に障りまする」
横に座る秀次が小声でたしなめるが、国明は不機嫌な表情のままそれを無視した。その時、すっかり出来上がった義秀が酒で赤らんだ顔をずいっと国明に向けた。
「国明、何を辛気くさい酒飲んどる。わしの話を聞いておらなんだかぁ」
国明は眉間に皺を寄せたまま、またぐいっと杯をあおった。
「伯父上の話に聞き惚れておりました」
とりつくしまもない。義秀が渋い顔をした。
義秀も忠興も単純明快、直情豪快な板東武者だが馬鹿ではない。理由はともかく、藤木と国明が気まずくなっていることくらいわかっている。だが、仲をとりもとうと義秀が居座って設けた宴会でも、まったく歩み寄る気配はなかった。
ふっと義秀が悪戯をおもいついたような顔になった。酒くさい息をわざと国明のほうへ吐きながらにぃ~っと口元を上げる。
「そうじゃ、明日は相撲をしてみましょうぞ、御渡様も御一緒に、のう、忠興」
酒の杯をもったままポカンとした忠興もハタと何かに気づいたように同調する。
「おぉ、おぉ、よきかな。御渡り様はお体を動かされるのがお好きじゃ。無聊も慰められましょうよ」
訝しげに国明が顔を上げた。それに義秀はからからと笑ってみせる。
「国明、お主も御渡り様と相撲がとりたいか」
貝の汁を吸っていた藤木がぐっとむせた。国明が眉を寄せる。
「ちょっちょっと、義秀っ。やだよ僕」
藤木はなるべく国明に顔を向けないように言った。
「僕なんかが相撲とったら、ふっとばされちゃうじゃない」
義秀は豪快に杯をあおりながら藤木のほうへ身をのりだした。
「ご心配めさるな。この義秀がついておりまする。国明なぞ一ひねりじゃ」
「こりゃ義秀殿っ、御渡り様と一緒に殿をねじ伏せるはこの儂であろうに」
真っ赤な顔で忠興が吠えた。
「おぬしが何の助けになろうぞ、忠興。この義秀こそが御渡り様をお助けするのじゃ」
藤木がぷーっと吹き出した。
「何それ、義秀も忠興も、僕と組むの?二対一じゃ相撲にならないよ」
義秀が膝をバシンと打って国明の方へ顔をつきだした。
「そうじゃ、二対一の相撲でよいのじゃあ。国明、御渡り様に指一本触れさせぬゆえ覚悟せい」
国明の目が剣呑な光を宿した。ちらとそれを横目で見た義秀は、しかし全く気にしない。大仰な仕草で今度は秀次に体を向けた。
「秀次、ぬしが国明に味方せい。ならば二対二じゃ」
それを受けて忠興が杯をつきだした。
「ただし、我らが国明を負かすまで、大事に御渡り様の御手を取って脇に控えておれよ」
いきなり矛先が向いて、秀次はぎょっと体を揺らした。
「そっ某がでござりまするか」
律儀に返事をした秀次は次の瞬間、それを心の底から後悔した。にやにや笑って義秀が言ったのだ。
「おぬし、御渡り様の白き御手が好きじゃと、そう忠興に言うたそうではないか」
「なっ…そっそれはっ…」
秀次は目に見えてうろたえた。国明がじろっと秀次を睨む。
「あっ、いやっ、そっそれがしはっ」
秀次は真っ青になった。射殺しそうな国明の視線にたじろいで、尻が円座からずり落ちている。
「恥じることはないぞ、秀次。御渡り様の御手は清らかであられるからのぅ」
ありがたや、と忠興が藤木を伏し拝む。義秀もそれにならって伏拝みはじめた。真っ赤な顔の酔っぱらいが神妙な顔で伏し拝む向かいで、秀次は赤くなったり青くなったりといそがしい。
あああ~、間抜けで楽しい図かもっ
藤木はげらげら笑い出した。義秀も楽しげに大きなからだを揺する。
「御渡り様、お笑いになるとは酷うござりまするぞぉ」
そうして義秀と忠興は、藤木の手のすばらしさについてとうとうとと語り合いはじめた。合いの手で同意を求められる秀次は身の置き所なく縮こまっている。
「そんなに秀次をいじめたら可哀想だよ。じゃあ義秀、忠興、僕の手、褒めてくれたからお礼にお酒、注いであげる」
ひとしきり笑った藤木は義秀の徳利を取ると二人を手招いた。
「おおぅ、光栄至極に存じまするーっ」
義秀と忠興は藤木の正面に陣取り、酒を注いでもらってはありがたや、ありがたやと唱えている。国明が乱暴に酒の徳利をつかんだ。酒を杯に注ぎぐっと飲み干す。義秀と忠興はますます盛り上がり、国明は一人黙ってぐいぐいと酒を呷った。そして秀次はひたすら冷や汗を流していた。
結局、義秀、忠興、国明まで酔いつぶれて床にひっくり返ってしまった。酒も食事も喉を通らなかったらしい秀次が郎等達をよび、後の始末をいいつける。つぶれた三人を移動させるのは骨なので、そのまま郎等達は夜着をきせかけていた。秀次は藤木に申し訳なさそうな顔をした。
「御渡り様、お疲れにござりましょう。ただいま湯の支度をさせておりますゆえ」
そう言いつつ、ひょうそくを持って部屋まで先導した。部屋ではすでに衝立がたてられ、白い寝間着と熱い湯の張られた大盥が用意されていた。
「ありがと、秀次」
藤木は衝立の中に入る。酒こそ飲まなかったが大笑いして騒いだので結構疲れていた。秀次は別の意味で疲れたらしく、憔悴した表情をしている。それでも律儀に縁の隅に畏まって控えた。ジャージを脱ぎ、湯に浸かる。じわっと温かさが体にしみた。
そろそろ着替えたいな…
五日くらい着替えなくても板東武者達は平気らしいが、藤木はやはり気になる。毎日弓の稽古で汗を流すので余計に着替えたい。ちゃぷちゃぷ湯を混ぜながら藤木はため息をついた。
にしてもなぁ…
一人、仏頂面で酒を呷っていた国明を思いだした。結局義秀、忠興の三人で盛り上がり、国明をのけものにしたような感じになった。義秀達にからかわれて青くなった秀次を面白がったのも確かである。
やっぱちょっとマズかったよなぁ…
湯の中で密かに藤木は自己反省した。少なくとも、秀次には嫌な思いをさせたと謝りたい。その時、秀次がおずおずと声をかけてきた。
「御渡り様…」
「え?あ…秀次…」
生真面目な秀次は、身の回りの世話以外、めったなことでは藤木に話しかけることはない。珍しいな、と藤木は盥からわずかに身を乗り出して秀次のほうをうかがった。
「何?」
秀次は訥々と話し始めた。
「その…義秀様や叔父貴殿が今宵、あのような態度をおとりになられましたのは…その…お二方とも、殿と御渡り様のことを気にかけておられまして…殿はあのとおりでござりますから…」
「…え?」
藤木は一瞬、ぽかんとして、それから義秀と忠興の態度を思い出す。そういえばあの二人、なんだかわざと国明を仲間はずれにするような言い方をしていた。だいたい、いつも顔を合わせるとケンカをする二人が、今夜に限って仲良く話を合わせている。
「……もしかして、わざと国明をのけ者にして煽ったつもり?」
「…御意」
藤木の中で今夜のことがすとんと腑に落ちる。
自分と国明がぎくしゃくしているから、憎まれ口叩いて国明を刺激して…
藤木はぶっと吹き出した。
「ばっかだなぁ、二人とも」
「もっ申し訳ござりませぬっ」
秀次ががばっとひれ伏す音がする。藤木はお湯をばしゃばしゃさせながら笑った。
「いいよ、僕のためにやってくれたんだもの」
笑いながら眉間に皺を寄せた国明の姿を思い浮かべた。煽られたのだろうか、そうだったらいい、だけど、ただ不快な思いをしただけかもしれない。それに秀次まで…
「ねぇ、秀次…ごめんね…」
藤木は素直に申し訳ないと思った。二人に心配をかけたことも、とばっちりで居心地悪い思いをした秀次にも。
「ごめんね、秀次。僕のせいで嫌な思いさせちゃって」
「なっ何を仰せられます。御渡り様っ」
秀次が焦ってひれ伏す音がした。
「もったいのうござりまするっ」
「ううん、ありがとう…」
ふふっと藤木は笑った。
なんて人達だろう、なんて…
笑いながら藤木はなんだか泣きたくなった。
「ねぇ、秀次…国明は…」
「秀次」
突然、国明の声が響いた。ぎょっとして藤木は立ち上がる。
「とっ殿っ」
驚いた秀次の衣服の擦れる音がする。
「殿、お休みになられたのでは…」
「秀次、ここはよい。下がっておれ」
酔いつぶれて寝ていたとは思えないほどきっぱりとした声音だ。藤木は急いで盥を出ると体を拭いた。寝間着を羽織って衝立の影から出る。板戸の脇に国明は立っていた。斜めに射す月光に青く浮かび上がっている。秀次がおろおろと取りなした。
「殿は少々酒をすごされておりまする。お話は明日でも…」
「下がっておれ、秀次」
低い声が響いた。
「下がれ」
「…ははっ」
有無をいわさぬ響きを感じ取り、秀次は平伏した。それから藤木に一礼して下がる。ちらっと気遣わしげに藤木のほうをみやったが、何も言わなかった。
二人きりになっても国明はじっと藤木を見つめたまま動かなかった。藤木も睨むように国明を見つめ返す。心臓がばくばくとうるさかった。
「何の用?」
声が震えそうになる。努めて藤木は平静を装った。沈黙が耐え難い。
「君、寝てたんじゃなかったの?僕、もう休みたいんだけど」
藤木はつっけんどんに言い放った。
違う、そうじゃない、こんなことを言いたいんじゃない。
心が軋む。
「用がないんだったら秀次呼び返してよ。湯冷めしちゃうじゃない」
本当は聞きたいんだ。君が何故あんなことしたのか、僕のことどう思っているのか。
「あのさ、疲れてるんだけど」
「藤」
強い声で呼ばれ、びくっと藤木が体を震わせた。
「藤…」
国明はぎゅっと拳を握りしめた。正面からきつい眼差しで藤木を見据える。
「おれは詫びぬぞ」
「…は?」
一瞬、何を言われたのかわからず藤木は目をぱちくりさせた。国明は怒鳴るように言う。
「おれは詫びぬ。藤が悪いのだ」
「はぁーっ?」
僕が悪いって、どういうこと。
明らかに国明は満月の夜のことを言っている。かーっと藤木の頭に血が上った。
「なっなっなんで僕が悪いのさっ」
「藤が悪いっ」
怒鳴り返した藤木に、国明は同じ言葉を繰り返した。
「悪いのは君だろうっ」
「藤だっ」
拳を握り怒鳴りあった後、二人はむぅっとにらみ合った。しばらくそうしていたが、国明がまたぼそりと言う。
「おれは詫びぬぞ」
それからふいっと踵を返し、足音荒く歩み去る。
「なっ…」
藤木は怒りでくらくらした。
「謝れっ、バカ国明っ」
藤木はその背中に怒声を浴びせる。月明かりに国明の肩が揺れた。だが何も言わない。振り返りもしない。
「謝れよっ、オタンコナスっ、くっそ国明ーーーっ」
庭に藤木の罵倒する声が響く。空には半分に欠けはじめた月がぽかりと浮いていた。
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