35 煙揺らぐ部屋


 「つまり、ジェイクの死因も一緒に、日本から送られてきたってことよね?」

 「そうなるわね。普通に考えると」


 ベッドから立ち上がり、窓際へと歩いていくエリス。

 手にしたものを見て、あやめは彼女が考え込んでいることを察した。

 単なる思考ではない。シナプスに、それこそ巣をほじくり返されたアリの如き、素早さと困惑をのせて。


 マ・シェリ リシアンサス。

 彼女が愛用する、スイス製の甘いリトルシガーだ。

 ワンピースのポケットからシガーを取り出すと、2人に了承を得て、マッチで火をつける。


 細長い葉巻から香る、シナモンの甘い香りが、彼女の吐息に混じって空間へと漂ってきた。


 明るい空を眺めながら、何かを迷った彼女だが、すぐあやめに質問を送る。



 「アヤ、その報告書では、ジェイクの死因ってどうなってる?」


 器用に、口に火のついたシガーを加えながら。

 あやめは、スマートフォンをスワイプさせながら答える。


 「直接の原因は、至近距離から胸部を撃たれたことによる銃殺。銃創の射入口が、射出口より大きいことから、そう判断されたようだけど、それ以外にも複数個所を骨折。かなりひどい暴行を受けたようね。

  死因となったもの以外にも、腹部に2発、右大腿部に1発、銃弾が撃ち込まれるわ」

 「凶器に使われた、拳銃の口径及び種類は?」

 「9ミリ口径。遺体の傍に、薬莢が落ちていたことから、ベレッタやグロックのような、オートマチック拳銃から発射されたものと考えられる…と」


 「死亡推定時刻は?」

 「29日午後9時から、30日午前2時の間、だそうよ」

 「死体が発見された場所は?」

 「コリアタウンのあたりで…… 黒人居住エリアと、アジア系移民居住エリアの境界線に位置する街区ってことだそうよ」


 メイコは、自らの口に手を当て、言った。


 「まさかゲイリーは、自分の師を撃った、ってことですか?」

 「いや、死体が発見された場所柄、そう簡単には片付けられないわね。

  暴徒と化した住民も、攻撃を受けた住民も、誰しもが銃を持っていた。

  憎い相手を殺すために。そして、法律に従って自分を守るために。

  死亡推定時刻は、ロス暴動が発生して5時間程度、各所で放火や略奪が多発し始めた頃と一致するしね」


 あやめは、すぐにエリスの思惑を見抜いた。

 口元を緩ませて、言う。


 「ジェイクの死因に、ゲイリーの動機があるかもって思ったんでしょ?」

 「フッ…見抜かれてたのね」

 「そりゃあ、女子校生探偵してた頃からの付き合いですからね。何を考えてるかは、分かりますとも」


 エリスは、傍の椅子に腰かけて


 「実は、彼のうわごとには続きがあって、こう言ったの。

  俺は死にたくない」

 「死にたくない? …まあ、大都市が一瞬で無秩序に叩き落されたほどですから、惨劇が傷となっていても、不思議ではないけど」

 「でも、彼の言葉からして、ジェイクへの許しと、死にたくないという言葉はセットで、ジェイクの死が彼のトラウマのトリガーになっていると考えるのが普通。

  そう…だから私は、ロス暴動での彼の死が、ゲイリーのトリガー、つまり、ケサランパサランを散布している動機につながるんじゃないかって思うの」


 「死が…動機?」


 その時。呟いたあやめの言葉で、エリスの中に、ある言葉がよみがえってきた。

 レストランで背中合わせにいた、アンナの発言。

 加えて、ゲイリーの姿が20年以上変わらないナゾとのつながり――。


 「ケサランパサランの力には、寿命を左右する力がある…」

 「まさか!?」


 真っ向から否定するのも当然だ。

 相手は日本の妖怪。そして、彼女が巫女の資質と技術を有し、且つ半妖という異色の経歴。加えて元八咫鞍馬の構成員であったのだ。

 輸出禁止の妖怪、その力、程度を知っているのなら、突拍子のない推理に抵抗を示すのは至極自然。


 「あの妖怪に、人間の寿命を吸収したり、与えたりする能力があったとしたら?

  人間の生死にも、運という不確定要素が関係してくるのだとすれば、その運自体をコントロールできるケサランパサランに、そんな力があってもおかしくない」

 「でも、単なる綿毛で、浮遊するだけの存在である妖怪に、そんな思考というか知能があるとは思えないけれど……まさか、生存本能?」

 「そうかもしれないし、別の理由があるのかもしれない。ともかく、アヤの持つケサランパサランの知識と、一般的なそれとがイコールである今、この仮説を立証してくれるものは何ひとつないんだし」


 それを聞いて唸るあやめ。

 エリスの吐く煙が、部屋を漂う。

 

 「それから…」


 メイコの言葉に、再度、彼女のパソコンを見る2人。


 「エリスさんから提供してもらった、ホテルの設計図に妙なところが」

 「フェニックス・インペリアルなら、説明した通り――」

 「いえ、そちらではなく、オールドタイム・ホテルの方なんです」


 モニターに映し出されたのは1階。

 昨日、あやめとリオが行った、あの場所だ。


 「カジノとエレベーターへの連絡路。この間に、使用用途不明の空間があったんです。

  サイズとしては、貨物用エレベーター1台が入るくらいの」

 「扉なんかは」

 「ありません。というより、なにも表記されてないんです」


 エリスは、ふと思い出した。

 先ほどアンナから帰り際に聞いた、ジェンキンスを見失った話。

 もし、この空間に繋がる扉が、どこかにあって、それをくぐり、中に入ったのなら納得はいく。


 (地下への入り口…いや、秘密の地下鉄があるとするなら、ここが入り口、か。

  しかし、ケサランパサランもそうだけど、地下空間も単なる推測に過ぎない。

  直接、口を割らせるしか方法はないか)


 と、その時。

 噂をすれば。


 エリスのiphoneが静かに震え出す。

 その相手は。


 「ゲイリーからよ……エリスです」

 ――やあ、おはよう。寝ていたかい?

 「いえ。ヘアセットをしていたところですわ」


 嘘八百がお上手で。

 にやけながら言ったあやめの小言に、エリスはウィンクで返す。


 「どうかしたのですか?」

 ――君とデートがしたくなってね。今からシンデレラを迎えに行こうと思っていたのさ。

 「えっ!?」


 恋愛的困惑などというメルヘンなものではない。

 本気の焦りだ。

 拠点であるホテルに来られたら、今後の調査が難しくなる。

 しかし――


 ――昨日、あそこで倒れちゃって、君が滞在しているホテルを聞きそびれちゃったんだ。

   ミス・コルネッタ。カボチャの馬車をどこに走らせればいいのかを、おしえてくれないか?



 ニヒルなのか寒いのか分からない比喩で聞いてくるゲイリー。

 しかし、エリスは恐れる一方、チャンスと思っていた。

 手元にあるカードは、推測ながら多く揃ってる。

 このままいけば、彼からいろいろな情報を引き出せる。


 エリスはシガーを片手で消すと咄嗟に、あやめの方を向くと人差し指を立てて、グルグルと回す。

 至急、武器と車の用意を。の意だ。

 頷くと、彼女はそのまま部屋を飛び出した。


 それを確認したエリスは、ゆっくりと息を吐いて


 「ええ。迎えに来ていただけるのなら。

  私がいるのは、キャッスル・オブ・シンデレラ……ホテル・エクスカリバーよ」


 嘘の滞在場所を教えるのだった。

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