29 八咫鞍馬― 荒れる会議
それが、無鄰菴で深夜茶会を開く者たちの正体だ。
陰陽寮とは、朝廷の中に設立された、いわば政府部署の1つを指すものである。
日本は元来、
しかし、7世紀ごろ、日本は中国を由来とする政府機構、朝廷を取り入れることとなり、こちらは日本とは逆に、天命を授かった統治者― つまり、天皇によって国を治める方式であったのだ。
中国由来の朝廷システムを採用するにあたって、その統治者は建前上、神からだけでなく、天からもその承認を得ていなければならないようになってしまった、という訳である。
やや矛盾はしているが。
そこで誕生したのが、天― 星や自然の動きを観測し、その意思を伺う政府直属の部署、陰陽寮であり、観測のための技術者こそ陰陽師であった。
意外にも貴族の時代が滅び、武家社会の動乱が走り去り、徳川の長き安泰の時代が続いても陰陽寮は、暦の観測及び製作という任を与えられ、国の最重要機関として、その地位を確固とし続けた。
しかし、1870年、明治政府は天社神道廃止の布告を発令し、陰陽寮は廃止解体。
陰陽師は約1200年の歴史に幕を下ろすこととなった。
――というのが、表向きの歴史であるが、その裏では既に、新たな陰陽寮が設立されていたのは、ご想像の通り。
政府からの布告後…いや、その少し前から、陰陽師たちは自らの生存を模索し、陰陽寮の統合や分離、そして敵対し、かつては駆逐対象としていた妖怪勢力との和解、共存関係を構築していった。
政府機関であった陰陽寮は、いつしか任侠団体と同じような体裁を持つ同業組合へと、変貌を遂げ始める。
そして、明治も終わりごろ。8つの陰陽寮、妖怪同業組合が統治する、新たな裏日本が誕生したのだった。
八咫鞍馬もその一つ。まだ攘夷運動の傷跡残る京都で誕生した、日本で最も大きな勢力を持つ陰陽寮である。
西は山口・萩、東は滋賀・長浜まで。加えて日本妖怪の聖地、
◆
「今回集まってもらったのは、他でもない」
水の流れだけが風流に聞こえる夜の庭。
それにも負けない、響く声で、会議ネタではお決まりの言葉を吐いた、この白い着物のヒゲ老人。
腰に提げた刀を、座布団の脇に置く、時代遅れというより、この時代ではコスプレなどと、ハイカラな皮肉が飛びそうな、この人。
名を
八咫鞍馬の大頭目にして、日本妖怪の総大将である。
大事な事なので、もう一度言うが、日本妖怪の総大将である。
よく言われる「ぬらりひょんが、日本妖怪の親玉」という言説は、この世界、ひいては妖怪たちの間では、絶対に通じない。
それどころか、山本以下、ぬらりひょん自身まで、この言説が通っている漫画やアニメ以下、日本のメディアについて首をかしげている始末。
「何にもしてない、こんな暇人が、な~んで妖怪の親玉気取ってるんだ?
ワシ、変な力とか、魅力とかないし。
どうすんのよ。町さ出てさ “わー、見てー、妖怪の親玉ぬらりひょんだー!”とか、子供に言われたら。水木しげるロードとか、簡単に歩けないじゃん。
恥ずかしいっちゃ、ありゃしない。
第一、こんな事したら、ねぇ…山本様に殺されちまうって…」
というのは、集会の場で、ぬらりひょんが放ったと言われる独り言。
手にはYouTube流れる、タブレット端末が握られていたそうな。
――話が脱線してしまったようだ。では、お話に戻るとしよう。
「前回の無鄰菴会議でも伝えた通り、かつて福岡空港で見つかった、異常数値の妖気と、その直後に起きた韓国での飛行機事故。
それが、ケサランパサランの絡んだものであったことが分かった。
と同時に、ケサランパサランを悪用した、無差別殺人が世界各地で発生していること、ノクターン探偵社とバチカン牡牛部隊が、事件発生を突き止め、現在調査していることが、先ごろ判明した」
その言葉に、ざわめく茶会に、右隣にいたもう一人の男が制する。
山伏の男だ。
「静粛に! 静かに願いますぞ!」
彼は23代目
安倍晴明にも匹敵すると言われる術者…と、言ってもしっくりとは来ないだろう。
遠方で父の訃報を聞き、運よく葬列に出くわした息子が祈ると、父が一時的にも蘇生し、最後の再会を果たせたという、かの有名な「一条戻り橋」の逸話。
この話の息子というのが、浄蔵であり、それ以外にも様々な逸話が残る人物だ。
その末裔が、彼なのである。
浄蔵の言葉で、ざわめきの波が静まったところで、山本は話を進めた。
「今回は、その対策と、今後の八咫鞍馬としての方針を話し合うために集まってもらった」
そして、今度は山本の左横に座る男が、立ち上がった。
「知っての通り、ケサランパサランは人間界で言うところの、西暦1951年、奈良で執り行われた、世界初の妖怪・魔術師サミット。ここにおいて締結した平城京条約によって外国への無許可持ち出し、及び私的な使用、増殖は禁止となっている。
これを破った者は、妖怪国際法によって最高死罪、地獄流刑である。
ま、処罰に関しては追々、代表者による
すると、曹洞宗の僧侶が聞く。
「その犯人とやらは、分かっているのかね?」
「現段階では誰かは分かっておりません。
ただ、式神を使い、カトリック長崎教会を盗み聞きした、陰陽寮 大宰府岩戸連合会によると、英国・ロンドンでも同様の事件が発生し、一連の被害者が全員、ラスベガスの同じ宿に、長期滞在している事を突き止めたバチカンは、現在、数名の部隊をラスベガスに展開させているとのことです」
「ラスベガス…ということは、アメリカか」
「はい。
浄蔵が、息のかかった現地日本人にも確認を取ったところ、バチカンと思しき者だけでなく、あの、姉ヶ崎あやめ、宮地メイコも姿を現したとのことです。
半妖、姉ヶ崎現れるところ、事件在り。盗聴の一件は眉唾ではないと、考えてよろしいでしょう」
すると、参加者の一人、
「ここは…ひとつ、傍観というところで手を打った方が、いいんじゃないですかい?
バチカンだけならまだしも、あの半妖ふぜいまでいるとは、少々厄介だ。
変なとばっちりを食らったんじゃあ、俺たちが世間から笑いものにされちまう」
「そうじゃ、そうじゃ。傍観じゃ。天邪鬼の言う通りじゃ」
右横で差し出された抹茶を、一生懸命さましながら、猫又が同調する。
6本の三毛ブチ尻尾が、ゆらゆらと揺れていた。
「天邪鬼から傍観との声が出たが…どうだろうか」
浄蔵が聞いて回る。
周りでも、頷く声が大きい。
だが―― この女、六条は違った。
「いいえ。ここは日本側も出るとこ出ましょう!
おかしいと思いませんか?
ケサランパサランは我が八咫鞍馬が、あらゆる術や式神を使い、一握りの者しか知らない寺社仏閣に幽閉し、厳重に管理している代物です。
それが外部に出るなんて、ありえませんし、前代未聞なのですよ」
その時。
「キッヒッヒッヒ」
下品な引き笑いに、六条は、声の方を向いた。
抹茶をズズズと音を立て、一気にすすり飲んだのは、目の吊り上がった河童。
「青いねぇ…全く、青いねぇ」
「
伏見の河童、河抹である。
あまり良い噂のない妖怪である。
元々は大分の出身で、地元で問題を起こしすぎて、近畿へと追い出されたとの話らしい…。
「どういう意味でしょうか?」
「そのままの意味さ。
姉ヶ崎の外道を除いたとしても、とばっちりの要素はまだ残ってる。
ケサランパサランそのものさ。
アレが国外に出たことが確実に分かったなら、世界中から真っ先に非難されるのは俺たちだ。その事実を知っていたとなれば、一層ばつが悪い。
ならば、ここは傍観して、物事の成り行きを見届けてから、向かい風にあたってもバチは当たらんだろう。
そうすれば、俺たちへの風当たりも、ちったぁ弱くなるってもんさ」
にやけ顔で、終始話し終えた。
六条は河抹の方を向き、更に激しく反論。
それも立ち上がって。
「ケサランパサランは幸運をもたらすも、自らの意思を持たない下級妖怪。
故に、それを何者かが悪用する可能性は大いにある上、力が暴走すれば、何が起きるか予想がつかない!
その理由から、玄の言う通り、終戦後に行われた初のサミットで、輸出禁止条約が結ばれたはずではありませんか?
戦後70年経った今でも尚、生きている条約を無視し、日本からケサランパサランを持ち出したものがいるとなれば、大なり小なり、国際問題は避けられません。
傷をふさぐなら、浅いうちに済ますべきです!
全てを投げ出して、成り行きに身を任せていれば、大きな代償につながっていきますよ!」
「落ち着け。六条」
そう諭され、冷静になった六条は、自分の席に再び、腰を下ろした。
茶を配り終え、釜と共に退却する女性姿の式神。
見送ると、山本は手にしていた茶器を置き、膝の上に手をゆっくりと置いて話し始る。
「これは、事件が解決するまで公にすべきでないと考えていたのだが…仕方あるまい」
「山本様! その話は御法度――」
玄の言いたそうな顔を、片手で制し、彼は口を開いた。
「こうなっては、仕方あるまいさ。玄。
実はな六条、このケサランパサランが国外に持ち出されたことが、一回だけあったのだよ。
それも、異国からの者で、我が八咫鞍馬の関係者の中からな」
「えっ!?」
山本は着物の懐から写真を出すと、すっ、と六条の膝前に差し出した。
「ジェイク・
かつて、八咫鞍馬傘下の寺社に、修行僧として出家した人間だ」
写真には、鼻の高い青い瞳の男性。美男と言ってもいいだろう。
「この国が、昭和から平成に代わる少し前のことだ。
最初に寺に出向いたとき、彼は自分を、アメリカから留学に来た学生で、仏の御心と無の境地を、その身をもって感じ取りたい…と、売り込んできたそうな。
だが、それは真っ赤な大嘘。
後に分かるんだが、奴は、海を渡った隠れ陰陽師の末裔で、幼いころからハワイ晴明神社で修行を積んだ、立派な術者だったのだよ。我々も、外国人ということで完全にスキを作ってしまった…」
「しかし、擬態した術者とはいえ、保管場所は最重要機密――」
頷いた山本の神妙な面持ちで、六条は全てを察した。
「見せたんですか? 仮にも修行僧である人間に!」
「ああ。当時の住職が気前良く。
ガイジンだから、どうせ―― という、安直な考えもあったろう」
「なんてことを…っ!」
吐き捨てるように、六条は叫んだ。
「奴が牙をむき、気づいたときには、後の祭りだった。
住職以下、同じ修行僧たち十数名も半殺しにされ、寺は半壊。
保管していたケサランパサラン十数匹が入った瓶が、見事に持ち去られていたよ」
「そこで気づいたんですね。
修行僧の目的が、ケサランパサランの奪取であることに」と龍樹
山本は頷いて、話を戻した。
「直ち直系の陰陽師、烏天狗を主体とする、機動部隊を投入した。
のみならず、地元県警にも直談判して、指名手配犯クラスの総動員をかけてもらったんだが、結局のところ取り逃がしてしまった…ということさ」
一通り話終わったところで、山本は茶を一杯。口を潤わせる。
「では、彼の消息は、それっきり?」
と、六条が聞くと
「寺からの逃亡後、煙のように姿をくらましおってな。
見つかったのは2年後、遺体となった姿だった。
忘れはせん。その姿を見て、苦虫を噛んだあの日を。
1992年5月3日。
無秩序の嵐が過ぎ去った、あのロサンゼルスでな」
「アメリカ史上最悪の暴動、ですか」
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