33 キャニオン・ハイウェイ・グランドチェイス!


 「マハロが警察無線を傍受しました」


 グランドキャニオンに向かうハイウェイ。

 都会を出るや否や、車線が3つから2つに狭まって、一直線に伸びる。

 乾燥した砂地と、雲のない青空。退屈極まりない。


 疾走するアストンマーチン ラピードSの車内で、ナナカは助手席で報告を始めた。

 電話を切り、膝に置いて。


 「この先の、ミュールスピードウェイでモーターバイクの単独事故が起きたようです。

  レースで走行中に転倒し爆発」

 「なるほどね。ホテルの前で張り込んでてよかったわ。

  その事故で、どうしてリオがすっ飛ぶのか…」


 アンナの質問に、ナナカは言った。


 「未確認の情報なのですが、救助に向かったレース場の救助車両が、突然、宙に舞い上がったそうです」

 「舞い上がった!?」

 「はい。単に事故車両に乗り上げたのを、そう見間違えたか、もしくは――」

 

 アンナの答えは明確。


 「その、“もしくは”よ。でなければ、FBI最年少捜査官と呼ばれた、あのリオ・フォガートが動くわけがない」

 「そうですね、失礼しました」


 だが、この2名には他に懸念材料があった。

 当然だろうが、眼前にリオの乗るマスタングがいない。


 「しっかし、あっさりと撒かれたなぁ」


 頭を掻くアンナに、ナナカは溜息。


 「僭越ながら言わせていただきますが、どこに行っても毎度毎度同じ車に乗っていれば、例え脳みそが風船でも気づきますよ」

 「アイデンティティアイテムなのよ。私にとってアストンってのはね。

  これだけは、譲れないわ。

  それに、車種は全部違うし色に関しても、作られた年代によっては微妙にちがうから」

 「マニアじゃないので、全部同じ色、同じ形に見えるんですけど?」


 その言葉に、アンナは小言を述べて、終わりそうもない水掛け論を止めた。

 お母さんじゃないんだから…と。

 だが、聞こえていないのか、ナナカからは何も反応がない。 


 「…うん、まあ……私のドラテクが問題なのかもだから…」


 チラッと彼女を見て、アンナは気づいた。

 聞こえていないのは正しい。

 彼女は、ルームミラーをじっと見続けている。

 でも、心ここにあらず、という訳ではなかった。


 「ナナカ?」

 

 昨夜と同じ雰囲気。

 ナナカはルームミラー越しに、何かを感じ取ったようだ。

 アンナに向けて、端的に吐いた。


 「後ろ、赤のメルセデス」


 見ると、確かに問題の車は狭い鏡の中にいた。

 車高の高さが、一目瞭然。

 スマートなスーパーマシンが、この車の背後にピタリと付いていた。

 間に他の車を挟むことも、隠れることもなく。


 メルセデスベンツ AMG-GT。


 「いつからいたの?」

 と、アンナが聞く。


 「おや、って思ったのは、ハイウェイに乗ってからです。

  でも、あの車、メイソンではないようですね。雰囲気が違うし、尾行の仕方も素人」

 「じゃあ、誰?」

 「誰でしょうね。まあ、本命を見失った今、遊ぶ相手は奴だけでいいでしょう」


 その言葉に、アンナはギアに手をかけた。

 「ナナカ。今回は魔法はノーよ」

 「了解しました」 

 

 一気に加速する アストンマーチン。

 次々と、前を走る車を追い抜き始めた。

 無論、背後のメルセデスも、だ。


 振り払うように、強引な車線変更。

 走るトラックからパッシングが飛ぶ。

 

 グランドキャニオンに向け、ただまっすぐに走るサーキット。

 スピードは130キロに達しようとしていた。

 周囲の車が、形を崩しながら残像として前から迫ってくるほどに。


 「くっ!」


 アンナがゆっくりとスピードを落とした。

 すぐに迫った眼前。

 タンクローリーと長距離バスが並走している。


 路肩は赤茶けた砂。

 この車ではスリップは必至。

 だが、背後からメルセデスが迫っていた。

 どうすれば――!


 「ナナカ、歯ぁ食いしばって、十字架でも切ってなさい!」

 「まさか!?」

 「行くわよ!」


 ギアチェンジ!

 アクセル!


 ハンドルを左に切って、アストンマーチンは路肩を、砂埃を巻き上げながら突進していく。

 120…130…140…。

 メーターが信じられないほどに、上がっていく。

 

 路肩を走っても、その先には同じように、何台もトレーラートラックが走る。

 舗装道路をすり抜けられる余裕はないし、下手にハンドルを切れば、確実に横転することは確かだった。


 「あ、アンナ…」

 「黙ってろ。ホントに舌切るぞ!」


 アンナの声が低くなった。

 キレた彼女の怖さを、直系の部下であるナナカは誰より知っていた。

 彼女の言う通り、ただ目を動かすことしかできない。

 

 しかし、相手も相手だ。

 メルセデスも同じ速度で、路肩を突進してくる。


 アンナは後ろを見ないように、ただひたすらハンドルを握り続けるのみ。

 それでも、タイヤは容赦なく、主人の命令に逆らおうと荒れ狂う。

 

 前方の道が変化している。

 右へのなだらかなカーブ。渓谷をくぐりぬけるためのルートだ。

 道路には、小型車が数台のみ。

 

 (ここしかない。ハイウェイパトロールが来る前に、ケリつけてやる)


 アストンが、またしてもスピードを上げた。

 途端!


 「きゃあああっ!」

 

 ナナカの悲鳴。

 アストンマーチンの車体が、大きくスリップを始めた。

 小さな段差に乗り上げたことが理由だった。

 アンナはアクセルをそのままに、滑り出す方向へと、ハンドルを切っていく。


 だが、後方のメルセデスは違った。

 同じ場所でスリップを始めると、そのまま道路脇に放り出され、盛り土に頭から突っ込み沈黙。


 絶叫マシンとなったアストンマーチン。

 土煙の先に、右へのカーブ。

 タイヤが久しぶりの舗装道路へと戻った!


 見逃しはしない。

 段差を乗り越え、車体そのものが宙を飛ぶアストンマーチン。

 アンナはクラッチを入れ替え、ギアチェンジ。

 スピードを更に上げる。

 タイヤが白煙と共に悲鳴を上げた時!

 時速100キロオーバーのドリフトで、カーブを乗り越えた!

 右の次は、左のS字カーブ。


 走行する一般車を交わしながら、今度は左へとドリフト。

 インを並列で走る材木運搬車を、センターラインをはみ出さず、外側車線のみで交わしながら。

 カーブが終わるころには、車は正常位に戻り、スピードを段々と落としていくのだった。


 荒い息を、見開いた目と共に抑えるナナカに、アンナは深呼吸1つ。

 「…どうだった。私のテクニックは」

 「イエス様だって…言うはずよ…ディズニーランド行ってるほうが…まだマシって…ね」

 「楽しんでくれたようね」

 「冗談! 次、誰か来たら、今度こそ私、ルーン使うから!」


 怒鳴り散らすナナカに、アンナはただ、ハハハと笑うだけ。

 だから、彼女は思うのだ。

 先輩のアストンマーチンが嫌い。特にカーチェイスするときは先輩も込みで大嫌い、と。


 「にしても、あのベンツ、一体何だったんでしょうね。

  走り屋とは思えませんし」

 「あら? 変な雰囲気は見抜いたのに、そこは気づかなかったの?」


 キョトンとするアンナ。

 ナナカからしたら、それどころではなかったはずだ。

 失神するレベルにまで達していた心理グラフを、どうにか吹っ飛ばないように保つので精いっぱいだったから。


 「いいえ…何があったんです?」

 「あの車から逃げる時、ルームミラー越しに見えたのよ。

  ナウシカよろしく、車の運転席が金色こんじきの光をまとっていたのをね」

 「金色?」


 飲み込めないナナカに、彼女は


 「そう。光っていたのは丁度、人で言ったら口のあたり。

  一瞬、太陽の加減で見えた時は我が目を疑ったわ。

  忘れはしない、あの悪趣味なグリルを」

 「グリル!? じゃあ、まさか!」


 アンナは頷いた。


 「そう。あの車に乗っていたのは恐らく、インペリアルホテルグループの総支配人、ジェンキンス。

  私たちが早くから、ゲイリーの右腕と知ってマークしていた人物よ」

 「でも今更、私たちを尾行し始めたとは思えませんよ?

  牡牛も、ベガスに入って2週間ほど。その間に、各ホテルへの内偵調査をしていた訳ですし」

 「彼らの目的が私たちじゃなくて、だったとしたら?」


 ナナカは言った。


 「ノクターン。じゃあ、あの車はベガスを出る時から、ずっと!?」

 「でしょうね? マスタングの背後を、このアストンが追いかけたから、もしや、と追ってきたのでしょうね。

  最も、彼もリオを見失って、棚ぼた感覚で私たちに近づき、尾行がばれた。

  まあ、そんなとこでしょ」

 

 そうこう話しているうちに、眼前にインターチェンジが見えてくる。

 アンナはハンドルを切り、ハイウェイを降りた。


 「昨日のオールドタイム・ホテル、そこでリオとあやめの存在に気づいたはず。

  ガードは堅いと思うけど、万が一が起きたら怖い」

 「ノクターンの正体が、ゲイリー達に知られてしまった、ってことですか?」

 「あくまで推測だけどね。仮にそうなっていたのなら、ゲイリー達は自分たちの周りを更に固めるに違いない。

  ここは一度、ベガスに戻って、今一度調査体制を練り直そう」

 


 

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